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ハクヨナ前提未来話 『路傍の花』.3 ユン、ヨナ、ハク+α。女王陛下のサロン再び。オリキャラ登場しますのでご注意ください!


生成に萌葱を重ねた長衣の裾を捌きながら外回廊を抜け奥宮殿に入ると、その先に拡がる空間は穏やかな静寂に覆われていた。

表宮殿の喧騒とは打って変わった落ち着いた雰囲気に俺はふう、と安堵の溜息を洩らし一旦止めた歩を再び進める。
視界の片隅に映った、奥宮殿に控える女官が俺の姿を認めて軽く会釈する。淡々とした表情ひとつ変えず、一言も発することなくーー取り立てて存在を主張することのない女官の姿勢は非常に清々しく、些かうんざりしていた気分が持ち直すのを感じた。

此処は本当に居心地が良い。

表宮殿のざわついた空気と、そこに控えるあからさまに媚を売った所作の若い女官たちの、欲に塗れた厚化粧の顔をふと思い出した俺は思わずめんどくさ、とぼそりと呟きもう一度嘆息する。
そりゃ今現在この国を運営する中核にあたる、誰もが羨む地位も名声も手に入れた自他共に認める天才美青年の俺に擦り寄りたい気持ちは分かるけどさ。
めんどくさいんだよ、そういうの。
野心家は嫌いじゃないけど、他人の野心に便乗するみたいなのは不愉快だ。

だけど、俺の王は言う。
彼女たちは皆貴族や良家の子女なのよ?家や一族の繁栄のためにそういう生き方をしているの。勿論それが必ずしも彼女たちの幸せな選択だって言うつもりはないわ。でも、国力の維持には必要なことだからーー

苦笑しながら、ほんの少し寂しそうに。
ごめんね、我慢してね、なんて言う彼女にそれ以上の文句なんて言えるはずがない。

だけど、俺の王は宮殿に上がる所謂『良家の子女』の生き方の選択肢の限定を良しとしてはいなかった。
彼女たちの存在意義が国家の繁栄、国家に属する一族の繁栄のためというなら、いっそ媚を売られる立場になったらいいんじゃないかしら?
そんなことを、彼女は中庭の東屋でお茶を飲みながら俺に向かって笑いながら言った。
大きな紫紺の瞳をキラキラ輝かせて。

「ねえ、陛下は?」
「はい。中庭においででございます」
「そう、ありがと」

佇む女官とすれ違いざま徐に問い掛けると、彼女は相変わらず淡々とした表情と口調で端的に答え、再び俺に一礼した。

彼女はーー彼女だけじゃない、奥宮殿に仕える女官は、女官でありながら学生……所謂士官候補生だ。
女官として上がった娘たちの中で才能と気概を持ち、そして女王自らが提示した生き方の可能性を掴みたいと願った者は皆奥宮殿に集められた。奥宮殿で、一日の大半を国政に携わるための勉学に励みながら交代で女官としての最低限の業務を行う。
さすがに国王の居城でそれはまずいんじゃないかと訴えたら、どうせ奥宮殿の女官なんて暇なんだし、私は大概のことは自分でできるからいいのよと長く市井で暮らした女王はからりと笑った。
難色を示す重臣には「貴方たちの娘さんが出世したら王族のお婿さんだって取れるわよ?」で、まあ些か乱暴に押し切っちゃって。

お陰様で、俺はめちゃくちゃ忙しい。
宰相として国政を執り行う傍ら、彼女たちの教育の一端を担ってる。
まあ出来るけどね、俺は天才美青年だから。

「もう少しだ、イクス」

かつて放逐された神官の生き残りを捜し出し手篤く保護した女王の取計らいで、今は王都の俺の屋敷で暮らす恩師の姿を脳裏に描きながら独り言ちる。

お願いがあるんだ、と講師の任を受ける交換条件を俺は女王に提示した。
全国に学校と診療所を開設したい。金持ちのためのやつじゃなくて、誰もが通える施設として。
皆が笑って暮らせるように。豊かになれるように。病や飢えで苦しむ人が減るように、と。

そしたら、彼女は悪戯めいた笑顔で。

「じゃあユン、貴方が先生を育ててね?まずは彼女たちの何人かを先生の先生にすればいいわ。開設資金は私が何とかする……それでいい?」

高華の緋い龍は、朗らかに高らかに、俺にそう告げたんだ。










奥宮殿の内回廊を、女王を訪ね中庭に向かうべく歩いていると、ぱたぱたと軽快な靴音が進行方向から響いてくる。ごく短い間隔で石畳を踏み締めるそれは子供の足音だとすぐに知れた。
程なくして視界に映る、癖のない黒髪を短く切り揃えた幼い少年に向かい注意がてら呼び掛ける。

「殿下!」
「……ユン先生!」

屈託のない子供特有の笑顔で俺の名を呼び、転がるように駆け寄ってくる少年の双眸は、女王のそれと同じいろを宿している。
殿下はホント可愛いなぁ誰かさんとは大違いだ、なんて笑う切れ長の瞳をした人懐っこい風の部族長の姿をふと思い出した俺もまた小さく笑った。

「廊下は走るなっていつも言ってんだろー?もし転んで怪我でもしたら……」
「そっか、めんどくさいことになるんだよね?ごめんなさい先生」
「……。それもあるけど、母上が心配するだろ」

物事の判断基準がいつの間にか「めんどくさい」か否かになってしまったこの小さな教え子をまじまじと眺め遣った俺は内心で苦笑いする。全く、口癖ってやつは恐ろしい。

「うん……ごめんなさい先生」

そんな俺を、目の前の小さな教え子は母親譲りの紫紺の瞳で真っ直ぐに見上げながら神妙な面持ちで謝罪の言葉を口にした。うん、ホント誰かさんとは違って素直だよね。
分かればいいよ、なんて優しく言ってやれば少年はぱっと表情を輝かせて小さな手で俺の腕を掴む。

「ユン先生!中庭で母上が待ってるよ?」
「母上はひとり?」
「ううん、将軍と一緒!」
「……そっか」

屈託のない眩しい笑顔で告げられた幼い少年の言葉が俺の胸にちくりと突き刺さる。ちらと彼の双眸を覗き込むようにして窺い見たけど、黎明の空のいろみたいなこの子の瞳に悲しみの光なんてものは少しだって浮かんでやしない。

(勝手な押し付けなのかなーーヨナ)

大人の都合で振り回されるこの子の言葉にいちいち傷付いて、同情めいた思いを向けるのは……俺の、身勝手な押し付けなんだろうか。

「先生、早く!」

逡巡する思考に囚われ掛けた俺のことなんて知ったことかと言わんばかりに、子供特有の甲高い声が耳に響く。
天真爛漫を絵に描いたような少年の姿に、知らず俺は口元を綻ばせていた。

「分かったから、走るなっての!」

ぐいと手を引く子供の背丈に合わせて屈みつつ、俺は口を突いて出た嗜めの言葉とは裏腹に小さな教え子に合わせて駆け出した。










奥宮殿の中庭へと続く扉を開けると、若草の香りが俺の鼻腔に飛び込んでくる。
何時のことだったか、俺の王とーー仲間と共に初夏の森を歩いた記憶が脳裏を過ぎり、その言い知れぬ懐かしさに自然と瞼が閉ざされる。一瞬にして俺を包み込む、涙を誘う郷愁の念。しかしそれは俺の手を引く少年の一声で薄い被膜が弾けるように霧散した。

「母上ー!ユン先生を呼んできたよー!」

俺の小さな教え子は、そう叫びざま先ほどの遣り取りなどまるでなかったことみたいに東屋に繋がる石畳の小路を駆け出していく。
転ぶなよ、と翡翠に金銀の刺繍が施された上布を纏った小さな背中に呼び掛けた俺はゆっくりと周囲を見回しながら彼の後に続き細い小路を歩き出した。

一面の緑青に彩りを添える、咲き乱れた月白の小花。その奥には、目が覚めるような紅紫がその鮮烈な存在を主張している。

ああーー今年も芍薬が見事に咲いた。

数年前、この庭園に野生の植物であるはずの芍薬の種を植えたのは俺の王と、王の片腕であるところの男だった。
野生の花なんて高華王に似つかわしくないんじゃないか、なんてちょっと思いはしたけど。でも、考えれば考えるほど芍薬ほど彼女に似合う植物はないと思えてしまって。

(ホント、よく分かってるよね)

女王の庭園に芍薬を植えることを提案した黒髪の男に向けて、俺は胸の内でそう呟きながらゆっくりと歩を進めていく。あと何年かしたらあの芍薬の根っこは薬になる。ああ、その頃には全国に診療所が出来てるはずだ。
本当に楽しみだ、と俺は単純に来たるべき未来を思う。きっとまたひとつこの国は豊かになる。皆が笑って暮らせる国になる。女王の権威は益々増して俺の名声も高まるだろう。こんなに楽しみなことはないじゃないか。

軽い足取りで小路を進むと、やがて前方に豪華な装飾が施された石造りの東屋が姿を現した。扉のない入り口にちょこんと佇むのは俺を置いて駆け出していった小さな教え子。

「殿下」
「あ、ユン先生!母上、ユン先生が来たよ!」

俺の呼び掛けに振り返り、小さな少年がそれは嬉しそうに声を上げた。その満面の笑顔は眩いばかりでーーホント可愛い。誰かさんとは大違いだ。
先ほどと同じ感想をしつこいくらいに繰り返しながら東屋の門を潜ると、その中央に設置された机を挟んだ正面に奥宮殿のーーいや、この国の主がゆったりと腰掛けていた。
金と紅を重ねた豪奢な装束に身を包み穏やかに微笑む美貌の若き女王の姿はきっと見る者を釘付けにしてしまうだろう輝きと、神々しいまでの威厳に満ち溢れている。だけど『彼女』をよく知る俺は別段何も感じることなく、ただ「きれいだね」と正直な感想を述べた。
気安い俺の言葉に、女王は苦笑いで小首を傾げる。そんなところ、彼女はやっぱり変わらない。

「窮屈で仕方ないわ」
「しょうがないでしょ、今夜は他国の使者と晩餐なんだから。今日の相手は使者ったってれっきとした王族なんだからね!」
「分かってるわよ。だから打ち合わせに来てくれたんでしょ?」
「まあね。遅れてごめんヨナ、ちょっとバタバタしててーーところでさ」

長いこと変わらない、気安い遣り取りを遮った俺は中途半端に結い上げられたヨナの緋い髪をちらと見て、それから彼女の隣で波打つその髪を幾房か掬い上げている黒髪の美丈夫を一瞥した。

「何やってんのさ、あんた」
「何ってーー見て分かんねえの?髪結いだよ」
「じゃなくて!何でそれを雷獣がやってんのさ?」

この!天才美青年であるこの俺に向かって「頭おかしいんじゃねえの?」とでも言わんばかりのその口調!正直胸倉掴んでやりたい気分だけど、俺はそれをぐっと堪えて冷静に、そして思いっきり白けた眼差しをくれてやる。

「それこそ女官の仕事でしょ……いくらあんたが器用ったってさ」

すると、今度はヨナがころころと笑いながら口を挟んだ。

「皆勉強が忙しいのよ。こんなことで彼女達の手を煩わせるわけにはいかないわ」
「こんなことって……」

だから重要な晩餐会だって言ってるじゃないか。そりゃあヨナの『使えるものは何でも使え』って姿勢には賛同するけどさ。
思わず肩を落とした俺は大仰な溜息を洩らすと改めて女王とその寵臣の姿を眺め遣る。金糸の刺繍を地模様に重ねた、艶を放つ絹で誂えた黒装束はその傍らに座る紅と見事なまでの対比となって一枚の絵画のようだ。だけど何というか、非常に目の毒だ。
子供の教育に悪いとまでは言わないけど。

そんなことを思いながら俺の隣に立ったままの教え子をちらと見れば無邪気な笑顔を女王と、その隣に佇む男へと向けていた。
子供だから、というよりもこの子にとっては他愛ない日常の姿なんだろうなと思い直し肩を竦める。

「殿下、今夜は外国からお客様が来るからね」
「うん。大丈夫、ご挨拶とか作法とか僕いっぱい練習したから!」
「そうだね。立派な殿下の姿を先生楽しみにしてるから。ちゃんと母上の隣にいるんだぞ」
「はい!」

教え子と今夜の最終打ち合わせをしつつ頷き合っていると、ヨナの『髪結い』が終わったらしい雷獣が俺達の前に大股で近付いてきた。それから「ユン、借りるぞ」と主語のない一言の後俺に向けていた視線を移動させる。

「殿下、母上の花を」
「うん!」

その短い遣り取りを置き去りにして、さっさと雷獣は東屋から庭へと出ていく。そして彼の広い背中を追い、俺の教え子がぱたぱたと小さな足を動かして後に続いた。
雷獣はそのまま庭の奥の方へと真っ直ぐに進んでいく。後ろを振り返ることはなかった。だけど少年の歩調に合わせているのが分かる。
風牙の都でもきっとああだったんだろうなーかつての部族長としての手腕や武力以外の部分でも風の部族内でやたらと評判の良い青年の後姿を眺め、俺はひとり小さく笑うと緋い髪を綺麗に結い上げた女王に向き直った。

彼女は穏やかな表情で、紫紺の瞳を庭園の片隅を眺めている。雷獣と殿下を見ているんだって、ひと目でわかる。
ゆったりと腰掛ける女王の艶やかな姿を見遣りながら、俺はここ数年胸につかえているーー日を追うごとに強くなる疑問を口にした。尤も、この質問も何度目になるか分かんないけど。

「ねえ、ヨナ」
「なあに?」
「ヨナは……このままでいいの?」

彼女の正面に腰を下ろした俺は、彼女を真っ直ぐに見据えーーほんの少しの上目遣いを忘れずにーーそう切り出した。
ヨナは一瞬キョトンとして、キラキラ輝く紫紺の瞳を見開いた後小さく首を傾げる。

「このままって?」
「だから……前も言ったけど、雷獣のこと」
「ハク?」
「うん。ヨナはこのまま雷獣と結婚しないでいるの?」

高華国は本来女性に王位継承されない。その慣例を破ってヨナは王位に就いた。それだけの価値が彼女にはあったから。だけど、彼女が結婚すれば王位は彼女の夫に移るーー少なくとも、そう主張する古臭い輩は確実に存在する。それをねじ伏せることは容易だけど、国内で余計な敵は作りたくない。各部族との間に妙な波風が立つことも避けたい。そう判断して、ヨナが独身を貫いていることは知っている。だけど。

「うん。しないわ」

いつも通りの笑顔でさらりと返ってくるヨナの返事を、俺はもう何度聞いただろう。分かってるよ、それがいちばんめんどくさくない選択だって。

だけど。

「王婿とか大公とか、新たな地位を作ることだってできるんだよ?」
「……新しい派閥争いが生まれるわ」
「雷獣はそんなの寄せ付けないでしょ」
「ハクは良くても、ムンドクやテウが大変よ。それにーー」

今は良くても、いつかまたこの国に女王が立ったときに波風が立つわーーそう、彼女は少し寂しそうな笑顔で。
そのときの女王の夫が、どんな人物か分からないでしょ?他国の人も知れないし、なんて。

そんなの、そのときの権力者がどうにかすることだ。
遠い未来の不確定な不安の種を摘み取るためにヨナが、それからあの子が我慢することなんてないじゃないか。

「……殿下は、いつまで経っても雷獣のこと、父と呼べない」

ぽつりと洩らした俺の言葉にヨナは一瞬驚いたようにに双眸を見開き、それからふふ、と小さく笑った。

「ねぇユン、それってそんなに大切?」
「そりゃあ……!」

当たり前だろ、と思わず上げた俺の声を制したヨナは小首を傾げて可笑しそうに問いを重ねてくる。

「私はユンをユンと呼ぶけれど、じゃあユンは宰相ではないの?」
「それは役職名でしよ……」
「ハクは、私のこと相変わらず姫さんって呼ぶわ」
「……」

その切り返しに応酬の言葉が見付からず黙った俺に、ありがとうと笑ったヨナは軽く肩を竦めると鮮やかな紅を引いた唇を綻ばせて。

「見て、ユン」

彼女の視線が指し示す方向を請われるまま追えば、視界の先には陽射しを浴びて一層鮮やかに映る翡翠の衣を纏った幼い少年と、黒装束の男の姿。
小さな手に大輪の紅い花を一輪、大事そうに抱え小路を歩く殿下を背後から守護するように、ゆったりとした歩調でその後に続く雷獣は、力強くありながらもその表情は酷く優しげで。



ーー父親の貌をしている。そう、思った。



「私達は、このままでしあわせなのよ」

ユン流に言えば『めんどくさ』くないしね、と戯けたように付け加えたヨナがもういちど、朗らかに笑う。
その双眸の光の中に悲しみや諦観なんて、ひとかけらだって見い出せない。

「母上!母上のお花だよ!」
「ありがとう、あなたが摘んでくれたの?」
「うん!いちばんきれいに咲いてたやつだよ」

それからぱたぱたと、最後は駆け足で飛び込んできた俺の教え子に、ヨナは心底嬉しそうな笑顔を向けた。まるで彼が手にしている大輪の牡丹のように華やかな笑顔だった。

大輪の、紅い牡丹。花王と呼ばれる、国王のーーヨナのための花だ。

「殿下」
「うん、将軍」

殿下に続いて東屋の門をくぐった雷獣は、小さな手から紅い牡丹を受け取るとそのままヨナの隣に立ち、自ら結い上げた彼女の髪に器用な手付きで牡丹の茎を挿し入れた。
その様子を、黒髪の少年が満面の笑顔を浮かべ嬉しそうに見詰めている。

ああ、なんて眩しい。

「さてと……少ししたら行きますか、姫さん」
「そうね、今すぐ行って皆のお手伝いしてもいいけれど」
「余計なことしてその花散らさんでくださいよ」
「うるさいわね」

分かってるわよ、と頬を膨らませたヨナはずっと前から見てきた、昔と何ら変わることないヨナだ。
普段通りの雷獣との遣り取りも、やっぱり変わらない。

「ユン、どうしてあなたは宰相として此処にいるの?」

不意に、ヨナの問い掛けがぼんやりと眼前の光景を眺めていた俺の耳に響く。
思わず声の主をまじまじと凝視した俺に、彼女はもういちど問いを繰り返した。

「ねえ、どうして?」
「ーー俺の、望みを叶えるためだ」
「うん。私も私の望みを叶えるために此処にいるわ」

今が幸福でないのなら、私はとっくに動いているわ。そう、言外に告げられたのだと思った。
そうだ。ヨナにはそれだけの権力がある。

「うん、そうだねーーヨナ」
「ユンの望みはなあに?」
「皆が笑って暮らせる国を作ることだ。それから」
「それから?」
「ーーイクスを、神殿に」

一旦言葉を切り、一呼吸あけて今度はゆっくりと噛み締めるように、そう告げた。

俺の屋敷で保護するんじゃなくて、預言者イクスが本来在るべき場所へ。
それが、俺の願い。幼い俺を救ってくれたイクスへの、せめてもの恩返しだ。

勿論それが難しいことだって分かってる。昔のように神官が王を凌ぐ権力を持つことを危惧する声は必ず上がるだろう。たとえイクスにそんなつもりはなくたって。
だから俺は此処にいる。王に次ぐ権力を確実にして、間違ってもイクスが窮地に立たされたり糾弾されたり利用されたりしないような状態を構築維持しなきゃならない。
そして、これは俺にしかできない。ヨナの手を煩わすことはできない。

「うん、そうね……ユン」

だけど、俺の王は眩しい笑顔でこう言うんだ。

「一緒に頑張ろうね」
「ーーヨナ」

「イクスは、私にとっても大切な恩人よ?だから一緒に頑張りましょう?」



それはまるで、燦然と輝く太陽のように。





艶やかに結い上げた髪を飾る大輪の紅い牡丹が、何の曇りもない女王の笑顔を鮮やかに彩っていた。










『路傍の花』ーEpisode.3 “おかえり”
太陽に 灼かれながら ともに いさぎよく いきましょう















お久し振りです。
ずっと書きたかったこの話、やっと書くことができました。
百合と芍薬と牡丹、3種類ぜんぶ書けたので満足です!

はじめから3種の花に合わせて3部作と決めていたので、構築した妄想はここまでです。
でも、また何か思い付いたらこの妄想軸で書きたいです。
その際にはお付き合いいただけたら嬉しいです♡




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ヨナハクss 『soulstation 2』 微妙に如何わしい。もめ雄さんオーダー品の続き。


自らが解いた組紐をちらと見遣り、これだけじゃ足りないわね、と独り言ちたヨナは帯を飾る同色の組紐の端をもうひとつ摘み上げると、先程と同じように慣れた手付きで繊手の中に巻き取っていく。

「ーー陛、下?」

ヨナの手馴れた所作を、ハクは今まで何度も目にしていた。彼女の居室の寝台の隅に腰を下ろし、器用なもんだなとその様子を感心しつつ眺めていたーー脳裏を過ぎる映像は、けれども眼前のものとは比べようもない程に甘やかで、彼のこころと欲を擽るような光景だった。
だが、玉座に腰を下ろしたまま主を見詰めるハクが感じているのは蕩けるような甘露でも身を震わせる熱でもない。彼の背筋を駆け上がるのは、ざらりとした不快感にも似た戦慄だった。

眉を顰め己を伺い見る青年に向けて、女王はこの上なく鮮烈で酷薄めいた微笑を浮かべる。

「黙りなさい」

まるで睦言を囁くように、密やかに謳うように命じ、ヨナは一歩前へーー玉座に腰を下ろすハクの膝に触れるところまで足を踏み出す。
彼女の挙動に合わせ、胸元を幾重にも飾る黄金造りの豪奢な首飾りがしゃらり、と軽快な金属音を立てて、揺れた。

「ハク、そのままで」

咄嗟に身動ぐ青年を制し、ヨナは真っ直ぐに己を見据える紺青の双眸へと視線を合わせた。
白皙の美貌にやわらかな笑みを浮かべたまま視線を絡ませ、紫紺の内に燭台の灯を仄かに纏わせた、黎明の空のいろを思わせる瞳をふと細めるーーそのさまは、妖艶としか喩えようのないものだった。

「何をーー」
「だから、遊びましょうよ」

ざわざわとした、不安にも似た焦燥に支配されながらも眼前の女王の蠱惑的な仕草に情欲という名の焔が燻り出す。その自らの有りさまに胸の内で舌打ちしつつ、ハクは剣呑な眼差しを己の主へと向けた。

「ハク」

男の身の内の葛藤を見透かしたかのように、ヨナはたったふた文字の寵臣の名を唇へと乗せ、玉座の肘掛けの上の彼の手首のあたりへとそっと自らの掌を乗せた。
それから、手の内に納めていた極彩の組紐をハクの手首の上にそれぞれ置くとそれを支点に垂らしていく。組紐は重力に従いその両端は大理石の床へと音もなく滑り落ち、無機的な印象の冷たい玉座の袂にささやかな彩りを加えた。

「あんた……」
「動いてはだめよ、ハク」

怪訝な表情を顕に己の手首を凝視するハクに向けてヨナはふふ、と悪戯めいた笑い声を上げた。それから玉座の前にしゃがみ込み、彼の手首の上に乗せた組紐を肘掛けごとするすると巻き付けていく。
女の手で気紛れに施された縛めなど、男にはーー増してや雷獣の銘を戴く武人にとっては本来何の気休めにもならない。だが、それを施した者が他ならぬ、彼にとり唯一無二の主である女王であるという歴然とした事実が青年をそのこころごと捕縛していた。

「……少し冗談が過ぎませんかね、陛下」
「冗談なんかじゃないわ、遊びよ」

婉然とした微笑を湛え女王が告げる。
戦慄と陶酔、焦燥と高揚感が綯交ぜとなった青年のこころを掻き立てるように。

「女王の寵臣の、役割はなぁに?」
「……あんたを、護ることだ」
「それは『雷獣』の役割でしょ?今のお前はーー私の遊び相手なのよ」

じくりと疼く胸の痛みを抑え込んで、ヨナはくつりと喉を鳴らした。違う。本当はそんなものは望んでないのに。

私は、この高華国の王だ。
王は孤独を、孤独と思ってはいけないのだ。

父上のように、スウォンのようにーー緋龍王のように。

家族は国を護り発展させるための駒。
恋人は慰めの道具。

王が愛するのは、国そのものであるべきだ。そうでなければ、私は簡単に玉座から滑り落ちてしまうだろう。

「ーーあんたは何を、考えている?」
「どうやって遊ぼうかしら、って」

見透かされているのかいないのか、探るような眼差しを向けてくる青年から逃れるように視線を逸らして、ヨナは己の指先をそろりと伸ばし青年の胸元の袷へと触れた。
指先から布越しに僅かな彼の身の震えが伝わり、彼女はまた喉を鳴らす。

何を考えているか、そんなことを伝えるつもりなどヨナにはない。
先ほど、玉座に腰を下ろした青年は平然としていた。それが彼の生まれ持った資質故なのか、王座を望まない故にそれが他人事であるからかは分からないが、何れにせよ僅かばかりの重圧も感じていない様子の男に一体何を伝えろというのだろう。

諦観を微笑で隠し、ヨナは漆黒の長衣の袷をなぞるように緩めると覗く胸元へと指先を這わせた。
途端、ぴくりと身動ぐ青年の姿に己の背筋をぞわりとしたものが駆け上がるのを感じる。この感覚がもっと欲しいと彼女は思った。後で虚しくなるかどうかなんてそんなことはどうでもいい。

「ーーっ、陛、下ーー」
「ふふ、我慢しなくていいのよ?」

胸元を這い回るぞわりとした感触に息を詰め、苦しげに眉を寄せるハクの耳朶に掠めるような口付けを落とし、ヨナは囁くように命じた。

「もっと、啼いて……?」

睦言同然の主の命は、形ばかりの縛めも手伝ってハクの全身に波紋のように拡がっていく。苦しげに抑えた呻き声は、やがて甘やかな吐息と交じり合い低い旋律を広間へと幽かに響き渡らせた。

「ーーっ、は……!」
「……きもちいい?」

自らの指先を追うように、顕になった鎖骨から胸板へと唇を落とし舌で辿る。
幾度もそれを繰り返すうちに、硬く張り詰めた男の胸が震えを帯びながら上下しだした。荒く浅い呼吸がヨナの耳朶を擽り、彼女の内に潜む乱暴な欲を否応なしに掻き立てていく。

今すぐにでも暴き立て、いっそ弄ってやりたくなる自らの衝動を牽制するように奥歯を噛み締め、女王は努めて悠然と、艶やかでいながら涼しげな笑みをその白皙の美貌に刷いた。

「もっと声、聴かせて……?」

聴き慣れたはずの、だが今まで聴いたことのないほどに低く抑えた声音は、電流にも似た衝撃へと形を変えてハクの背筋から指先に至るまで、まるで彼のすべてを塗り替えるかの如く隅々まで伝播していく。己の内に拡がる未知の感覚を、知らぬが故に拒むことも止めることもできぬまま、ハクは何処か定まらない思考の中で主の言葉を反芻した。

よくある、情事の常套句だと思った。
自分とて女王の褥で囁くこともある、使い古された互いの情動を煽る科白。

そこから導き出される熱は酷く甘美で、昂る焔を存分に煽るものだった。だが、そうして得られた情動を遥かに凌ぐ未知なる感覚がまさに今、荒れ狂う波の如く己へと遅い掛かってくるーーそして、雷獣と呼ばれる男はそれを甘受する他に術がなかった。

女王の白い指先が、円い唇からちろりと覗く舌先がハクの完璧なまでに引き締まった躰の線に、せり上がる筋肉の継目に沿ってゆるりとした速度で幾度も行き来する。常ならば感じるだろう擽ったさはなりを潜め、代わりに与えられるぞわりとした快感に粟肌が立つ。
燭台の灯の仄かな朱に照らされて、てらてらと光る己の肌が視界にちらつくのを認めたハクは咄嗟に顔を背けた。

「ーーねえ、恥ずかしいの?」

寵臣の新鮮な反応に、ヨナはちらりと視線を上げて問い掛ける。その美貌に刷かれた笑みはこの上なく蠱惑的で、そして酷薄めいたものだった。

「……恥じらってでもほしいんすか?」
「別に」

悪趣味っすね、との精一杯の悪態に別段怒るでもなく、ヨナは再び男の胸板へと唇を寄せた。胸の下に横に走る傷痕に舌を這わせ、それから厚く盛り上がった胸の頂を口に含む。

「ーーッ!」

男にとって全くの無意味であるように見えるささやかな突起は、それが女の名残であるとでもいうのだろうか、女王の唇に吸われその小さな舌でなぶられるとやがて硬く勃ち上がった。飴よりはやわらかく果実よりは硬い、珍しい触感がヨナの舌先に伝わり彼女の興を一層呼び覚ましていく。
口内で転がすようにしながら軽く歯を立てると、逞しくしなやかな猫科の肉食獣を思わせる男の躰がびくりと跳ね上がった。

厚い胸板の上で密やかに存在を主張する小さな突起は、自らを翻弄する生暖かくぬらりと濡れた舌の感触を余すところなく感知する。初めて体験する鋭い刺激に耐え切れずにいるハクの、苦しげに噛み締めた唇の僅かな隙間を縫って洩れ出る、遥か遠くで唸る雷鳴の如き低い呻き声がヨナの耳朶を擽るように掠めた。

硬く張り詰めた胸板ごと小さな突起を口に含み吸い付かせながら、ヨナはちらりと視線を上げて玉座に縛り付けた男の、端正でいながら精悍な貌を眺め遣る。苦痛と快感が綯交ぜになったような、酷く切なげに何かを堪えるようなハクの風情は、普段彼女を抱くときに見せる表情に似ているようで似ていない。

女王の背筋を、ぞわりとした戦慄が稲妻のように伝い落ちる。

知らず、こくりと喉を鳴らす彼女の瞳は昏く深い闇にも似た焔を宿す。映し出すすべてへとその焔を置き去りにするというのか、ヨナはゆるりとした動作でーー薄く開かれた男の双眸を、きつく引き結ばれた唇を、僅かに上気した頬を、しっとりと汗ばんだ首筋を、厚く盛り上がった肩をひとつひとつ辿り、そして自らの視線を指先で追っていた。
そして自らが置き去りにした焔の欠片を拡げるように、そろそろと撫ぜていく。

「気持ち、いいの……?」

指先を動かす度にぴくりと震える肌と幽かに響く、くぐもった低い呻き声に否応なしに煽られた女王は、ハクの胸板に埋めていた白い美貌をのろのろと擡げ、もう一度くつりと喉を鳴らした。

絡み合う視線の先に見えるのは艶を孕んだ男の表情。
それは見慣れたようでいて初めて目にする、困惑と戸惑いと僅かな怒りと焦燥とーーそれから情欲に満ち満ちたーー

「……っ、知らね、えーー」
「ふふ、可愛いわね……お前」

素直じゃないんだから、と笑いながらヨナは己の手で男の装束の袷を完全に寛げると、引き締まった腹部へと指先を滑り落とし長衣と同様漆黒の布地で誂えた下穿きの帯紐を躊躇うことなく引き解いた。
しゅるりと乾いた音を立てて玉座の隅に追い遣られた、金糸銀糸をふんだんにあしらった黒く平たい帯紐は蜥蜴のような独特の素早さで女王の足元へと隠れていく。

「ーー気持ちいいのね?」

意識してかどうなのか。そうであるなら自身に向けてのことなのか相手へのものなのか。
燻る熱を拡げるようにゆっくりと焦らすように、ヨナは両手で以て緩んだ男の下穿きを引き下げると小さな吐息をほう、と洩らす。

苦しげな呼吸と共に上下する厚い胸板にひっそりと残された女の名残と同じように、硬く勃ち上がり存在を主張する男の象徴が女王の双眸に映し出された。
震える先端を撫でるように、そっと指先で触れれば容易く洩れ出る意味を為さない低音が女王の躰をちりちりと燻す。

甘い吐息をひとつ、闇に溶かして。

白い美貌に夢見心地ともいえるうっとりとした微笑を浮かべ、ヨナは自らの存在で捕縛した男の名を濡れた円い唇に乗せた。














『soulstation 2』
何てくだらない世界にしてしまったんだろう
君をだいなしにしてまで















オーダー品なのに暗くてどろどろしててすみません。
かわいくなくてすみません。如何わしくてほんとすみません。

パスはまあいいかなって。ギリギリ。


テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

ヨナハクss『soulstation 1』 ヨナ女王設定未来話。オーダー品です。


月のない夜の闇が、数刻前までの喧騒にも似た賑わいが嘘のような静謐さで鎮座する緋龍城を覆い隠す頃。
王都を吹き抜ける冷えた夜風の渡ることすらない王宮の深部ーー謁見の間へと続く中央回廊を、己の髪の色に合わせたのか雰囲気に合わせたのか、濡羽色の絹糸で織られた複雑な地模様の、艶のある質感の黒装束を身に纏った長身の青年が足早に歩を進めていた。

磨き抜かれた石造りの床が悲鳴の如く打ち鳴らす澄んだ靴音は、夜の静寂の中で高らかに響き渡り冷え冷えとした空気を震わせている。
周囲に木霊する己の靴音が荘厳なまでに耳を打つ。足を止めれば異様な静寂。黒装束の青年ーーハクは僅かに眉を顰め、焦燥も顕な表情をその精悍な顔面に浮かべた。

感覚を研ぎ澄まし、意識を拡げてみる。
だが、回廊の入口で言葉を交わした衛兵を除けば、この場所に人の気配は皆無だった。

「……どういうことだ」

夜間とはいえーー否、夜間だからこそ不自然に過ぎる状況に、ハクは舌打ちを洩らし一段と歩速を上げる。
この状況には覚えがある。忘れもしない、もう何年も前のこと……イル陛下が弑逆された、あの時の静寂に酷似している。

まさか、とハクの背筋を薄ら寒い震えが走った。まさか、そんなことは有り得ねえだろう。あの時と違い、今は王宮内の衛兵への権限は俺にある。俺の許可を得ずにそれに介入できるのは現王であるあの人を除けば誰もいねえ。
ーーだが。だが、もしも。

一瞬脳裏を過ぎった可能性を打ち払うように、ハクは大きくかぶりを振るとひと呼吸し、広い回廊を駆け出した。





やがて眼前に現れた、豪奢な彫刻の施された重厚な扉を徐に開く。
その奥に拡がる広間を見渡してみても、やはり衛兵は見当たらず、物陰に潜んでいる様子も気配も感じられない。
弾かれたように正面へと視線を移すと、夜闇に覆われ漆黒にも似た深紅に見える、本来鮮やかな真紅に極彩色の刺繍で飾られているはずの緞帳と、その前面に配置された玉座が常と変わらず配置されていた。

「……陛下」

玉座にゆるりと腰掛ける、緩やかに波打つ緋い髪を肩に垂らした女性の姿を紺青の双眸に映し出した黒髪の青年は大きな溜息をひとつ洩らし、安堵の色を隠すことなくぽつりと告げた。

視界に拡がるのは見慣れた空間。紅や黄金を基調とした壮麗な彩りを誇る高華國で最高の権威の場は、しかし今は僅かな燭台の灯が作り出す薄ぼんやりとした朱の他は重くのしかかる宵闇に沈んでいる。
まるで水墨画のようだ、と少しばかりの感慨を以てそれを眺め遣り、それからハクは玉座に座する己の主へと改めて意識を向けた。

幾重にも淡いいろの薄衣を重ねた装束の上に、金糸銀糸で大輪の牡丹を刺繍した彼女の髪色そのままの深い緋の長い上衣を羽織る女王たる主の姿もまた、清水に融けた墨色に滲む。
極彩とは対極の、何処か寂しさを感じさせる光景の中で、深い紫紺の双眸だけが一対の至宝の如く艶やかに煌めきを放っていた。

「ーーご無事で?」
「おかしなことを言うのね、雷獣が守護するこの城がそう簡単にどうにかなるはずないでしょう?」

小首を傾げ、玉座の女王ーーヨナは可笑しそうに口の端を上げた。緋い長衣の肩に掛かった波打つ髪が彼女の動作に合わせさらりと零れ落ちる。薄く紅を刷いた丸い唇が燭台の灯りを受けててらりと煌めいた。

そのさまは酷く扇情的で、ハクは先程とは違う意味で背筋が震えるのを感じながらも彼女を見詰め問を続ける。

「衛兵を下げたのは陛下か?」
「そうよ。だって要らないでしょ?お前が此処に居るのだもの」
「人払いなら、広間だけにしていただきてえんですけどね」

努めて憮然とした表情を崩さず、ハクは主へと進言する。だが当の主はといえばくすくすと、鈴の鳴るような軽やかな声で笑うだけだった。

「心配症ねえ、ハク」
「ご自分の立場を弁えてくださいよ」
「……立場、ねーー」

くつり、と薄墨に溶けた薄紅色の唇が弧を描く。華を抑えるように刷かれたそれは決して男の色欲を煽り立てるようないろではないのに、何故だかハクの双眸に限りなく蠱惑的に映し出された。
背筋を駆け上がる戦慄に囚われその場に立ち尽くす青年をちらと見遣り、ヨナはゆるりとした動作で玉座から立ち上がると重々しい王の装束に覆われた片腕を伸ばし、覗く白い指先で彼を手招きする。

「こっちへ、いらっしゃい……ハク」
「ーーはい」

やんわりと命じられるまま、王と臣下の境界線であり越えられぬ権力の差でもある、広間の床の一段高い部分を踏み越えハクはヨナの正面に立つ。
互いの目線が普段通りのものとなったことに、ヨナは僅かに瞳を細めーーひっそりと苦笑を洩らした。

「ねえ、ハク」
「はい」
「座って」

空いた玉座を指し示し、ヨナは青年を促した。彼は一瞬怪訝な表情を浮かべたが、幼馴染の他愛ない気紛れと判断し、本来国王のみにしか許されない、彫刻と宝玉で飾られた豪奢な椅子にゆっくりと腰を預ける。

「壮観でしょう?」

斜め上からの問い掛けに、ハクは改めて広間を一望した。初めて経験する視界の高さに新鮮さを覚えつつ、紺青の瞳を広間の隅々まで巡らせていく。
この、一段高い場所から広間を見渡すことはハクの日常だった。何らかの目的で国王と、国内外の為政者や貴族が集う度に玉座の斜め後ろに控え、国王であるヨナを警護しつつ広間の人物の挙動を観察するーーそれは高華の重臣であり国王の懐刀である青年の職務だった。

見え方が違うな、と当然の感想を脳裏に浮かべハクはひとつ息を洩らす。
常よりも低い目線ーーだが、正面からこの場の全てを見据えることのできる視点。この国の、最高指導者のみに許された光景。

「そうっすね……確かに壮観です」
「その場所からは、高華の全てが見渡せるわ」
「はは。そりゃあ気分もよさそうだ」

からりと笑う青年の横顔を、ヨナはちらと一瞥すると墨色に覆われ痛いほどの静寂が横たわる広間を改めて眺め遣った。

気分がいい?何を言っているのだろう、この男は。
僅かに眉を顰めるも、しかし他人事を、とは思わなかった。彼はーー嘗ての風の部族長であり現在は中央の軍部を統括する高華の雷獣は、きっと玉座を手にしようと常と変わらず堂々たる佇まいをみせるのだろう。

「ーーハクは、国王になりたいの?」
「まさか」
「お前になら、きっと立派に国を治められるわ」

淡々としたヨナの声音に、ハクは怪訝そうに彼女の様子を振り仰ぎ伺い見た。燭台の仄かな灯火に照らされた女王の表情は、紡ぎ出された旋律と同様に淡々としたものだった。

今回のような特例を除けば、本来男子による王位継承が行われるこの国において、ヨナの言葉を現実のものとする方法は二つ……婚姻による譲位と、それからーー
有り得ない、考えたくもない可能性に口を噤み彼女の言葉の続きを待つハクの耳朶を、まるで謳うように滑らかな、他愛のない呟きの如き声音が響き渡る。

「欲しくなったら奪いなさいーー私を、殺して」
「陛下!」

途端、切羽詰った風情の鋭い声が聴こえて。
ゆったりと振り返れば、焦燥の色濃い光を湛えた双眸で、険しい表情を己へと向ける青年の姿がヨナの瞳に映し出される。

彼が主である己をーーそう、嘗てスウォンが父上にそうしたようにーー殺す可能性に怯えているのか?否、そうではないと彼女は思う。ハクは王位など、露ほども望んでいない。

ーーああ、怖いのか。
単に、私の死が恐ろしいのか。

馬鹿な男だと女王は思う。それは決して軽蔑ではないけれど、哀れみにも似た眼差しを彼女は己の寵臣へと向けた。
絶対に死なせないと、私に力強く言い放ったのは何時の頃のことだったのか。もう、随分と昔のことのような気がする。

(王とは、死と隣り合わせなのだよ)

今は亡き父上の言葉が脳裏に蘇る。あの、しあわせだった日々に前触れなく突き付けられた父の言葉。
自らが死と隣り合わせの立場にありながら自国の……自身の盾ともなるはずの武器を厭い戦を禁じた父上の信念はいかばかりか。

「冗談よ」
「……あんたらしくない冗談だな」
「私らしい?そんなのーー誰が決めたの?」

ほんの少し口調をやわらげ、ヨナは軽く肩を竦めてみせると広間へと向けられたままの瞳をそっと伏せた。瞼の裏に各部族の長や高官が居並ぶ、背筋が震えるような光景を思い描いてひとつ深呼吸する。

「私は、王よ。何時でも死ぬ覚悟はできているわ」
「陛下、あんたは死なせねえ。その為に俺が存在するんだ」
「……そうね」

信じているわ、と告げながら、信じられるはずがない、とも思う。

失敗すれば、舵取りを損なえば、待っているのは死あるのみだ。
連合体制である以上、この国は私の一存でどうにかなりはしない。滅びの道を突き進むことはないはずだ。だが一方でそれは、各部族の信を失えば簡単に首を刎ねられるということでもある。

ーーそう、父上のように。

父上は強い方だったと、玉座に就いて初めて思う。
ただ静かに、淡々と、死を覚悟しながら己の信念を貫き通した。そしてそれは並大抵のことではないと、女王となって私はやっと理解できたのだ。

王とは、孤独なものだ。
王とは、人であることを棄てるべき存在だ。

王が守るべきものは家族や恋人や友人ではなく、国の土地と権利と財産と、名も知らぬ民衆なのだ。

そしてハク、お前は。

「……ねえ、ハク」

一旦瞑目し、ヨナは吐息と共に誰よりも愛おしい男の名を呼ぶ。この国の誰よりも強く、国にとっても女王にとっても掛け替えのない才能を持つ、どうしようもなく馬鹿で哀れな男の名を。
馬鹿な人、と胸の内で呟きながらヨナは振り返るとしゃらりと衣擦れの音を立てながら足を踏み出し玉座に腰を下ろす青年の正面に立った。

「陛下?」
「ハク、そのままで」

無人の広間から己の視界を遮るようにして佇む女王の、今は薄墨に覆われた白皙のかんばせを振り仰ぐとハクは切れ長の双眸を僅かに顰める。
彼女の立ち位置は、彼女こそが己の覇道を阻む障壁であると示唆しているかのようでーー

「陛下、あんたは……」
「なあに?」
「ーーいや、何でもねえ」

燭台の灯火に照らされた、暁前の晴れ渡った東の空の如きいろの瞳が己を見据える。その眼差しに昏い影は見当たらないのに。

(王座から、降りたいのか?)

脳裏に浮かんだ問いは、だが目の前の女王が見せる悠々たる笑みに抑え込まれ、結局ハクの唇から紡がれることはなかった。

俺は王位なんざこれっぽっちも望んじゃいねえ。それを、彼女が知らねえはずがない。
ならば何だ?この人は何が言いたい?
何を考えている?彼女は俺に、何を望んでいる?

逡巡する青年の疑問と思考は、明確な回答を得られぬままやがて女王が奏で出した鈴の音のような笑い声に搔き消されていく。

「ねえ、ハク……遊びましょうよ」

くすくすと笑いながら女王が告げる。
脈絡のない主の申し出に瞠目し、まじまじと己をを凝視する青年に向けて軽く小首を傾げると、ヨナは蠱惑的な笑みを浮かべた。
それから、重々しい装束から覗く細い指先で帯飾りにと幾重にも結われた絹の組紐のひとつを摘み上げると円い唇を薄く開く。

布と布が擦れる乾いた音が、静寂に沈む周囲の空気を奇妙なほど震わせた。















『soulstation 1』
なんて退屈な世界にいるんだろう 君に















尊敬する絵師様であり大好きなお友達でもある、もめ雄さんからのオーダー品です。
以前描いていただいた美麗過ぎるアテサガ絵へのせめてもの返礼品でもあります。
私得以外のなにものでもないような内容なのに快く受け取ってくださったもめ雄さんの懐の深さに感謝しかない……!
もめ様ありがとう本当にありがとう(ू˃̣̣̣̣̣̣︿˂̣̣̣̣̣̣ ू)



スウォン→ハク(→ヨナ)SS 『nightbird』 スウォン独白。スウォハクつっても恋愛話ではありません。


宵闇に溶ける見慣れた己の寝室の、独り寝には些か大き過ぎる寝台の隅に腰を下ろし、窓際に置かれた燭台の灯火をぼんやりと眺める。

時折微かに揺らめく朱い蝋燭の炎を何とはなしに見詰めていると、ふと懐かしい従妹の長く燃えるような髪を思い出す。

(ーーああ、今では……短くなってしまっていたな)

僅かに瞼を下ろし、短くとも炎のように揺れる彼女の髪を脳裏に浮かべてみる。

(違う)

瞼の奥にぼやけて見える癖のある少女の髪のいろーーだがそれはすぐに掻き消され、全く違ういろに上書きされた。
それは深い、漆黒にも見紛うような紺青。
朧気な世界の中でたったひとつ、鮮烈な印象で私を捉え続ける、青醒めた月の光を微かに映し出した澄み渡る夜空のような双玉。

真っ直ぐに私を見据える鋭い眼差しの奥に揺らめく焔のいろが見える。そうだーーこれは彼の、憤怒の光のいろだ。

「……ハク、貴方はーー何より大切な存在を、手に入れましたか?」

ぽつり、と瞼の奥に鮮明に映る黒髪の青年に向かい問うてみる。無論、返答などあるはずもない。
ひとり溜息を洩らし何とはなしに苦笑した私は燭台から視線を外し、ごろりと寝台の上に寝転がった。

朧気な記憶の中で笑う優しい人々。まるで従妹の好んでいた絵巻物の世界に紛れ込んだかのようなふわふわと覚束ない色彩と輪郭の彼らの中に、不意に紛れ込んだ異質な存在が鮮明に浮かび上がる。
濡れ羽色の髪、瑠璃よりも深い藍の瞳。冷え冷えと冴え渡るいろを纏う彼の印象はそれとは裏腹な、鮮烈な真紅。

「ハク」

真っ直ぐに私を、その苛烈な眼差しで見据える幼馴染の幻に向かい呼び掛ける。

「彼女の傍に、貴方はいるのですね」

私の言葉に応えるように彼は微かに笑った、ような気がする。これは私の中の幻影に過ぎないと解っていても、何処かで彼と繋がっているような気がして己のこころが沸き立つのが感じられた。

それから、ハクに当てていた焦点を少しばかり拡げてみる。きっと彼の隣に佇んでいるだろう緋い髪の少女の姿を求めて。
だが、見慣れていたはずの彼女の姿は蜃気楼の如く。

「……そんな、ものですかね」

優しい思い出と温もりをくれた従妹の姿さえも、私には希薄な幻想でしかないのだ。
ーーそう、私にとってすべてはそんなものだ。

(必要ないのだ、彼以外は)

胸中で独り言ち、私は閉じていた瞼を上げた。途端掻き消える彼の幻影と視界に映し出される見慣れた天蓋。毎日目にしているはずの広い天蓋の装飾を、多分私は誰かに問われたとしても思い描くことはできない。
私にとって、他人とはそんな存在なのだ。

「……ハク、私は貴方から貴方の最も大切な存在を奪うことはできなかった」

溜息を洩らし密かに笑う。これは自嘲なのか、それとも安堵からくるものなのかーー自分でも判別がつかない。

ずっと昔から知っていた。ハクの中に従妹の存在が住み着いていることを。
だが、彼はそれを決して表沙汰にはしようとせず、私が王位に就くために彼女と婚儀を挙げろとまで進言してきた。

ハクの思いを嘘偽りだとは思わない。彼のこころに宿る彼女への思慕とは別に、私を王位にと願いその隣に彼自身が並び立つという望みもまた彼の本心であったのだと理解している。

私は、確かに嬉しかったのだ。
ヨナを私の妃にとのハクの言葉を聞いた私は、戸惑う姿を演じながら、そしてそれが現実とはならないだろうと諦観しながらもこころの底で歓喜に沸いていた。


ハクは、ヨナではなくこの私を選んだのだと。


「……制御のきかぬ感情ほど、厄介なものはありませんね」

彼の言葉のまま行動すれば良かったのだ。
それだけで、私の望みも彼の願いも叶えられたのだ。

だが、そうはならなかった。

叔父が私を認めなかったから?ハクを後継者としようという節があったから?父のことがあったから?

違う。

ハクが、こころで血を流しながら私の傍に在るだろうからーーだ。

この世でたったひとつ、私が欲した存在。唯一手に入れたかった者が私と同じだけの欲と執着心で私に向き合うことは決してない。

(そんなものは、いらない)

別の存在を胸に宿しながら、それを決して見せることはないままに誰よりも私の傍に控えるなどと。

「貴方は、貴方が真に護りたい者を護ればいい」

視界の隅でちらつく蝋燭の炎が鬱陶しい。淡々としているはずの感情が不意にざわつくのを感じ、私は寝台から立ち上がり窓辺に置かれた燭台へと向かった。
ざらざらとした不快感に眉を寄せ、揺らめく炎を一気に吹き消すと独特の香気を残し宵闇の中に仄かな朱は掻き消える。

「……さよなら、ハク」

消えた炎に向かいぽつりと告げる。返答も、彼の幻も今度は現れることはなかった。


ーー私達は、何を間違えてしまったのだろう。


彼が、その胸の奥に従妹の存在を宿さなければ良かったのか。
(それを、私にどうにかすることはできなかった)

彼が、女であれば良かったのか。それとも私が女であれば良かったのか。
(それでは、私達は並び立てない)

私達は、出逢わなければ良かったのか。
(それは今の自分を全否定することだ)


詮無きことを考えれば考えるほど感情は漣立ち、その揺らぎはやがて熱量となって全身を支配する。
何て、鬱陶しい。

不快な熱を冷まそうと、普段用もなく顔どころか姿すら見ることはなかった伽の女でも呼ぼうかと一瞬扉へと顔を向けたが、どうせ目にすれば興醒めするのだ。それは彼ではないと苛立つのだ。
そんな自分が容易に想像できてしまい、私はかぶりを振り再び寝台へと身を沈めた。

このまま、眠ってしまおう。

寝台の上で横を向き、背を丸め身を屈める。
希薄なこの世界の中で、確かなものは自分自身と、抱え込んだ彼の幻影だけーーこうしていると、本当にそんな風に思えてしまい私は今度こそ自嘲の笑みを洩らした。

「さよなら」

おやすみなさい、の代わりにこの世界の何処かに生きている幼馴染に告げる。

「……また、逢いましょう」

これは、私のこころの中に住み着く幻影に向けて。


このまま眠りに墜ちれば、夢の中で逢えるだろうか。
優しく懐かしく、現実よりも余程鮮明な思い出の中の彼に。


逢いたい。
触れたい。
言葉を、こころを通わせたい。

たったひとつ、私をこの世界に繋ぎ止めるーー君に。



目を閉じると、やがて遠くで空を切り裂くような甲高い音が聴こえる。

(ああーーグルファンの声だ)



そう思いながら、私の意識は闇に溶けていった。















『nightbird』
さあ目を閉じよう シーツは暖かい















特にBLのつもりはありませんがどうか。
執着心と独占欲、反目と対立。そしてお互い影響し合う関係が非常に滾るのです……
私は恋愛軽視型なのでCPとは違うと思ってますけどホモくさかったらすんません(土下座)




プロフィール

月桜キキ

Author:月桜キキ
月桜キキと申します。
数年振りに二次創作の世界に出戻って参りました。普段はしれっと会社員やってます。

暁のヨナ、聖闘士星矢(無印)を中心に、他ジャンルも時々。
NLBL混在しますのでご注意!

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