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出来心。

童心に返る、とも。

えー、私は昔二次創作で漫画とか描いてた訳でして。
一切描かなくなって数年。ツールも画材も処分済。
まさか、またお絵描きしたくなるなんて思ってもいなかったですよ。

それがハクヨナにハマって、数年振りに描きたいなーなんて(笑)
でもツールないし、今更環境整えるのも面倒だなーとか思ってました。

ところが、昨日何となくクローゼットの奥を覗いたら一つだけ出てきました。
…当時スケブ用にしてた色鉛筆!しかも12色だ!どーすんのよコレで( ;´Д`)

ところがですよ、このタイミングで今日は半日暇だったのです!
夕方帰宅した私、試しに描いてみよっかな、なんて。


いや、ブランクって凄いわ。描けねえ!
継続は力ってホントだわ〜
ま、元々のレベルもアレですし、昔からキャラを原作絵に似せることには拘ってなかったんでいいんですがね…てかそういう次元じゃなく描けない。
描き方そのものを忘れてて、色鉛筆を(色鉛筆だ!)動かせなかった時のショックといったらもう。

悔しいんで、落書き位は出来るようにリハビリしよう。



とりあえずね。
羞恥プレイだコノヤロー






余りにもアレですが……とりあえず。

ハクヨナはね、お互い相手の心に自分は居ないと思いながらもひっついてるのがイイ。
…なんて、萌え語りしてる場合じゃねーです。

しっかし、アナログって誤魔化せないっすね。
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テーマ : 今日のつぶやき。
ジャンル : 日記

昨日のこと。

昨日は一日中フラフラと外出してきました。なんか色々めんどくさかったので車で移動。フル高速の豪遊ルートでし(笑)

先ずはバンケット。以前から欲しかったムラ染めざっくりニット、ゲットしてきました!
綿ニットなのに、先日購入したワンピースとの価格差がたった3千円という驚きのプライスでしたが★

次にIKEAへ。
とりあえずいつもの(笑)日用品を購入。期間限定のサラダが破格値だったので、サラダランチ。いつものジャムがドレッシングになってたよ!

で、日産スタジアムに移動。
ここまでで約4時間。
結局帰宅したのは、それから6時間後でした。疲れた。

今日は1日ダラダラ過ごそう。
そういや急に思い立って、新アカウントでついった始めてみました。
放置しないように頑張ります。

テーマ : 今日のつぶやき。
ジャンル : 日記

ハクヨナ前提未来話 『路傍の花』.2 テジュン、ハク、ヨナ。ヨナが王様になりました。

君の為に、僕は何が出来るのだろう。






爽やかな香りが立ち込める、隅々まで手入れの行き届いた広く美しい庭園を、私はまるで夢を見ているような気分で見ていた。

実際のところ私はこの場所について、もっと大輪の花々が咲き誇る豪華絢爛なものを思い描いていたのだが、緑と白を中心に構成された庭園の主役は、多種多様の香草や薬草だった。
あの方らしいと、私はこの庭園の主である女性の姿を思い浮かべる。緩やかに波打つ紅い髪、紫水晶の如き輝きを湛えた円らな瞳、白磁の肌と華やかな美貌を誇るあの方を。
艶やかなあの方の立姿に重なるように、庭園の何処からか鳥の囀りが聴こえた。私は再び、用意された茶を啜りながらぼんやりと眼前に拡がる光景を見渡し、夢を見ているようだと心の中で繰り返す。
何気なく空を見上げれば、雲一つない鮮やかな紺碧。それはとても清々しく映り、やはりあの方のようだと思った。

東屋の内壁に沿うようにぐるりと設置された長椅子の端に座り心を癒すような緑を眺めていると、やがて軽やかな足音と澄んだ鈴の音にも似た微かな金属音が耳朶を打つ。弾かれるように音のする方角を振り返れば、今まで思い描いていた姿よりも更に眩しく輝く女性が、私へと微笑み掛けていた。

「姫様!」
「こんにちは、テジュン。お待たせしてごめんなさいね」

咄嗟に伏礼の姿勢を取ろうとした私を制し、その女性ーーヨナ姫様は幾重にも重ねた色とりどりの薄衣の上に刺繍を施した豪奢な緋色の厚地を被せた、裾の長い王族女性の装束をものともせず舞うような足取りで東屋の階段を昇る。

「いえっ!お招き下さり恐悦至極にございます!姫様ーーあ、いえ、陛下!」
「姫様で構わないわ。面倒な挨拶もいいから、座って」

そんなに畏まらないでねと笑い、姫様は東屋の長椅子の、丁度私の正面に位置する場所へ腰を降ろす。彼女の胸元で幾重にも揺れる首飾りが、しゃらりと軽やかな金属音を小さく奏でた。

「ーー薬草を、お育てになっておいでなのですね」
「ええ。城内の皆や近衛兵の食事と常備薬に使っているの。それとね、あの辺りでは野菜を作ってるのよ」

得意気な笑顔で庭園の一角を指差す彼女を、私は惚けたように見詰めていた。庭園を渡る風が彼女を撫ぜ、波打つ紅い髪が一房、ふわりと揺れる。

「……ああもう、纏まらなくて困るわ」

風に弄ばれた髪を片手で整え、姫様は困り顔で溜息を洩らす。ころころと表情を変える彼女の御様子は年端のいかない少女のようで、昔から変わらぬその愛らしさに私は胸を震わせた。

「いえ、とても美しい御髪です。よくお似合いかと……」
「そう?ありがとう……でもね、本当は短い方が好きなのよ」

短い髪。その姫様の御言葉は罪深い私の胸を抉る。豊かに波打つ彼女の長い髪を、嘗て斬り落とさせたのは他ならぬこの私なのだ。
返す言葉を失い思わず視線を逸らせた私には構わず、姫様は不満そうに紅い髪を一房摘まんでみせた。恐らく、私の罪に触れぬようにーーいや、そうではなく私の罪など彼女にとっては些細な事なのだろう。それほどに彼女は寛大だった。

「でもね、ハクが切るなって言うのよ。王が結い上げも出来ないような半端に短い髪を垂らして公式の場に立つつもりか、ですって」
「ハクがそんな事を?」
「そうよ!でもね、短い髪を似合うって言ってくれたのもハクなのよ。だから何か…納得いかないのよね」
「ーーそう、ですか」

正論なのは分かるんだけど。そう洩らした何となく拗ねたような表情の姫様に、私はちくりと痛む心を自覚しながらも笑顔を向けた。

「姫様、姫様は今の御姿が一番お綺麗です」

美辞麗句には慣れ切っているのだろう。私の賛辞をお上手ねと笑顔で流し、姫様は軽く肩を竦めてみせた。

本当は、もっと言うべき言葉がある事を私は知っている。
あの男にとって、姫様の御髪など取るに足らない事なのだろう。御髪だけではない。姫様が豪奢な女王の装束を身に纏おうが、たとえ農民の娘のような格好をなさろうが、奴にとっての姫様の価値に何の変化も生まれず、それを踏まえた上で必要性の部分を進言したに過ぎない。
不本意ながら、私には奴の考えが理解出来てしまう。それはそうだろう、私も……奴と同じ思いを抱えているのだから。
かといって、姫様に奴の気持ちを代弁する気にはなれず、私は姫様の御姿を讃えるのみに留めた。勿論それも紛れのない本心ではあるのだが。

冷めはじめてしまった茶の味が、少しだけ渋く感じた。



✴︎



「姫様、それで……御用件とは?」

他愛ない雑談の他、診療所の設置状況、イザの収穫状況や土地の開墾状況、商業や新たな産業の開発計画など、報告することは幾らでもあり、姫様はそれを一々頷きながらとても嬉しそうに聴いて下さる。凄いわテジュン、貴方は本当に頑張っているのねと御褒め下さった時は、天にも昇る心地だった。
だが、このような報告を求めるためにわざわざ離宮の庭園に私をお招き下さったとは考えにくい。
もっともっと私の話を聴いて頂きたい。後ろ髪を引かれる思いではあったが、私は姫様へと本題を促すため問い掛けた。
すると、姫様御自身が本題を失念なさったのか大きな瞳を瞬かせて小首を傾げた。その仕草が堪らなく愛らしく、不敬とは思いながらも喰い入るように見詰めてしまう。だがどうしようもなく顔が緩むのを自覚した私は咄嗟に口元を手で覆い彼女から視線を逸らせた。おのれ、何と勿体ない事か……!

「ーーあ!そうだったわ、テジュンに御願いしたい事があるのよ!」

お話がとっても楽しくて肝心な事を忘れていたわ。と感涙に咽ぶような御言葉と、天女の如き艶やかな微笑みを贈られ、私の鼓動が早鐘を打つ。御願い?姫様が私に御願いだと⁉︎
もしや……私に傍に仕えて欲しいとお望みなのでは!いいや寧ろ、共に高華国を治めて行きたいと……いや流石にそれはないか。
だがか弱き女の身で独り立たれていらっしゃるのだ、心細くおなりなのやも知れん。
そうだ、この私がお支えしなくてはーー

「火の部族の兵役制度の事なんだけど」

ーーですよねー。

密かに胸に抱いていた願望というか欲望というか妄想というか、とにかくそういったものが此処ぞとばかりに湧き上がってしまい、だがそれを処理する間もなく姫様御自身に叩き斬られた。
情けないやら切ないやらでがっくりと肩を落とした私に、どうしたの?などと優しい御声を掛けて下さる彼女は、やはり天女のような神々しい微笑みでーー罪深い私に罰を御与えになるのだ。

「今まで、兵の登用に関しては各部族に任せて来たし今後も基本的に任せるつもりなんだけど……火の部族は徴兵制でしょう。けれど、イザの収穫が安定している今、新たな産業で領内の基盤安定を図るなら…若い労働力が更に必要になるわよね」
「ーーはい」
「それと今後、スウォン陛下からの援軍要請があるかも知れない。その時には、兵士には遠征をして貰う事になる。今までの、彩火や国境地帯の警備ではなく自国の防衛でもない仕事を……徴用した民に強要する事は、出来るだけ避けたいの」
「それはつまり、傭兵制を採用せよと?」

私の問いに、姫様は先程までの微笑みは何処へやら、神妙な顔で頷いた。真っ直ぐに私を見据える紫水晶の瞳に宿る光は、何時か見た炎のようなーー

「絶対数は減少して構わないから、士官だけでなく出来れば全ての兵士を職業軍人に。報酬は弾んでいいわ。資金は此方で援助します。その代わり士気の高い戦闘集団をーー火の部族軍の統率力は随一と聞いているわ。傭兵を統率するのは骨が折れると聞いてはいるけれど……テジュン、御願い出来るかしら?」

姫様の御言葉を、それも私を見込んでの『御願い』に否と答える筈もない。力一杯頷いた私に、姫様はほっとしたように顔を綻ばせた。

「良かった!ありがとうテジュン。それでね、具体的な方策なんだけど……私には軍事関係の事は詳しく分からなくて。だから仔細は彼に任せているからーー二人で、決めて頂戴ね」
「ーー彼」
「ええ」
「……と……二人、でーー?」

非常に嫌な予感がする。いや、予感というか確信というか。思わず鸚鵡返しに呟いた私に、姫様は笑顔で頷くとふわりと立ち上がり、庭園の奥の方へと向けて出来る事なら聞きたくはなかった名を高らかに告げられた。

「ハクー!何処に居るのー?戻って来なさーい!」

ーーですよねー。
というか何だそれは。犬か。

姫様直々の『御願い』があの犬……いや、雷獣との共同作業だなどとは罰もいいところではあるが、避けては通れぬ道だ。ならば最善を尽くし、姫様の信頼を一層強固なものとするのだ……!

新たな決意を胸に、ぐっと拳を握り締めた私は徐に立ち上がると姫様の視線を追い庭園へと向き直った。
やがて音もなくーー比喩ではなく本当に足音もなく、草木を掻き分ける音すら風の仕業だと錯覚する程の僅かなものだったーー一面の緑と白の花園に黒い影が降り立った。
黒い髪に黒い装束。よく見知ったその顔立ちは、以前よりも少し精悍さが増しただろうか。犬のようだと揶揄してはいたものも、その佇まいは寧ろ猫科の大型獣を彷彿させる。
大刀を肩に抱え、無駄のない足取りで東屋へと歩を進める男の姿はこの庭園において限りなく異質であって、だがこの上なく映えていた。

「はいはい、御呼びですかねーー陛下?」

仕方ないのでふらりと現れてみました、とでも言わんばかりの態度の黒装束の男の気安さを、不敬だなどと咎めるつもりは私にはない。幼馴染であり、共に城を追われ苦難の末共に帰還した彼等の絆を、私は少々羨ましく思いながら眺め遣った。

「ええ、そうよ御呼びですよーーあら、その実は?」
「食べ頃ですよ、どうぞ」

そう言って、ハクは掌で転がしていた、赤く熟れた小振りの果実を三つばかり姫様へと手渡した。姫様はそれを瞳を輝かせながら両手で受け取ると、その内の一つを私へと差し出して下さった。

「あっ……有難うございますっ!」
「どうぞ召し上がってね」

それから姫様はハクへと視線を戻し、眩しいばかりの笑顔を浮かべる。何というか……実に満足気な笑顔だ。

「ああ……やっぱりお前に似合うわね、その服」
「はあ、そりゃどうもーーただちょっと、窮屈なんすけどね」
「文句言わないの!髪を結い上げるのだってとっても窮屈なんだから!私と同じよ。辛抱なさい」
「……へいへい」

畏れ多くも、姫様の御褒めの御言葉に対しあからさまにどうでも良さそうな返事をする眼前の男が身に纏う装束は、青漆と蘇芳で組まれた細帯を締めた細身の長衣だ。張りのある厚手の絹地は芍薬か何かの地模様が随所に織り込まれた艶のある漆黒で、同質の生地で誂えた長羽織の裾には金糸をふんだんに用い、地模様と同じ大輪の華の刺繍が施されている。
職務上の問題か単なる本人の嗜好か、恐らくはその両方なのだろう。装束の形状そのものは以前ハクが身に付けていたものと殆ど同型だったが、嘗てのように胸元を寛げ着流す緩い袷ではなく身体の線に沿うよう裁断された、王の隣に立ち宮中を闊歩するに相応しい衣装だ。
重く沈みがちな漆黒の装束をこうも華やかに着こなせるのは、容姿を含め奴を褒めるべきなのだろうがーー酷く、目立つ。
目的は何だろうか。疑問が生じた私は姫様へと問い掛けた。

「それは、姫様が御誂えに?」
「そうなんだけど、でも生地はハクが選んだのよ!ほんと吃驚しちゃった」

姫様の御答えに、疑問は大きくなり私は内心首を傾げた。確かに似合いはしている。だが、目立つ上に近くで見れば素人目にも最高級品と分かる絹地を選びわざわざ豪奢な刺繍まで施して?自身を飾り立てることに価値を置くようには思えぬ男が、何故ーー

答えの出ないまま知らずハクの姿を凝視する私に対し、ハクからは非常に面倒臭そうな視線が返され、一方の姫様からは何を勘違いなさったのか楽し気な笑い声が上がる。

「やだもう、テジュンったら何を見蕩れているの。うん、でも分かるわ、本当に素敵だもの!絵になるっていうのかしら?」

ーーいえ!いいえ分かりません分からないで姫様どうか誤解なさらないで下さい御願いですから!

「……え、いや……まあ……、ハイ……」
「でしょう⁉︎」
「やめなさい陛下、無理矢理同意を求めんで下さい。テジュン殿がお困りでしょう」

ついつい押されて、あやふやな肯定をしたところで思わぬ助け舟が入る。こういった会話は初めてではないのか、姫様に対して些かげんなりした表情を浮かべたハクが冷ややかに言い放った。

「だってー」
「だってじゃねえよ。てか、此処はもういいですから戻って下さい。ユンとの打ち合わせが残ってるでしょう」
「……はぁい」

不敬極まりない従者の暴言に憤慨なさる事もなく、姫様は可愛らしく頬を膨らませながらも奥宮殿に続く回廊へと足を向け東屋を後になされる。それから、くるりと舞うように私を振り返ると心が蕩けるような微笑みを御与え下さった。

「じゃあ御願いね、テジュン。また後で。夕餉は御一緒しましょうね」
「はっ、はい!有難き幸せにございますっ!」

思わず上ずった声を上げた私に、姫様は大袈裟ねと御笑いになる。
姫様が私と夕餉を御一緒下さる……何という僥倖だろう。今の私は姫様の御為なら業火にも耐えられる……!

天女の如き麗しき御姿を目で追う私に対し隣に佇む男は白けた眼差しを送ってきたが、それ以上何を言うでもなく、億劫な態度を顕に長椅子へと腰を下ろした。







現在、スウォン様率いる遠征軍の指揮者として長期不在中のジュド将軍に代わり、中央の軍事関係を統轄するハクにより姫様の『御願い』の大網を改めて説明され、その計画の遂行にあたり必要な、火の部族軍の内部資料の幾つかの提出を要請され今に至る。

麗らかな午後の青空の下、爽やかな香りに満ちた庭園の東屋で、大の男が二人して軍事関係の談議に花を咲かせる様はどれ程滑稽に他者の目に映るのか、ふと想像しては虚しい気分になる。だが、これも姫様の思し召しと気を取り直し、私はハクに必要資料の再確認を求めた。

「資料は明後日までには全て揃えよう。他に必要なものはあるか?」
「いや、とりあえずはそれだけでいい。明後日は宮廷の会議室を確保しておく」

喉が乾いたと赤く熟れた果実を齧るハクが、姫様より賜り手の内でそっと抱えたままの、同じく熟れた果実へと視線を落とす。

「おいテジュン、お前食わねーの?姫さんのお手製だぜ?」
「いやっ……!これは……」
「……大事に持ち帰って眺め回して腐らせる気か?欲しけりゃまた来て姫さんに頼めばいいだろうが」

お前は馬鹿か、と続けーー待て、馬鹿とは何事だ!失敬なーーハクは私へと哀れむような視線を向けてくる。非常に不愉快だ。
だが、不愉快だろうが悔しかろうが、残念ながら私はお前とは違うのだ。己の幸運を当然の如く享受する愚か者めがーー!

「……仕方なかろう。常に姫様の傍近く仕えるお前とは違って、私はそう簡単にこの場に立つ事は出来ぬのだ」
「いや、出来るだろ。あの人がお前を此処に招いたってのは、お前はあの人にトモダチ認定されてるって事だ。だから来たけりゃ何時でも来れんだろ」

『友達』などという予想外の科白に私は思わずハクを凝視し、それから自嘲交じりの笑い声を洩らす。
あの方と友達ーーこの、私が?こんなにも容易く、姫様は罪深い私を友と思って下さるのか……。

「ーー何と皮肉な話だろうか。いや、嬉しくない訳では断じてないのだ。だが、昔私がこの場に足を踏み入れる事を望んだ時、姫様は頑なに拒絶なされたというのに」
「てかお前、あん時はあからさまに王座狙いだったろーが」
「……そういえばそうだったな。ああ、あの時はお前に邪魔されたのだった」

苦笑する私に、ハクは眉を寄せて大仰な溜息を洩らすとまるで恨み言のように己の幸運を語り出す。全く、何と憎たらしい男だろうか。

「お陰様で、あの日から俺は故郷にも帰れず姫さんの御守りの毎日だ。どんだけやってらんねえと嘆いた事か」
「何を言う!私のお陰で公然と姫様のお傍に居られたのならば、寧ろこの私に感謝すべきだろう!」
「……あのな」

私の主張を聞き、何故か脱力した様子のハクが不本意とでも言わんばかりの科白を吐いた。

「傍に居りゃあそれだけで幸せだなんて勝手に決め付けんなよ。大体な、あの頃の姫さんは俺の事なんざ眼中にもなかったぜ」
「ーーそうなのか……そうか、それは大変だったな」
「……おい、お前何だその目は。俺に同情の眼差しを向けんじゃねえ!」

不機嫌全開といった風体で、下らねえ話はいいからさっさと食え!と促され私はおずおずと姫様から賜った赤い果実を口に含んだ。幾ら私が姫様の信頼を得ていようが、雷獣に牙を剥かれて無傷で済む自信はない。

口内に充満する瑞々しい果実の味は単に甘いだけではなく、清涼な強い酸味と、それから僅かな苦味が印象的だった。
そうか……そういうものかと妙に納得し、私は改めて向かい合わせで長椅子に腰を下ろし気怠げに脚を組むハクの姿を眺め遣った。

「ーーなあ、ハク。訊いていいか?」

すると、ハクはちらりと此方に視線を向け、それから何も言わず庭園の風景へと視界を移した。私はそれを無言の肯定と解釈し、未解決の疑問を口に出す。

「お前のその格好ーー姫様の仰る通り確かに似合うとは思う。だが目立ち過ぎやしないか?」
「……いいんだよ、それで。目眩ましだからな」
「目眩まし?何をーー」

問いを重ねる私に、ハクは再び此方を向き真っ直ぐな視線を送ってきた。気怠い雰囲気は一瞬にして払拭され、私は知らず背筋を正す。

「将軍達には話を通したが……そうだな、お前はキョウガの代理だったな。先に言っておくが、今の俺は将軍でもねえし、王の護衛と直属の軍を統轄するだけの立場だ。だから積極的に内政に携わるつもりはねえ。だが、王が関与する水準の外交に対しては、基本的に俺が前面に出る」
「……何だそれは……どういうーー」

一聞して支離滅裂なハクの言葉は私に混乱を与えた。待て。それは単なる王の側近である軍属が外交官の真似事をするという事か?だが、国政における最高の外交官は他ならぬ王自身だ。
つまりこの男は王に成り替わると言いたいのか……?

「理解出来ねえか?テジュン。外交が友好国とだけ為されると思うなよ。それでなくとも即位後間もなく、即位したのは若年の女の王だ。無論後継も存在しない。この状況で外交の場に立つ事がどんだけあの人にとって危険なのか分からねえか?」
「ーーそれは、姫様の命の危険という事か」
「そうだ。あの人を暗殺でもすれば国が混乱し弱体化すると思われると厄介だ。俺が前面に出る事であの人自身が舐められる位が今は丁度いい。高華の女王は雷獣の傀儡だとでも勘違いしてくれりゃあ儲けモンだ」
「傀儡……」
「そうなりゃ標的は俺になる。まあ、こんな小細工は何れ通用しなくなるだろうが、その頃にはあの人自身の実績も、強固な基盤も構築されてるだろ」

噛み砕いたハクの説明は確かに納得の行くもので、その理屈ならば将軍達が理解を示したのも頷ける。要するに、ハクは姫様を敵国の暗殺者から御守りする為に単なる護衛のみならず、ハク自身が的にならんとしているのだ。

「ーーだが、姫様御自身は納得されているのか?」
「……しねえだろうな。だが、まあ異人との交渉は俺の方が手慣れてるからな。それを理由に実務の方面で押し通した」

お前の言う交渉は大方商取引だろうがと突っ込んでやりたいところだったが、不満ならお前が代われとでも返されそうで、とりあえず黙っている事にする。
しれっと姫様を言い包めたなどとほざく不敬な従者は、窮屈で気が滅入るけどな、と自らが纏う装束をそう評し肩を竦めた。

「ならば何も普段からそのような目立つ振舞いをせずとも良いだろう。将軍達は姫様やお前に少なからず恩義を感じているだろうが……良からぬ思いを抱く者も存在する中で、わざわざ敵を増やしてどうする」

私の忠告に、だがハクは非常に面倒そうな表情を浮かべ、溜息と共に言うのだ。

「お前は阿呆か?次男坊。何処に間者が潜んでるかも分からねえ状況だぞ。宮廷内の雑音なんぞに一々構ってられるかよ」
「ならば皆に事情を説明して……」
「同時に間者にも事情説明する事になるだろうが」

その言い分は現状を加味した的確な判断であり、本来ならば反論の余地はない。だが、そうではないと私は拳を強く握り締めた。

「ーーハク、宮廷内には様々な思惑が入り乱れている事は分かっているだろう?それに、幾らスウォン様の御推挙とはいえ姫様は慣例破りの女の王だ。その事自体に不満を抱く者も居る中で、今のお前の在り様はどうだ?奴等がお前をどう評しているか、知らぬ訳ではあるまい」
「ーー俺の事などどうでもいいだろうが」

不快気に眉を顰め、そう吐き捨てるハクに私もまた怒りを顕に畳み掛ける。何故こうも飄々として居られるのか、私には到底理解出来ない。

「女王の犬との揶揄など可愛いものだ。『幾ら嘗ての将軍だろうが今や何の身分も持たぬ女王の情人風情が、不相応に高い地位を与えられ公然と軍を掌握している』だの『高華の“雷獣”ともあろう者が遠征に帯同もせず、女王の色香に牙を抜かれ飼い慣らされている』だの……!下賤にも程がある!」
「へえ……ま、大体合ってんじゃねーの?」
「認めるな馬鹿者!大体これはお前に向けられた暴言ではないのだぞ!下賤な中傷に曝されているのは寧ろーー」

姫様の方だと言おうとして、声が出せぬ事に気付いた。周囲の空気がそれを赦さぬような、押し潰されそうな威圧感に身体が硬直する。
刻が止まったような空間の中、ひゅんと風を切るような音が聴こえた。

「ーーそれは誰の言葉だ、テジュン」

静かな、だが怒りに充ち満ちた雷獣の声音が耳朶を打つ。凍り付いて動けぬまま我に返れば、眼前では大刀の刃先が禍々しい煌めきを宿し静止していた。
ほんの僅かでも動けば喉元を掻っ切られると認識した途端、途方もない戦慄が背筋を駆け抜ける。
本当に、牙を抜かれたなどと誰が言ったのだ。正に今、私は雷獣に牙を剥かれ斬り刻まれようとしているというのに!

「答えろーー誰の言葉だと、訊いている」
「そっ…それを知ってどうするのだ。斬り殺しにでも行くつもりか?」
「誰が行くか。下らねえ」

恐怖に耐えながらも必死に声を振り絞り問い返すと、ハクは相変わらず不機嫌な面持ちで答え、やがて大刀の刃先を私から離した。

「俺が訊いているのは、それが誰かに教えられたものなのか、お前自身の言葉なのかーーそれだけだ」

正に寝耳に水、である。思いも寄らない余りにも侮蔑的なハクの言葉に、私は恐怖も忘れ声を荒げ怒鳴り立てた。
冗談ではない。何故この私が姫様を貶めねばならんのだ!

「ふざけるな!私がそのような下賤な事を思う筈がなかろう!」
「そうか。だったら黙って聞き流せ。下らねえ戯言に一々反応すんな」
「だがそれでは姫様が……」
「優先順位を間違えるな。それとも奴等の戯言に付き合ってあの人を命の危険に曝す気か?」

淡々としたハクの口調は何処か冷徹さを感じさせ、だがその声音に確かに宿る怒りは寧ろ自らの冷徹さに向けられている様にも思えてならない。
王の守護者であればある程、姫様の御心を置き去りにーーいや、切り捨てる選択をせねばならんという事なのか?

言葉を失くし、私は只目の前の黒衣の男を見詰め続けた。そうする事しか、出来なかった。

「ーーだから、俺を同情の眼差しで見んなって言ってんだろうが」

舌打ちと、大袈裟な溜息。気付けばハクは相変わらず不機嫌そうに私を睨み付けていて、だが牙を剥いた雷獣の織り成す、息が詰まるような重苦しい空気は何時の間にか綺麗に消え去っていた。

「いや、別にそんなつもりはないぞ、断じて!」

一日に二度も雷獣に牙を剥かれる恐怖など決して味わってなるものかと渾身の力でかぶりを振る私を一瞥し、ハクは暫し逡巡するような素振りを見せた後、一つの問いを投げ掛けて来た。その時のハクの表情が一瞬、酷く辛そうに見えたのは錯覚だろうか。

「お前は、男の王がーーそうだな、宮廷の女官でも臣下の娘でも、城内の女に手出しして何か問題が生じると思うか?」
「ーーいや。まあ何だ、王妃との確執だとか、多少はあるとは思うが……」
「そうだな。で、それとこの状況と、何が違う?」

ハクの問いは謎掛けのようで、だが姫様が曝されている問題の本質が浮き彫りになる、とても分かり易いものだった。

「それはーーそうか、姫様が……女性だからーーか?」

男ばかりの国政の場にたった独り女王が立つ事の難しさの一角が、今の姫様の御立場なのかーー

「……あの人は、そういうものとも戦う必要がある。あの人が王である事を望んだ以上、俺はこの件に口を挟む事も、奴等の言い分に合わせる事も出来ねえ。俺は精々ーー結果出してあの人の期待に応えんのがいいとこだ」

口を挟めばそれこそ逆効果。かといって迎合すれば姫様が命の危機に陥る、か。確かにそれはしんどいな。
私に、そのしんどさを耐える事は出来るだろうか。ふと湧き起こった疑問を、詮無い事と即座に打ち切りハクの顔色を伺い見る。それなら私には何が出来るのかと考えながら。

「誰の目から見ても、軍の統轄はお前が最適任者だろう。第一姫様が私的感情でお前を軍事の中心に据えているとは思えない。感情を優先するなら寧ろ、お前を専属護衛のみに留め置くだろう」
「……あの人は人使い荒いからな。てかお前、あんまあの人を馬鹿にすんな。刺すぞ」
「ちょっ……!待て!何時私が姫様を馬鹿にした⁉︎」

本気で刺す気はなかろうが、大刀を片手にそんな科白を吐かれてはちょっと冷静では居られない。慌てて否定すればハクは何故かーー何故だ⁉︎ーー詰まらなそうな顔で息を吐いた。

「姫さんは、俺を軍の中心に据える事で奴等に自分がどう見られ何を言われるか、分かった上でそれでも俺を使う。結局俺が一番適任だからだ。外交の件も、俺の狙いと姫さんの目的は違うが、理由が何であれ俺が前面に出る時点で宮廷内での自分の立場が悪くなる。それを分かっててあの人は俺の申出を受けた。俺の方が自分より、国益を引き出せると踏んだからだ」

ーーこれがあの人の、王としての在り方だ。
淡々と言葉を紡ぐハクの声音からは何の感情も読み取れない。読み取らせまいとしているのか、それとも感情そのものを殺しているのかは定かではないが。

「姫様の、王としての……在り方」

私は茫然と、ハクの言葉を繰り返す。
何とご立派なーーだが悲愴な覚悟であろうか。姫様はあの若さで、か弱き女の身で……独り、立っておられるのだ。

そうだ。やはりあの方は御独りなのだ。この男はあくまでも王の守護者であり寵臣で在ろうとする。無論姫様がそれを望まれるからだろう。
だが、それでは駄目だ。それではーー

「……ハク、お前は昔から、姫様の御身を御守りする事が職務だったな」

そうだ。姫様がお前に優秀な駒である事を望み、あくまでお前がそれに徹すると言うのならそれでいい。お前に出来ぬと言うのなら、この私が姫様を御慰めすれば良いではないか。
ーーそれこそが、私の望みである筈だ。

それなのに。

「昔の姫様がお前をどう思っていたのかなど知らん。姫様の御心に何者が住んでいたのかも、知らん。だが今、姫様の寵を得ているのはお前だろう?」

ああ、私は何を言っている。
放っておけば良いではないか。この状況は、姫様の御心に入り込める千載一遇の好機ではないのか。

それなのに、胸中の打算とは裏腹に私はハクに向かい尚も言い募っていた。

「……情けないでは、ないかーー雷獣」

何も言わず、只静かに私を見据える男の双眸からは、やはり何の感情も窺えず、私は苛立ちに唇を咬み締めた。
堅く握った両の拳が震える。それは恐怖からなどではなく、紛れもない怒りから来るものだ。

ハクを、羨まなかった訳ではない。だが私には奴の真似事など出来る筈もなくーーだから、私はハクを目標に定めてなどいなかった。
私は私なりに、父の為兄の為、それから火の部族の民の為ーーそして、姫様の御為にと力を尽くして来たつもりだ。

姫様に、私が出来る事は。

「情けない……!高華の“雷獣”ともあろう者が、たった一人の女の心も護れんのか……!」

半ば叫ぶように声を張り上げる私を、ハクは凍り付いたかのように凝視しやがて小さな溜息と共に苦笑を洩らす。

「……耳が痛いな」

ぼつりと呟くと、ハクは私から視線を外し長椅子の上に無造作に転がされていた、一つ残った赤い果実を手に取ると、何処かぼんやりと眺め遣った後口に運ぶ。
苦え。と眉根を寄せる様子は何処か辛そうで。

ーー泣いているのか。
そんな事を私は思う。

「……ハク、私は宮廷で力を付けるぞ」

唐突にそう宣言すると、ハクはふらりと此方を振り返ると意外そうな顔を向けてくる。思う処は多々あれども紛れのない同志に対し私は言葉を重ねた。

「必ずや宮廷で実権を握り、姫様を貶める不遜な輩など一掃してくれる!」

高らかに宣言しながらも、流石に大きく出過ぎたかも知れないと一抹の不安が胸を過る。
だが今更取り消す訳にも行くまいと腹を括り、景気付けに一つ咳払いすればそれに釣られたような、くつくつとさも可笑しそうな声が耳朶を打った。

「テジュンーーお前、凄えな。だが……そうだな、頼むわ」

頼む、などとまさかこの男から言われるとは思わず、私は驚きに目を瞠った。こうなってはもう引き下がれない。能う限りに力を込めて頷けば、ハクもまた小さく頷き手にした赤い実をもう一口齧る。
今度は何もーー甘いとも苦いとも述べなかった。

「俺は万能じゃない。出来る事出来ない事がある。だから俺は出来る事のみ最善を尽くす。俺は俺の遣り方を変える気はねえし、あの人の隣を譲るつもりもねえ。だがな」

一旦言葉を切り、それからハクは私へと、挑むような笑顔を向けてくる。

「お前がお前の遣り方であの人の為に最善を尽くし、その上で掛かって来るってんなら、全力で受けて立つぜ?」

じゃあな。
そう言い捨てて、ハクは手にした果実を平らげると長い黒衣の裾を翻し、大刀を片手に東屋を後にした。颯爽と回廊へ向かう後姿は、やはり憎たらしい程この風景に映え、そして目立つ。あれを庇い立てるのはどうにも骨が折れそうだ。

「明後日、宮廷でな!」

それでも何とかしてやろうと決意を込めて、奥宮殿へと歩を進める背中に向かい東屋から声を掛けると、おもむろにハクは立ち止まり此方を振り返った。

「明後日?今夜だろーーお前姫さんに晩飯誘われてたじゃねえか。来ねえの?」
「……え」

さらりと告げられ、私は怪訝な顔で此方を見ているハクに、肩を落としながらも一応ーー僅かな期待に縋りつつ、訊ねる。

「……それはお前も、同席するのか……?」
「当たり前だろ、護衛だぞ俺は。それに言っただろうが。あの人の隣を譲るつもりはねえってな」

僅かな期待はいとも容易く断ち切られる。ああ、そうだったなと力無く笑う私に、雷獣と呼ばれる男は見ていて憎らしくなるような、それは不敵な笑みを浮かべた。







『路傍の花』ーEpisode.2 “主人公”
僕は、僕なりの遣り方で。







女王陛下のサロンにて。
テジュン様、敵に塩を送る。


めっちゃ好きなんですよ、テジュン。
すげえカッコイイと思うんですけど。
黄龍の予言じゃないけれど、ヨナ政権下において、少なくとも内政では彼女の片腕になれる人だと思っています。

ハクとテジュン。
テジュンって、ハクの事をハクって呼びますよね、雷獣ではなく。何かホントどうしよう、とんでもなく萌える……!
赤い実をヨナに見立てて、もうちょっと何か……とも考えましたが、ヨナを巡る対立軸よりも二人の友情に心惹かれた結果がコレだよ……

恐らく前例のない中で、若い娘が王になるって色々大変だと思いますよ。

テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

好きなモノの話。

Gレコ。ちょっと気力が無かったり忙しかったりで20話以降観てないんですが、実はZばりに凄い事になってるらしい。撮り溜めてるのを近日中に観る予定なので、最終回の情報は一応シャットアウトしてますけど。そうか…ターンAの焼き直しかと思わせておいて実はZか。
姫様が御大に気に入られていなかった、というか失敗作と明言されてたらしいと知りちょっとショック。でも、あーだから中盤沈んだのね彼女、と納得。私は姫様、好きですけどね…。
てかね、めっちゃ切ないのね王子。御大作品の人間ドラマは何かもう泥沼な感じだとか愛憎紙一重な感じだとかが定番で、ピュア路線の恋愛に限っては大半が死別という悲惨さ!なんですよねー特にガンダム。ブレンとかゲイナーはもっと力強くて爽やかだったけど。
だけど何ですかね、王子と姫様。こんなに心暖まる切なさなんて予想外でしたよ!切なくて、でもドロドロしてない(20話現在)。2人とも強い心を持ってるなーと思います。ゴールデンウイークには最終回まで観よう。あと2周目突入しよう。

信コンの新刊が出てたんで購入。何だか久々に読んだ気がします。
信コンは、やっぱり最初の方が面白かったかな。最近は『漫画・織田信長』みたいになってきてるような…。
それにしても、相変わらず帰蝶がめっちゃ色っぽいわ〜。安定の仲睦まじい織田夫妻を堪能出来たので満足。そしておゆきちゃんの可愛らしさと切なさが読めたので更に満足。

そういや、ヒュッレム最新刊も購入しましたが…主役が殆ど出て来ない驚きの一冊でしたよ!
スレイマン様も何が何だか…ヒュッレムとイブ君とスレイマン様って、三角関係というよりスレイマン様の両手に花状態?この認識でいいのだろうか…一応少女漫画のカテゴリだと思うんですけど、これってアリなんだ。まあ史実でもスレイマン様とイブ君ってそんな感じだしなぁ…。

無性に絵が描きたくて、とりあえず調べてみた。
ペンダブって1万円ちょいで買えるんだ。ノートって5万円で買えるんだ!

うーん…どうしよっかな。勿体無いかな。でもお絵描き専用のノート欲しいなあ。

テーマ : アニメ・コミック
ジャンル : アニメ・コミック

ハクヨナ前提未来話 『路傍の花』.1 ヨナ、ハク、スウォン。(後半セクハラ表現有り御注意下さい)

名もなき小さな花を、只静かに抱きしめる貴女へーー



✳︎



燭台の灯りに仄かに照らされた、隅々まで磨き抜かれた石造りの回廊を渡る。
周囲に響き渡る、荘厳な鐘の音にも似た二組の靴音は、まるで何時だったかに聴いた二重奏のよう。

そういえばもう何年も楽器に触れていなかった。仮に今、琴を手渡されたとして果たして満足に爪弾くことが出来るだろうかなどと思い、知らず苦笑が洩れる。
きっともう、私が琴を掻き鳴らす日は来ない。そんな日は要らない。私ではなく他の誰かが……それを望む誰しもが楽器に触れることの出来る日なら欲しいけれど。

行く手を真っ直ぐに見据えながら、歩調を乱さず進む。謁見の間へと続く広く長い回廊は、足を踏みしめるほどに人を厳粛な気持ちにさせる。
嘗ての城主の娘でありながら、いいえ城主の娘だからこそかも知れないけれど、十六年もの年月を過ごした緋龍城の、この回廊を渡るのは初めてだ。

やがて辿り着いた先、眼前に佇むのは繊細な彫刻を施された重厚な扉。謁見の間の、玉座へと続く空間の入口。
足を止め深呼吸し、私は背後を預けた唯一人の半身とも呼ぶべき存在へと、振り返ることはせずに告げた。

「ハク、ごめんね……お前の命、私に預けて頂戴」

声は震えていなかっただろうか。掠れていなかっただろうか。零れ落ちそうになる涙を堪え私は唇を咬みしめた。
振り返ることは出来ない。振り返ってしまったら、お前の顔を見てしまったら私はきっと、この扉を開けない。

「何言ってんすか、俺はもう随分前からあんたのもんです。俺の命なんて、とっくにあんたに差し上げてますよ」

ふわりと頭上に置かれた掌の感触。耳朶を打つ、低くやわらかな声音。
堪え切れず零れ落ちた涙を振り払い、私は無言で頷いた。大丈夫。私は大丈夫だ。

「私の存在に代えても、決してお前を死なせはしないわ」
「嬉しい御言葉ではありますが、そりゃ俺の科白でしょ」

困ったような、呆れたような小さな笑い声が聞こえて。
それから軽く、背を押された。
不思議なことに、たったそれだけで力が湧き上がる。

「ハク、行くよ」

そう一言宣言し、私は玉座へと続く扉に手を掛けた。



✳︎



扉の先に拡がる、広大な広間は只仄暗い空間が存在するばかりで他には何もない。
正面に鎮座する、国王のみが座することを赦された場所ーー玉座には誰も居ない。
そればかりか、玉座の背後に控えている筈の重臣や将の姿も見当たらない。
予想していた顔触れの不在に思わず息を詰めた私の背後から、痛いほどの緊張感が奔る。
重く沈んだ空気を震わせ揺り動かす稲妻のような、殺気にも似た感触に思わず背後を振り返ると、険しい表情を隠そうともせぬままに雷獣と呼ばれた男が玉座の向こう、豪奢な刺繍で飾られた緞帳を見据えていた。

「出て来い、何故隠れている」

低く抑えた、だが良く通る声が空間を震わせる。弾かれたようにハクの視線を追えば、しゃらりと軽く渇いた音を立て緞帳の奥から忘れ得ぬ人が姿を現した。
ゆったりとした仕草で緞帳を掻き上げ玉座の横へと進む彼の淡い髪は、仄暗い空間でも尚明るく優しい光を放っている。

「すみません、隠れるつもりはなかったのですが……」

お二人に掛ける言葉を、探していて。などと。
昔と変わらぬ調子で微笑むスウォンの様子に、背後から伝わる緊張感は純然たる殺気へと変化した。

「てめぇ……!よくも抜け抜けとーー」
「ハク!止めなさい!」

強く言い放ち、私は玉座の横に佇むスウォンへと首を垂れた。この礼に服従や尊敬の意味はない。只此方の非礼を詫びるためのものだ。

「顔を上げてください。すみません、わざわざお越し頂いたのに出迎えもせず失礼しました」
「ーー玉座に座ったらどう?貴方が、座するべき場所でしょう」

顔を上げ努めて冷ややかに告げると、懐かしい柔和な美貌が寂し気に微笑んだ。嘗て焦がれた微笑みに、捨てた筈の心の欠片が鈍く疼き私は眉を顰め彼から僅かに視線を外す。

「国王のお呼び立てと伺ったのだけれど?」
「……はい。ですがーーそうですね、場所を移して頂けますか?貴女と二人で、お話したい」

何処か言い淀む雰囲気を見せるスウォンの様子に、私は深く息を吸い込み口元を引きしめる。周囲に意識を遣るが潜む人影も気配もない。人払いをしてあるのか。詰まりは此方にもそれを求めているという訳だ。

「……分かったわ。ハク、此処で待っていて」
「ヨナ姫!」

スウォンの申出に是と告げた私を制止すべく、背後から名を呼ぶ声が鋭く響く。聴き慣れた彼の声音には切羽詰まったような、明らかな焦燥が宿っていて、私はそれを密やかな歓喜と共に受け取った。心を震わせる、何て悲痛な声なのだろう。そう、何時だってこの人は私の喪失を怖れている。そんなことは随分前から知っているけれど、改めて向けられた彼の感情がとても誇らしく思えてならない。

振り向いた処で何かが変わる訳ではない。引き返すことも、共にこの場に立ち向かうことも出来ない。それを望んだ瞬間、私は敗北する。
けれど一度だけ、ほんの一瞬で構わないからお前の顔が見たい。そう願い振り向いた先に見える見慣れた男の姿は、私が胸に思い描く姿と同じ精悍なものなのだけれど。

その目は何なの、お前。まるで親を探す幼子か、飼主に捨てられた仔犬のよう。これが高華の雷獣だなんて笑わせてくれるじゃない。

「ーーハク、大丈夫よ。ちゃんと戻って来るから」

精一杯の笑顔で告げて、私はハクの返答を待たずに玉座へと向き直る。もうこれ以上は留まれない。私の足が、止まってしまう。
皆の前で気丈に振る舞うことには慣れている。けれどそれは、寄り添い支えてくれる存在があるから出来たことだ。

ーー出来るのだろうか、独りで。

「いいわ、行きましょう」

自らの想いを振り切るように告げ、足早に歩を進める。懐かしい人の後姿を追い、玉座の奥の緞帳を抜けて。

私を追う足音は、聴こえては来なかった。



✳︎



幾つかの扉を越え幾つかの回廊を渡ると、やがて見慣れた景色に辿り着いた。
此処は表宮殿の最深部。このまま回廊を進めば住み慣れた奥宮殿だ。

「分かっているとは思うけれど、もしもハクを殺したら私は貴方を決して赦さないわ」

今までずっと無言で後を付いてきた私の、前触れもなく発せられた言葉に驚いたのかスウォンは背後を振り返り、鮮やかな若草色の双眸を此方へと向けた。交錯する視線に、けれど微かな痛みの他は何も感じない。何時の間にか、私はこんなにも冷静に貴方を見詰めることが出来るようになった。

「ご自分の身ではなく彼の命の心配ですか。ハクは愛されていますねぇ」
「……言葉遊びをしてるつもりはないわ。貴方と刺し違える覚悟くらい、出来ている」

飽くまでも淡々と言を紡ぐ私に、スウォンは困ったように肩を竦め、戯けたような、それでいてやわらかな笑顔を浮かべた。
少しだけ胸が痛んだ。その笑顔一つに舞い上がっていた頃がとても遠く、そして懐かしく感じる。

「それは勇ましいですねぇ。ですが、私にはまだ為すべきことがありまして、簡単に死ぬ訳には参りません」
「だったら私を殺すといいわ」

表情一つ変えず、言いたいことだけを言い口を噤む。彼を相手に今更下手な駆け引きなどするつもりはない。だから事実だけを伝えた。
スウォンは今、高華国中で噂されている“緋龍王の生まれ変わり”を懐柔こそすれ害することはないだろう。けれどハクの存在は私を動かすのに邪魔な筈だ。
スウォン、貴方がハクを排除すれば私は貴方を殺す。そして私も死ぬだろう。それでは本末転倒だ。だからといって貴方はハクを人質に私を動かすことは出来ないわ。ハクがそれを赦すような男ではないことを貴方は知っているでしょう。

「貴女は本当に情熱的な人ですね。全く……何だかハクが羨ましくなって来ました」

一瞬、凍り付いたように私を凝視し、それからスウォンはやはり昔のような笑顔で。

羨ましい?何を言ってるの、貴方は。

ざりざりとした、砂を噛むような感触が口内に巣食っているような。そんな不快感が心に重くのしかかる。
幸せ、ですって?羨ましいですって?私から、そして何よりも本来無関係だった筈のハクから総てを奪い去った貴方がそれを、そんな簡単に!

ぎり、と強く唇を咬み不快感を堪える。怒りに支配されてはならない。そうよ、目の前の男のように、笑うのよ。どんな怒りも憤りも笑って躱しなさい。

「……そう思えるのは貴方のお陰よ、スウォン」
「手厳しいなあヨナは」

ほら、こうやって。
どんな嫌味も恨み言も、謂れのない中傷や無責任な批判すら笑って返せるように。

「さて、着きましたよ。此方へどうぞ」

幾度となく行き来した、長く細い回廊を抜けたその先に位置する、以前と変わらぬ佇まいの小振りだが繊細な彫刻に彩られた木造の東屋の前に立ち、スウォンは嘗てと変わらぬやわらかな微笑を此方へと向けた。
奥宮殿へ渡った時からきっとスウォンは”会談“の場には此処を選ぶのだろうと半ば予想はしていたけれど、いざこの場に立つと懐かしい思い出が溢れ出て、壊れたまま放置した心が軋む。助けてと声には出さず唇に乗せたけれど、助けなんてある筈もない。
何時だって助けてくれた力強い腕を、私は望んで置いて来た。

軋む心を宥めようと深呼吸を一つ。一旦瞑目し、再び前を見据えると嘗て焦がれた背中を追い一歩、東屋への階段を昇る。

此処は、父上が建立した私の為の場所だ。
奥宮殿の更に奥、細い回廊で繋がれた小さな離宮と花園。そして花園の中央部に配置された東屋。王の娘とはいえ子供がままごと遊びに興じるにしては豪奢に過ぎるこの場所を、それも昔、何度も二人で足を運んだ東屋を選ぶなんて出来過ぎだわ。

「それで、用件は?」

わざわざ私の心に揺さ振りを掛ける真似をしての“会談”だ。それだけ本気ということ。目の前の美貌を真っ直ぐ見据え私は問い掛けた。
さあ貴方は何を望む?

「ーー貴女は、この花園に咲く牡丹のような人だと思っていました。大切に手を掛け育てられ、花園の中でこそ大輪の花を咲かせる女性なのだと」

私の問い掛けには答えず、スウォンは慈愛に満ちた眼差しを、主が変わっても知らん顔で咲き誇る花々へと注ぎながら過去を懐かしむような口調で語る。それから、相も変わらず優雅な動作で此方へと向き直った。

「ですが、今の貴女は厳寒の山脈でも力強く咲く山百合のようだ」
「……そんなに、大したもんじゃないわ。雑草で充分よ」

眩し気に双眸を細め見詰められ、何だか居心地が悪くて視線を逸らした。もしかしたらこの時点で勝敗が決したのかも知れない。そんな予感が一瞬脳裏を過ったが、絆されてなるものかと私はそれを奥歯を咬みしめ捩じ伏せる。

「雑草ですか?それはまた……」
「雑草だって捨てたもんじゃないわ。実は薬草だったりもするものよ」
「ああ、成程ーー」

くすくすと、さも可笑しそうに笑うとスウォンは一旦息をつき、その美貌に刷いた笑顔を消し去った。刹那、和やかにも感じられた空気が一変する。
ああ、始まりの鐘の音だ。

「ヨナ、貴女は少々派手に動き過ぎました」
「別に貴方の道を阻む真似はしていないわ」
「そうですね……寧ろ私は貴女に助けられている。感謝しなくてはなりませんね」
「感謝なんて要らないわ、別に貴方の為の行動じゃないもの。だから私を放っておいて。貴方が高華国の為の強い指導者で居る限り、私は貴方の邪魔になるようなことはしない」

けれど私の主張は予想通り徒労に終わる。真っ直ぐに私を見据えたまま、スウォンは感情の見えない口調で告げた。

「いいえ、邪魔です。私の政策が明確な形となり民の目に映るようになるには今暫くの時間を要します。ですが、貴女は国中を巡り献身的な行動と助言で直接民の心を動かしている。そして貴女の紅い髪。貴女を亡き王女と疑う者も少なからず居る上に、火の部族領民を中心に貴女は伝説の緋龍王として復興の象徴となりつつあります」
「ーーだから、私を利用しようと?それとも邪魔者は排除する?」

やはり予想通りのスウォンの言葉に挑むように問い掛けると、彼はほんの少しだけ躊躇う素振りを見せ、だがやがて淡々と言を紡ぎ出した。

「貴女を亡き者にすることは民意に反します。亡き王女が生きていて、彼女が緋龍王の生まれ変わりであるというならば、王女こそが高華国に君臨すべきとの声も上がっているくらいなのですから」
「上層部はそんなこと露ほども思ってないでしょうに」
「そうですね……。私と直接関わる彼等には今後の展望が視えていますから。単刀直入に申し上げますと、彼等は“緋龍王の生まれ変わりの王女”である貴女を私の后にと……それが最善策であると進言しています」
「ーー厚顔無恥もいいところだわ」

蔑みを露わにしながらも、私は実際そう来ると思っていた。何処までも予想通りの展開に乾いた笑いが浮かんでくる。
溜息を洩らし、私は改めてスウォンの表情を伺った。淡々と事務的に語るこの人の在り様は何処までも“王”だった。

王は孤独であるという。王には個人としての自由も権利も幸福も、呼ばれる名すらないという。この人はその覚悟を決め、自ら望んで王位に就いたのだ。

ならば私はどう在るべきか。先王の娘であるこの私は。

「ーーそれが、最善策なのね?私が貴方の后になることが、高華国の民にとって一番良いことなのね?」
「現時点では、貴女の処遇として最良策であると考えています」
「私が、否と言ったら?」
「ーー今は良い。ですが、やがて国内に歪が生まれる。恐らく民衆は貴女という英雄を求め何らかの行動に出るでしょう。貴女を担ぎ出す勢力も必ず出て来ます。そうなれば必然的に国は混乱し停滞する。最悪、内乱になりますね」

そうなれば、私は貴女を叛乱の首謀者として処刑することになる。冷ややかに告げられた科白に知らず戦慄を覚えた。けれどそれは不確定な死の恐怖からではなく紛れもない怒りに起因するものだ。

この私を処刑、ですって?叛乱を起こしたのは他ならぬ貴方でしょうに!

「ーー分かったわ、受けましょう。その代わり条件がある」

震える程の怒りとは裏腹に、随分と冷静な声が出た。良かったわ、私にしては上出来じゃない。
何故かしら、握りしめた拳が痛い。きっと爪が食い込んで血が流れているのだわ。ああ……またハクに叱られてしまうわねーー

「どのような条件でしょうか」

其処で思考は霧散する。目の前の男が紡ぐ懐かしい声音によって。そうだ、私は今彼と戦をしているのだ。感傷に耽ることも激情に身を委ねることもしてはならない。
破れた拳に更に力を込め、私は再びスウォンを見据えた。

「私の仲間に選択の自由を。旅を続ける者、故郷に帰る者、登城を望む者。それぞれだと思うけれど、彼等の望みのままに。それからーー」

一旦言葉を切り、それから僅かばかりの時間私はきつく瞳を閉じた。痛い。心の軋みが大きく音を立てているのが分かる。

ごめんね、ハク。きっと私の選択をお前も予想しているのだろうけれど。
約束は守るわ。ちゃんと生きて戻るから。大丈夫だからーーでも。

「それから、ハクを風の部族に帰してあげて。これ以上、私達の都合でハクを振り回さないで。条件は、それだけよ」

必死の思いで絞り出すように告げ、私は静かに此方を見る若草色の瞳から今度こそ視線を逸らす。
まだよ、まだ泣いてはいけない。しっかりと立ちなさいヨナ!

そうよ、広間でハクが待っているわ、早く戻らないと。戻ったら……ああでも駄目だわ、もう私ハクの前でも泣けないじゃない。

そうだ。私はもう二度とお前の胸で泣くことも、お前に触れることも出来ない。

私は、独りなのだ。

「ーーっ!」
「ヨナ」

突如襲い掛かる恐怖に全身が震え、両腕で己を抱きしめる私を呼ぶ穏やかな声音。優しい音階は只懐かしく、私は咄嗟にスウォンへと視線を戻した。

「貴女の覚悟、確かに受け取りました。貴女もまた王として、身を挺して民を守り抜く気概を持ち合わせている」
「ーーどういう、意味……」
「貴女を后に迎えることはやめておきます」

重臣の皆さんを説得するのは骨が折れそうですが。との言葉と共に苦笑を洩らし、スウォンは肩を竦めてみせた。だって貴女程の人を只の后に留めるなんて勿体ないですよ。そんなことを言っては笑う彼の真意が掴めず、怪訝な眼差しを向けた私にやわらかな視線が返される。

「貴女は民の為ならと、貴女から総てを奪い去り放逐した男の妻になることを承諾した。またその中で貴女自身と引き換えに仲間の安全を確保し、貴女と共にハクも生還出来るような条件を提示した。それ自体は複雑な取引ではありませんが、貴女のような姫君がよくぞ此処まで己の身を切り売り出来るものだと感心したのですよ」

にこにこと邪気のない笑顔とは裏腹なその内容に腹の底から怒りが湧き上がって来たのだけれど、私は努めて冷静に己の顔面に皮肉な笑みを貼り付けた。

「売女とでも言いたいの?」
「いえ、そんなーー」
「……売女で結構よ。だって私は現に今、身売りをしようとしたんだものーー生きる為に」

そして私は目の前の、澄んだ若草色の双眸を凝視する。こんな風に貴方を見据える日が来るなんて想像も出来なかった。
幼い日から憧れ続けた、貴方の瞳に今の私はどう映っているのだろう。

「ねえスウォン……こんな私は厭?」
「ーーヨナ……」

感情の読み取れない、若草色の瞳が微かに揺れる。気に入らない。今更そんな仕草なんて見せないでよ。

「だとしたら随分勝手な話だわ、貴方の行動の結果が今の私だというのに」
「すみません、そういうことではないので……余り苛めないでください」
「では代替案を!交渉決裂は互いの為に良くないでしょう?」

苛めたのは貴方でしょうに!いっそ叩き付けてしまいたくなる、どろどろと渦巻く色々な感情を押さえ付け声高に言い放つと、スウォンの瞳から揺らぐ光が綺麗に消えた。此処で私は彼の意図をやっと理解する。

ああ、結局の処私はスウォンに試されたのか。ほんの少しだけ垣間見えたと思った彼の心の動きもまた、私を試すための演技という訳ね。

「ーー私は近く、遠征に出るつもりです」

これでは彼の掌で踊らされているだけではないか。不愉快だなどと喚く暇があるのなら、次の一手を打たなければ。油断すれば噴出しそうになる複雑な感情を何とか抑えつつスウォンの提案を待つ私の耳に飛び込んで来たのは、思いも寄らぬ言葉だった。

「遠征ーー?何処に征くというの!お祖父様の時代のように領土拡大でもしようというの⁉︎」
「遠征先は戒です。目的は領土拡大ではありません。丸ごと戒を頂戴しに征こうかと」
「な……!」

まるで世間話でもするような気軽さで語るスウォンの、若草色の双眸に宿る光は決して穏やかなものではなくて。

本気なのだ、この人は。

「戒の荒れ様は御存知でしょう?南戒では皇帝が力を喪い中央の貴族が思うがままに振る舞い、地方では豪族が己の権力の為に争い合い、同時に我が国の領土をも虎視眈々と狙っている。北戒は荒廃が進み、民衆が、寒さと飢えと北方民族の侵略に怯えながら生活している」
「ーー知って、いるわ」
「戒は確実に滅びへの一途を辿っています。そしてそれが現実のものとなった時、高華国への影響は計り知れない。新たな支配者が攻め込んで来る可能性、幾多の難民の流入ーーそれによる治安の悪化や食糧難の可能性。他にも危惧すべき可能性は幾らでもあります」

スウォンの話はとても現実味を帯びていて、私には返す言葉が見付からない。今すぐではないかも知れないけれど、放っておけば何時の日か確実にスウォンの予言通りになるだろう。そして今のスウォンの立場では戒の内政に干渉することも出来ず、高華国の国力ではあの規模の大国を養うことはおろか支援することさえ難しい。

「ですから私は戒を獲りに征くのです。流石に無血開城とは行かないでしょうが、犠牲は最小限に抑えるつもりですから」

大丈夫ですよとふわりと微笑うこの人を、私は黙って見詰めることしか出来なかった。
この人は高華国の為に自ら戒を立て直すつもりなのだ。其処までして、この人はーー

「ーー貴方は、凄い人だわ。スウォン……それで私は、何をすればいいの?」

知らず、唇から言葉が滑り出た。それはスウォンの指示を仰ぐ言葉。既に勝敗は決してしまったのだ。貴方の意志に圧倒された、私の完全な敗北だ。
だからといって無条件降伏は出来ないと、さっきの条件は変えないわと主張すれば勿論ですと返って来る。

「ヨナ、貴女には高華国を束ね護っていただきたい」
「それは国王の后として、ではないのね?」
「国王として、で構いませんよ」

どうせ私は遠征先で、国王の真似事をする訳ですからね。
戯けた口調で言いながら、スウォンは酷く懐かしい、やわらかな微笑を私へと向けた。細められたその双眸は、何故だか微かに寂し気な色。

「后として、というのも一応考えてみたのですが、やはり勿体ないかなと思ったのと……そうですね、他に想う人が居る女性を妻に迎えるのは流石に切ないものがありますからーー」

残念ですが、などと。本来なら怒りで平手打ちの一つや二つ御見舞いしたくなるだろう科白は、最早私を傷付ける刃ではなく。

「ーー本当に貴方は、嘘つきね」

幸せなど、求めていない。王であるため総てを切り捨てて来た貴方にとって、想いなんて。そんなものは塵芥ほどの価値でしかないくせに。

「ーーああ、嘘つきついでに撤回したいのですが、ハクを風の部族に帰すことは考え直してください」

その言葉を肯定も否定もせず、スウォンはよりにもよって私が何にも増して優先する条件をいとも簡単に翻した。
彼が掲げる“王”とは、かくも非情な存在なのか。緊張が背筋を走り、知らず息を呑む。

「……遠征に、ハクを帯同する気?もういい加減にして!」
「いやいや、それは私がハクに殺されますから」

思わず語気を荒立てた私に、スウォンは大袈裟に掌を振り否定の意思を示した。

「事が事なので、今回はジュドさんをはじめ空の部族の幹部や、軍部の中枢をごっそりと連れて征きます。勿論部族の新たな幹部候補の育成は怠っていませんがーー即戦力は不足するでしょう。貴女の裁量で、貴女の馴染みの者を登用するのは構いませんが……軍部の中心には、彼を」
「ーーそれは、空の部族の将軍職に、ということ?そんなこと出来る訳がないわ!大体ハクは風の部族長だったのよ!」
「出来るでしょう、貴女なら。彼を空の部族に迎え入れる事がーー何なら私が後押ししましょうか?」
「ふざけないで!」

此処まで来てやっとスウォンの意図を悟った私は、気付いたら彼を怒鳴り付けていた。
“雷獣”の力を再び高華国の為に。スウォンのその気持ちは理解出来る。でも、彼を体制に取り込む為に私の想いを利用する形で縛り付けようなどと、到底認められるものじゃない。

予想外の反応だったのか呆気に取られた様子のスウォンに私は更に捲し立てた。

「そんなお膳立てを私が喜ぶと思っているの⁉︎人柱は私一人で充分でしょう!それに私は貴方と違って自分の幸せを放棄なんてしない。いい?私は、幸せになるの!」

そうよ、貴方は理想の王であるために総てを捨て、幸せを放棄する為に人としての感情すら封じている。でもそれは違うと思う。臣下だって民衆だって、自分達の為に尽力する敬愛すべき王の幸せを願わない筈がない。

「貴方さっき言ったわね、私に愛されてハクが幸せだと。だったらそれでいいじゃない。あの人が幸せなら私も幸せよ。だから私は王になったって、絶対にあの人を幸せにしてみせるわ!」

それから、驚きを隠そうともせず此方を只見詰めている、幼い日々を共に過ごした掛け替えのない従兄へとーー何年振りになるだろう、心からの笑顔を向けた。

「……スウォン、私は貴方が大好きだった。憧れて焦がれて、貴方の背中を追い掛けた。けれど私は城を追われた。貴方を腹の底から憎んだわ。憎んで憎んでーー心が引き裂かれるようだった。でも結局は憎み切れずに私は今、此処に居る」

あの時の痛みは、今も胸の奥底で疼くけれど。
壊れ掛け軋む心は、時折乾いた音を立てるけれど。

「ーーヨ、ナ……、貴女はーー」

私の名を呼ぶ懐かしい声。けれどこんなにも掠れた貴方の声を私は知らない。

それ以上、何か思ったつもりはなかった。
勝敗は既に決していて、今更彼に私を揺さ振る意図はないだろう。だからこそ私は深く考えることもなくーーそれはとても不思議な気分で。

嬉しい訳でも哀しい訳でもないのに。
何故だろうーー涙が、溢れる。

「私は……私は今、心からーー高華国国王……貴方を、愛しているわ」

頬を伝い落ちる涙をそのままに、私は潤む視界の先に佇む麗らかな春の日差しの化身のような従兄を見据えた。

貴方は初恋の人だった。貴方に向けた、嘗てのあの暖かな気持ちは、今はもう随分と変貌してしまったけれど。
焦がれる想いも求める激情も、今では総てあの人に渡してしまったけれど。

それでも、今も尚続くーーいいえ、今改めて生まれた敬愛の念。
己が身を削り高華国を護ろうと、茨の道を独り進む孤高の指導者へ、ありったけの笑顔で私は告げる。
伝えなければならない。私の……いいえ、この国に生きる人々の想いを。
例えそれが貴方にとって塵芥と同じであっても、路傍の石でしかなくとも。

「私は、必ず幸せになるわ。だから貴方もーーどうか、幸せに」

涙は止め処なく流れ落ちる。けれど言葉に詰まることも息が閊えることもなく、気付いた時には私はその場に跪き、最上の礼を取っていた。

ーー初めての、スウォンという国王に対する心からの礼だった。



✴︎




「そろそろいいっすか?お迎えにあがりましたよ、ヨナ姫」

前触れもなく耳朶を打つ、聴き慣れた男の声に弾かれたように顔を上げれば、視界の先ーー奥宮殿へと続く回廊の柱に寄り掛かるように佇む、やはり見慣れた男の姿。

「ハク⁉︎どうしてーー」
「此処が何処で俺が誰なのか、分かってて言ってますか?あんた」

驚きの声を上げた私に、ハクは組んだ腕を緩慢な仕草で解くと呆れたように肩を竦める。それからスウォンへと視線を向け、不機嫌を顕にした面持ちで彼を一瞥すると此方へと歩き出した。

「ハク、いらっしゃい。お待たせしてすみません」
「表も奥も人払いとは、余程死にたがりの王サマと見える」
「いやぁ、そんな」
「褒めてねーよ」

全く悪びれる素振りもなくにこにこと笑い掛けるスウォンとは対照的に、ハクは仏頂面のまま嫌味交じりの言葉を吐き捨て東屋へと足を進めた。

「そんなに怖い顔しないで。心配しなくてもヨナには何もしてませんよ」
「……たりめーだろ。でなけりゃてめえは此の場で八つ裂きだ」

人払いされているとはいえ、単身乗り込んだ敵陣の最奥で発する言葉としては不穏に過ぎる科白を躊躇うことなく告げ、ハクは私へと視線を移す。不躾な視線は何時ものことだけれど、それとは別の探るような眼差しが痛い。ついさっきまで後ろ暗い交渉に身を投じていたのだから、この居た堪れなさも当然といえば当然か。
そんなことを思っていると、何かを見咎めたのかハクは此方へと近付き、平時の私の扱いと比べると些か乱雑な仕草で私の手首を掴み掌を上へと向けさせた。

「……ッ、痛……」

途端、ひりつくような痛みを覚え思わず声を上げた。晒された掌には、くっきりと刻まれた紅い爪痕。その一部は皮膚が破け血が滲んでいる。

「ーーーおい……」

私の掌を食い入るように見詰め、それからハクは再びスウォンへと向き直った。刹那、周囲の空気が悲鳴を上げるかのような、素人目にもそれと分かる程の殺気がスウォンに襲い掛からんと静かに牙を剥く。

「駄目よハク!何でもないの!私は大丈夫だから……!」
「あんたには訊いてねえ。ーー説明しろ、スウォン」
「ハク‼︎」

間違ってもこの場で刃を交えるようなことがあってはならない。総てが無駄になってしまうと私は咄嗟に彼の正面に立ち塞がった。
あ、これは私かなり痛い思いをするかも知れないわ。でもそうなるとちょっと後が面倒なのよねこの人。

けれど覚悟した何らかの衝撃は私に襲い掛かることはなく、代わりに聴こえて来たのは深い溜息。
空間を支配していた痛い程の殺気は何時の間にか息を潜めていた。震えるような緊張感は未だこの場に張り詰めていたけれど。

顔を上げれば、ハクは射殺しでも出来そうな視線をスウォンへと向けていた。だがそれもやがて只不機嫌であるだけの眼差しへと変化する。

「ーースウォン、俺はお前を赦しちゃいねえ。お前が今無傷で居られるのは、この人の命令があるからだ。精々姫さんに感謝するんだな」

吐き捨てるように告げると、ハクはスウォンから私へと視線を移した。掌の有様とか今の無謀な行為だとか、言いたいことが沢山あるのだろう。きっと叱られるのだろうと思い身構えるが、私を映し出す彼の双眸に宿る光はとても穏やかなものだった。

「じゃ、そろそろ行きますよ。姫さんーー頑張りましたね」

ポンと頭に掌を置かれ、労いの言葉を掛けられる。それはとてもやわらかな、壊れた心を癒すような声音。

「ーー当然、でしょ、っ……!」

馬鹿者。こんな処で泣かせないでよ。
溢れる涙を袖口で拭い、私は足早に東屋から奥宮殿へ続く回廊へと駆け出した。

「ーーヨナ、私も頑張りますね。私を含めた誰しもが、幸せを感じられるように」

立ち去る私の背中へと向けられた優しい言葉を、振り返ることはせずに聴く。

ーー胸の奥に巣食う痛みが、ほんの少しだけ消えたような気がした。



✴︎



静寂に包まれた奥宮殿を、ゆったりとした歩調で進む。住み慣れたこの場所がこんなにも静かだったことなんて記憶にない。人払いの影響もあるだろうけれど、此処には人の気配が殆ど感じられない。

「こんなに寂しい宮殿だったかしら……」
「あいつが望んだ結果だろう」

ぽつりと洩らした呟きに、斜め前を歩く幼馴染は感情を抑えた声音で切り捨てるように言い放つ。嘗ての奥宮殿の暖かな賑わいを知る彼もまた、一抹の寂しさを感じているのだろうか。
一歩前を行くハクの表情は硬く、感情を読み取ることが出来ない。それに表情だけではなく、東屋を出てから今まで会話が殆どない。回廊を渡っていた時などは、東屋での緊張が解けたからか足が震え、転ばないように注意を払うのが精一杯で会話どころではなかったけれど。
其処でふと気付いた。回廊でのハクは特に私を気遣う風でもなくて…何時もなら支えてくれたりだとか、場合によっては抱きかかえてくれたりもするのに。
別にそんなことを期待した訳ではないけれどーー

「ねえ、ハク」

おずおずとハクの様子を伺いながら、回り込んでハクの顔を覗き見る。けれど彼は表情一つ変えずに私を一瞥するだけだった。

「何です」
「ハクーー怒ってる?」
「別に」

……怒ってる。

ちょっとお前一体何が気に入らないのハッキリ言いなさい!なんて普段だったらピシャリと告げてやるのだけれど、今日は後ろめたいことが沢山あってどうにもーー出来れば、触れたくない。
だけどそういう訳にも行かないだろう。近いうちにスウォンと改めて話す必要だってあるのだ。
恐る恐る、私はハクへと問い掛けた。

「あの……ハク、さっきのスウォンとの話だけどーーどのあたりから聴いてたの?」
「……まあ、それなりに。いえーー東屋での会話は、大体」

ーーそれは、怒ってるわね。
怒らせただけならまだしも、いい加減愛想を尽かされたりとかしていたら…どうしよう。

独りきりで立つことがどれだけ辛く苦しいものか、ハクを手離す覚悟でスウォンと対峙した私は痛いほど理解したばかりで。だから今の状況は、ちょっとした恐怖だった。

早鐘のような自らの鼓動に、落ち着きなさいと胸に拳を置く私の様子をちらりと一瞥すると、ハクは溜息と共に苦笑を洩らす。

「ーー姫さん、あんたが今、何に対して俺が怒っていると思ってんのか言い当ててみましょうかね」

身に纏う空気が多少なりともやわらかく変化するのを感じ、私はハクの表情を確かめた。其処に見えるのは困ったように私を見遣る何時も通りの彼の立姿。

「そーっすね、先ず…….スウォンとの婚姻の話ですが……まあ、ある程度織込済みでしたし、いざって時は掻っ攫って差し上げますんで。ーー身売りってのは、どうかと思いますがね」
「ーーうん、ごめんね。お前が居るのに……」

それでもやっぱり謝っておきたくて。
掻っ攫われたらそれはそれで困るんだけどーーとの言葉は呑み込みつつ、謝罪の言葉を素直に告げた私の顔を少しだけ驚いた様子で見詰めると、ハクは私から視線を逸らす。どうしたのかしら、何だか少しーー余所余所しいような。

「ハク?」
「ーーいや、何でも……ああ、身売りね。あんた俺を左遷しようとしましたね。それについては前言撤回しましょう。それなりに怒ってます」
「だって!それはハクをスウォンの好きにさせたくなかったし……それに、スウォンの后になるのにハクが傍に居たらーー私が、辛いじゃない」
「……。俺はガキの頃から、あんたの言う処の辛い人生を歩んでたんすけど」
「知らないわよそんなのっ!」

意趣返しとばかりの幼馴染の科白に私は思わず声を張り上げた。そんなの、一緒にしなくたっていいじゃない。だって知らなかったんだもの、お前の気持ちなんて。

「そうよ……知らなかったわよ。知ってたらーー」

もしも知っていたら?あの頃の私が、ハクの気持ちを?
知っていたら、何か変わったのだろうかーー

「はいはい、そーっすね。それは困りますね、俺が」

もしもあの時、なんてことを考えてしまうのは私の悪い癖だ。考えるほどに、選択されなかった可能性に心が引き摺り込まれてしまう。こんな境遇でなければ取り留めもない昔話で済むのかも知れないけれど。
私の思考を打ち切るようにーー実際打ち切る意図があったのだろう。ハクは軽い口調で戯けてみせる。

「折角将軍兼王女様の専属護衛なんつー破格の稼ぎが得られる要職に就いたっつーのに、そんな私的な感情の所為で失職なんて冗談じゃねえ」
「……。分かったわよ、これからは存分に稼がせてあげるから身を粉にして働きなさい」
「いやぁそれよりも俺、三食昼寝付きの方が魅力的なんすけどーーそういやあんた、俺の婿入りをあっさり断ってくれやがりましたね。玉の輿とかすげえ憧れてたのに」
「……は?」

耳を疑うような、ちょっと聞き慣れない幾つかの単語に戸惑ったのか、我ながら間抜けな声が出た。
待って。待ちなさいハク。何時からお前はそんな怠け者になったのかしら?でもそうね、お前は此処に居た頃は割と怠けていたような気もするわね。大体ね、玉の輿に憧れるような怠け者は玉の輿になんて乗れないのよ。

「……お前、そんなことを怒っているの?私の后になったって、きっと良いことなんて何もないわよ?」

もしかしたら母上のように、お前も殺されてしまうかも知れないわ。声に出せば現実になってしまいそうな不吉な言葉を、私は胸の内で語り掛ける。
けれど私の思いとは裏腹に、ハクは肩を震わせ堪え切れないといった様子で吹き出した。

「ちょっ……!后っすか、この俺が!面白いこと言いますねー姫さん」
「え⁉︎だって…….違うの?」
「いやー愉快愉快!だってあんた、大刀振り回す后なんて聞いたことないでしょうが。それに幾ら俺が有能でも流石にあんたの子供とか、産めませんよ」

何がそんなに可笑しいのか、三食昼寝付きを要求する怠け者が出来れば想像したくないような例えまで持ち出してくつくつと笑う。そうね確かに后は無理よね、言い方が悪かったわと思った辺りでふと考えた。

「……ねえ、怒ってないの?」

小首を傾げ、私は漸く笑いが収まりつつある様子のハクを見上げ問い掛けた。後ろ暗い遣り取りをした挙句、私はスウォンに負けたのにーー

「はい、だから別に怒ってませんて言ったでしょう」
「だけど……」
「ああ……まだ何か気にされてますか?他には……勝敗を気にしてますかね。あんたがあいつを認めちまったことはーー俺が怒る筋合いじゃねえっすから」

感動するくらい、姫さんは立派でしたよ。

やわらかな眼差しと珍しくも手離しの称賛を贈られた私は、何時もならばそれだけで心が蕩けてしまいそうになるのだけど。

「だけど!東屋を出てから一言も喋り掛けてくれないし……その、私に触れたくない、みたいな…」

だったらどうしてと私は非難の声を上げるけれど、不満交じりの自分の言葉は先程の恐怖感を思い出させた。不意に揺り起こされた感覚に、私の問い掛けは途中から歯切れの悪いものとなってしまう。
するとハクは何かを言い淀むような、困り果てた表情で私の髪を、掌でふわりと撫でた。

「ーーすみません、不安にさせちまいましたね」
「そうよっ……!怒ってないならどうしてそんなに冷たい態度を取るのよ……!」
「冷たい?俺がですか」
「そうよ……愛想尽かされかと……思ったわ……」

けれどそのような意図は本当になかったようで、ハクは一瞬目を瞠り私を見詰めると、やがて観念したかのようにすみませんと繰り返す。

「そんなつもりはなかったんです。只ーースウォンに啖呵切ったあんたの姿が、何時にも増して魅力的だったんで…少し、当てられちまいました」

思いも寄らない言葉を向けられ、私は思わず瞬きと共にハクの顔を伺い見た。もしかしたら縋るような視線を送っていたのかも知れない。心に密かに宿る恐怖感を宥めるように、優しい仕草で私の髪を梳く彼の指先がそのまま頬へと触れる。

「気持ちを落ち着かせようと、なるべくあんたに触れないように距離を置いたんですけどね」

困りましたね。そう言って苦笑を洩らすハクを見詰めたまま、私は彼の言葉を反芻した。啖呵を切るーースウォンに?そうだったかしら。そういえばそんなことが……あった、わ。

「ーーーっ!」

スウォンとの遣り取りが次々と頭の中で甦り、私は思わず息を呑んだ。
何というか、とんでもなく恥ずかしいことを…喚き散らして、いたような。
到底本人を前にしては言えないようなーーだってまさかお前が聴いているなんて思ってなかったから……!

途端、頭に血が上り顔が火照る。指先で触れられた頬が熱い。お願い待ってその手を離して。困るのは私の方だわ。

「やめてハク、これ以上言わないで。恥ずかしいからっ……!」
「そーっすか?寧ろこっちは今すぐ押し倒したい気分なんですけど」

堪らず声を上げた私に対しハクはさらりとそんなことを口に出す。ハクの意地悪。また私をからかっているのねと睨み付けた、彼は至って普通のーー何時も通りの顔をしていた。

「お前、何言って……」

ハクの真顔でのこの手の冗談は、意外と冗談ではなかったりするのだ。そのことを嫌という程思い知っている私は咄嗟に身構えるけれども。

「何って……責任取って下さいって話ですよ。あんた折角の俺の努力を無駄にしたんですから」

いいですよね。なんて、今日の晩御飯の話でもするかのように。

「いい訳ないでしょ!たわけ者っ!お前此処が何処だと思ってるの⁉︎」
「緋龍城奥宮殿内回廊と認識してますけど?此処がお厭なら、空部屋は幾らでもあると思いますが」
「そういう意味で言ってるんじゃないわよ馬鹿!皆が待ってるのよ、早く戻らなきゃ……!ほんとにっ……少しは我慢しなさい!」

抜け抜けと恥ずかし気もなく、人の羞恥心を煽るようなことを平気で言えるこの男の性格は何とかならないのか。怒りを顕に私は声を張り上げたが、相も変わらず飄々とした態度の幼馴染は私の顔を覗き込むと、視線を合わせたまま薄く笑った。

「ほー……我慢、ねえ」

私の姿を映し出す、紺青よりもまだ深い色の瞳に昏く揺らめく炎の欠片が見えた。

ーーこの色を、私は知っている。

「……っ!駄目、ハクーーー」

囚われる。そう思った時には遅かった。
手首を掴まれ引き寄せられ、そのまま唇を重ねられた。抵抗する僅かな時間も思考する余裕も与えられず、口内を侵される感覚が頭の芯を麻痺させていく。
普段戯れに交わされる啄むような口付けではない、まるで蹂躙するかの如きそれを、けれど確かに其処に宿る情熱が垣間見える私には受け入れる他なかった。せめてもと眉を顰めるけれども、だからといって何かが変わる訳ではない。
冗談では済まないハクの行為を拒むだけの材料は、本当は幾つも持ち合わせて居るのだろうけれど、今の私にはそれを引き出すだけの思考力も、引き出す意思も有りはしなかった。
元々、決して乱暴に私に触れることはない彼の口付けはこの場においても変わらず激しくとも丁寧でーー結局、応えてしまう。

やわらかく歯列を辿り幾度も絡み付いてくる舌の感触に震えが走り、堪え切れずにくぐもった声を洩らすと、それを息苦しいとでも受け取ったのかその激しさは鳴りを潜め、やがて唇が離された。
上がる息を抑えることも出来ず、凍り付いたみたいに動けないで居る私を至近距離から見詰めるハクの双眸は、今も変わらず確かに昏い炎が宿っているのだけれど。

「ーーハ……ク……?」
「……はい。ーーああ、まだ……ですね」

何故だか、この期に及んで尚冷静な光を湛えた眼差しを向けるハクは、名を呼ぶ私の声に対し意味のよく分からない呟きを洩らした。

「……な、にが……、っ!」
「ーー黙って」

これで終わりかと思っていたら、今度は片腕で私の腰を支え、耳元に顔を埋め一言囁くと首筋から肩へと唇を這わせた。それから空いている方の腕を背に廻し、指先で以って衣服の上から私の背筋を辿り、行き着いた先から今度は身体の輪郭をなぞるように触れてゆく。
ぞくりと全身に戦慄が走り、堪え切れず洩れ出た声と共に身体が跳ねた。足元がどうしようもなく震え、片腕だけで私を支えるハクの広い背中に両腕を廻してしがみ付きながらもうやめて欲しいとかぶりを振るけれど、彼にそれを聞き入れる様子はなかった。
ハクの上着を握りしめた掌が灼けるように熱い。ああ、そういえば怪我をしてたんだっけ……もうどうでも、いいけれどーー

「……っ、だめ……っこんな、ところで……っ」

やっと口にした途切れ途切れの懇願も、遂には意味を為さない只の音韻に変わる。厭でも届く自分の声に耳を塞ぎたくなるけれど、首元から背中へと駆け抜ける小さな衝撃に、心の片隅に残るなけなしの矜恃も呆気なく霧散した。

私の身に熱を灯す遣り方など既に知り尽くしているだろうこの人に、囚われた時点で私の負けだったのよ。
ああ、今日は何て日なのーー

ぽつりぽつりと肌に灯った幾つもの炎はゆっくりと拡がり、やがて行き場を失くして内へと篭る。身体の奥がどうしようもなく疼く。どうしたらいいの、お願いよ助けてハク……!

「ーー姫さん、立てますか?」

甘い予感に瞳を閉じた私の耳元で、しっとりと低く優し気な声が響いたけれどーーお前、今……何て言ったの。

「大丈夫ですか?立てます?」

気遣いの言葉と共に身を引いたハクの言葉は、確かに耳元で囁かれたものと同じ響きで。私はその意図が分からずに、咄嗟に目を開けるとそのまま視線を彼へと向けた。

「……ハク、お前ーー」

続く言葉が見付からず、茫然と立ち尽くす私を見遣り、黒髪の幼馴染はくつりと小さな笑い声を立てた。

「……ああ、あんた本当にいい顔しますね。そんな目で見られると、此処で終わらせんのが勿体なくなる」
「ーーお前……っ!最初っから……!」

ーーやられた。
漸く今の行為の意図を察し、怒鳴り付けようとするけれど恥ずかしくて声も出ない。
代わりに精一杯睨むけれど当然効く筈もなく、ハクは私を見据えたまま、嫣然とした笑みを浮かべた。

「これでおあいこですよ、姫さんーーそうですね……夜まで、我慢してくださいね」

違う。嫣然なんて表現、間違ってもするもんじゃないわ。お前のその顔、悪戯に成功した子供そのものの表情じゃないの。
ああもう、信じられないこの大馬鹿者!

けれど、昔この場所で幾度となく見てきた悪戯めいたハクの笑顔がとても懐かしくて、何だか怒りを削がれてしまった私はそれでも何か一言と、憎たらしい笑顔を見せる幼馴染に向けて、ハクの馬鹿。とだけ憮然と呟いた。







『路傍の花』ーEpisode.1 “Little Flower”
何処でだって、君は燦然と咲き誇る。








ヨナ姫二連敗の日。
シリアスを目指したつもりが、ハクのセクハラで終わる。おかしいなぁ……

常に乱高下する私のスウォン観ですが、このところ高値更新中でして、17巻までの情報を元に色々考えた結果、トンデモ結末予想みたいになりました。

「幸福論」を主題に、未来話三部作予定の一話目です。今回は原作二年後くらいをイメージしました。

テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

パッカ君に会えたよ!

てか、一緒に写メ撮りたかったけど自重した。
今年もJリーグはジャイキリコラボしてます。まー相変わらずの人気っぷりです。つか、私ジャイキリ何巻まで読んだんだっけ…多分、最新刊マイナス5巻くらいだと思うけど。
椿クンとか可愛くてキュンキュン来ますけど、何よりタッツミーが素敵過ぎなんだよなー、彼35歳くらいだっけか。何だろ、例えばイケメンとかダンディとかじゃなくて、とにかくカッコイイ。無気力なのに熱くてアホなのに賢い(主にサッカー脳)
…あ、銀さんもそんな感じ。ってかハクもそんな感じ(年齢以外)
様するにタイプなんだな(笑)

グランパスが今季リーグ戦初勝利ですって!
最近友達になった人がそちら方面に所縁があるとのことだったんで、今日のグランパスの勝利はちょっと嬉しかったですよ!

先日ネット購入したCDですが、未だ聴いてません。時間が無いという訳じゃなくて、このタイミングでソロが熱くなってます。
稲ソロねー、いつも二次萌えと同じタイミングで再燃するのよねー。
だって妄想が詰まってるんだもの…!
グレースのトレンチも結局通販で購入しました。私はバンケットの雰囲気がめっちゃ好きなので、出来れば足を運びたかったけど無理だった。
ムラ染めの綿ニットも狙ってるので、次こそはバンケットに行きたいです。
つーか、服買うより現在の私の貧弱なネット環境を何とかしたい。てか絵描きたい。


今日はゴール裏で飛び跳ねてたんで疲れました。大声で歌い過ぎて喉も変な感じ。

各クラブのサポの方々、お疲れ様でした!

テーマ : 今日の出来事
ジャンル : 日記

いただいてしまいました…!

先日、いつも御世話になっております私の貴重なハクヨナ仲間のkさまより、素敵なハクヨナイラストを頂戴しました!

ヤバイマジヤバイ。拝見した瞬間、某次男坊が乗り移ったかの如き有様に。
まじで天使が舞い降りてきた…!


こーれはちょっと、どうしましょう。
めちゃめちゃ可愛いですよヨナ姫!こんな天使のような美少女に邪な妄想を繰り広げる私は確実に姫の背後に控えるイケメンの大刀の錆に…ま、いっか、カッコイイし。






kさま
疲れ切った私の心身に、目の保養と癒しを下さいまして本当に有難うございました!
今後とも、どうぞよろしくお付き合い下さいませヾ(o´∀`o)

テーマ : アニメ・コミック
ジャンル : アニメ・コミック

つぶやき。

グレースのトレンチコートが欲しくて、ショップでショートとロングの両方試着。迷いに迷った挙句その場では購入せず。
そのまま年度末に突入し、気付いたら4月ですよ…トレンチの出番もあと1ヶ月じゃん!B'zの新作も買ってないよ…何かもう駄目だ私。
つーことでアルバムだけはネット購入。ネットって便利だわと改めて痛感。

明日はJ1の日です。スタジアム観戦デーです。明後日はJ2なので自宅に引きこもりTVに貼り付く予定。あ、またコート買いに行けないや…

ヨナがテジュンに託した穀物の名前をど忘れしたので確認ついでに9巻以降をざっと読み返した。やっぱ面白いなー火の部族編。つーか見落としが山程ある。ヤバイ今度じっくり再読しよう。てかやっぱり私スウォン好きだわ。

CATVで『男子高校生の日常』をたまーに観るのですが、監督が同じなだけあって銀魂を思い出します。そういや銀魂アニメまた始まるんですね。銀魂凄い好きだった。離れて数年経ちますが、また観ようかな〜
銀魂といえば、ハクが「暗黒龍カッコイイ!」などという中二病発言をしてから彼のイメージが銀さんに…!ヨナアニメ観れば違うのでしょうが、一秒たりとも観てない私にはハクの台詞が銀さんの声で再生されるのです。あーでも最近ハクが斑目の上位互換に見えてきましてちょっともうどーするよって感じです。げんしけん読みたいなー初代だけでいいから。

テーマ : ヲタク人日記
ジャンル : アニメ・コミック

ハクヨナss『楽園』2/2。ユン+ハク→←ヨナ。

✴︎



「……あ、良い匂い!何かしら」

ふわりと周囲に漂う甘い芳香を感じ、買い物ついでに、それから後学の為にと色とりどりの装飾品を見て回っていた少女は菫色の双眸を煌めかせた。
好奇心に溢れた表情で周囲を見回し“良い匂い”の出処を捜す様子は何処にでも居る若い娘のものであり、彼女が嘗てのこの国の王女であり城を追われ数々の修羅場を潜り抜けてきたとは到底思えないような無邪気な姿だ。

「麝香、だと思いますよ。つってもかなり混ぜモンがしてある。大衆向けの練香じゃないすか?」
「大衆向け?でもすっごく良い香りよ!城で女官が私にって勝手に焚いていたものよりずっと素敵な香りだわ」
「勝手にってあんた、無駄にあんな高価なモン……つーか放置してんなよ」
「五月蝿いわねっ!だからお前に……」

(いやだからもう何度目?てかホント、往来でイチャつくのやめてよね!じゃなくて!)

夫婦漫才か!と突っ込みたくもなる、主従であり幼馴染であり師弟である二人の遣り取りに慣れ切ってしまった天才美少年としては普段なら呆れつつも軽く流すか冷たい視線を送る処なのだが、今回は内容が想定外過ぎて思わず頓狂な声を上げてしまう。

「ちょっと待って!ヨナはともかくとして雷獣!何でサラッと組香とか出来る訳⁉︎趣味⁉︎」
「イヤ別に。興味はねーけどまあ、仕事柄っつーか必要に迫られて」

それに対し、元将軍は顔色一つ変えずに……否、微妙に厭そう且つ底意地の悪そうな表情を浮かべており、その隣では紅い髪の姫が何やら気不味そうに視線を泳がせていた。

「……ああ、ヨナ絡みね」

それならばまあ、とユンは胸を撫で下ろした。雷獣は武人とはいえ同時に宮仕えの、それも王女付きの身だったのだから恐らく香道に携わる機会もあったのだろう、恐らく。それ以外の可能性はーー絵面的に考えたくないと強く思う。
そんなユンの思考を知ってか知らずか、ハクは不機嫌を顕にしつつ大仰な溜息を吐いた。因みにその視線はしっかりと隣で小さくなっている少女に向けられている。

「組香ねえ。何処かの跳ねっ返りなお姫様が中々香の聞き分けが出来ねーってんで、組香の練習相手をしろと直々に御指名下さいましてねえ。終いにゃ気に入った香が見付からねーってんでこの俺に調香しろと。つーか何でよりにもよって俺だよ!」
「だって!仕方ないじゃないハクしか頼める人が居なかったんだから!」
「山程居ただろーがよ!どんだけあんた付きの女官が居たと思ってんだ!」

ユンへの説明とヨナへの嫌味を兼ねての発言は、当時の状況やら立場やら色々な理不尽さが蘇ったのか、結局嫌味を通り越して怒気を孕んだものになり、対して売り言葉に買い言葉とばかりにヨナも応戦する。喚き合いとも戯れ合いとも取れる応酬は、しかしユンが止めるまでもなく早々に終息を迎えた。

「……女官なんて、皆本気で私の相手なんてしてくれないもの。双六だって貝合だって、無理にでも私に勝たせて何も教えてくれない。香だって、私の好みなんて知りもしないで!ちゃんと正面から向き合ってくれるのはハクだけだったもの……だから」
「ーーそう、でしたね……」

失礼しました、と引き下がる青年の苦虫を噛み潰したような顔と、少女に向けられた双眸に宿る複雑な色ーー恐らく当時、相当不本意だったのだろう。拭い切れない憤りと、恵まれた境遇だからこその孤独に身を置かざるを得なかった彼女に対する憐れみと、それから紛れもない歓喜を見て取り、天才は力なく肩を落とすとぼそりと呟いた。何だよコレ、予定調和か。

きっと幾度となく繰り返されて来たのだろうこの応酬は、雷獣による無意識下での確認作業ではないのか。

(そんな消去法的な“唯一”で満足しちゃう訳?ほんっと安いよ!安過ぎるよあんた!)

アホらしいことこの上ない。だが余りにも不憫だ。勿論本人は納得済なのだろうがーー何か少しでも、ほんの一欠片でも彼への報いはないのだろうか。
己の絶対者である神官と、似ても似つかないのに何処か共通する行動理念の黒髪の青年に、何時の間にかかなりの肩入れをしてしまっている自分にユンは内心苦笑を洩らした。

「で、雷獣はヨナの練習に付き合う為に香道を学んだんだ。しかも調香まで任されて」
「そういうことだ。全く……此処まで無駄な知識ってのも珍しいぜ」
「あら、そんなことないわよ。たった今役に立ったじゃない!」
「……。ええ、そーっすね」

一応、感謝はしていたらしい。申し訳なくも思っているらしい。けれど何故ハクがくだらなくも理不尽な彼女の要求を呑んだのか、哀しいことに恐らくヨナは何一つ理解してはいないのだ。

「そうよ!それにあの頃だって結構楽しそうにしてたじゃない!」
「そりゃまあ、勝負事は気乗りしなくとも全力で掛かる主義っすから」
「まー憎たらしい!」
「やっぱり雷獣の連戦連勝?」
「当然だ」
「ちょっと二人共!何よやっぱりって!何よ当然って!」

何時もの調子で喚くヨナを横目に、ユンは他愛のない質問を投げ掛ける。其処に深い意図はなかった。何かを引き出したかった訳でもない。緑龍でもなし、訊き出した回答を揶揄の種にするつもりもなかった。

「雷獣は、それで好きな香とか見付かったりした?」
「イヤ全く。つーか俺、香は伽羅しか使わねえし」

果たして。
ちょっと途方に暮れるような、聞き慣れない言葉が再び。しかも真顔ときた。

やっぱりそれは絵面的にどうなのかとか、あーやっぱ貴族ってめんどくさ、とか取り留めもないことがぐるぐる回って何も喋れないでいるユンを押し退ける勢いで、件の跳ねっ返りの姫君が不平不満の声を上げた。

「ちょっとハク!何でお前がそんな貴重品使ってんのよ⁉︎私だって滅多に焚けないのに!」

そうだ。伽羅は王族ですら普段焚き染めることも、聞香増してや組香に使うことなどもあり得ない、沈香の中でも稀少な最高級品だ。それを、香になど無関心な男がーーと、城でハクと過ごした三年余を思い返しながらヨナは首を傾げる。彼があの印象的な、涼やかな芳香を身に纏っていたことなど、一度だってなかった。

「……ハク、私伽羅どころかお前が香を使ってたことなんて知らなかったわよ」
「あんたの御守りに香なんざ不要でしょうが」
「な……っ!」

素でバッサリと切り返され、二の句が継げず憮然とした表情でヨナは幼馴染の見慣れた端正な顔を睨み付けた。

何だかとても居心地が悪い、嫌な気分だ。彼女は円い唇を小さく咬み、青年から視線を外す。

「俺はあんたと違って、無駄遣いはしませんから」

普段なら、五月蝿いと喚き出すような科白にも彼女は反応しない。そんな在り触れた嫌味ではなく、もっと他の、見えない何かがとても重苦しい気持ちにさせるのだ。

気持ち悪いと眉を顰めながらも、ヨナはその原因が掴めず、只遣り過ごすしかなかった。それでも現状の居心地の悪さからこのまま黙っている訳にはいかず、とりあえず思い付くまま言を紡ぐ。

「知らなかったわ、ハクって好きな子と逢うのに凄い香を使うのね」

普通に喋ったつもりだった。何だか妙に気が重くて笑顔はなかったかも知れないけれども。
変なことは言っていないとヨナは思うのだけれど、何故か二人共無言で此方を見ている。

「……はあ?女?何で?」

何呼吸分かの時が過ぎた頃、意味が分からないといった表情を浮かべそれをそのまま投げたのは少女の幼馴染だった。弾かれたように顔を上げ視線を合わせると、彼は不審者でも見るような目で己の主である筈のヨナを見ていた。不躾にも程がある。だが常と変わらぬハクの態度に、ヨナは何故だか重たく息苦しい気分が軽くなるのを感じていた。

(……あら、心の靄が晴れたみたい。何でかしら?)

以前、城に居た頃ヨナは好きな人ーー彼女の従兄が登城する時には決まって特別高価な香を焚いていた。だからハクも同じように、好きな子に逢いに行く時香を使うのだと彼女は考えたのだ。
けれど彼は違うと言う。そしてその言葉で胸の痞えが取れ、何故だか安堵している自分が居る。不思議だわ、とヨナは首を傾げた。

(香なんて……別に私を差し置いて、なんてことは思っていないのに。それに私だって沈香が特別好きな訳ではないし…ハクにそんなこと、求めるつもりもないわ)

「姫さーん、あんた人の話聞いてます?」
「え?……っ、ごめん!いいの気にしないで!」
「……。いいですけどね、別に」

大仰に肩を竦めると、ハクはこれ以上の追求をせずに話を切り上げた。急に不機嫌を顕にしたり唐突に元に戻ったりといったヨナの妙な振舞いが気にはなったが、好きな子云々といった彼女の言葉の根拠は直ぐに推測出来る。彼女はスウォンに会える日は必ず沈香を衣裳に焚き染めていた。そういった類のことを彼女は言っているのだろう。
ある意味彼を奈落の底へと突き落とすようなその言葉に、ふざけるなと怒鳴り付けてやりたくもなるがまあ、何時ものことなので軽く流しつつ、だがこれ以上は彼女に辛い記憶を思い出させかねない。そう判断してのことだ。

「とりあえずあんたが伽羅の使い途も知らねえ馬鹿姫だったということは分かりました。いや、以前から存じ上げておりましたがね」
「……不敬罪で処刑してくれようかしら」
「ほう、その細腕で俺を殺ろうってか」

(……ヨナって、そうなんだ)

結局戯れ合いに落ち着いた二人の遣り取りを無言で眺めていたユンは、どう言葉を掛けて良いのか少し迷う。
この一連の流れでのヨナの態度は非常に分かり易いものだった。当の本人は自分の感情を全く理解していないようだが。

(ふぅん……。でも何か、照れるよね)

無自覚の恋心、とでも表現すべきだろうか。知己のそういった場面を目の当たりにするのは何だかこそばゆく、むず痒いものがある。俺が照れてどうするよと自分自身に突っ込みつつ、ユンは少女から黒髪の青年へと視線を移した。少女の感情の向かう先が彼である以上、照れ隠しに彼女から意識を逸らすための受け皿には最も不適格な相手ではあるが、仕方ない。
この事柄に対し傍観者であるユンは、当事者であるハクの意向を探る必要があった。

彼はどうするつもりなのだろう。主従という二人の関係性を改めるべく一歩踏み出すのか、見て見ぬ振りをするつもりか。それとも頑なに、ヨナの感情を否定し拒絶するのか。

とりあえず俺は見て見ぬ振りするよと、何とか言外に己の意思を伝えようとユンはハクに視線を合わせた。だが、ヨナと共に漫才の如き様式美に興じているハクの表情は年下の幼馴染を弄る意地の悪い少年そのもので、要するに何時も通りだった。

(って!雷獣、気付いてない……!)

予想外の展開にくらくらする思考回路を何とか整理しつつ、ユンは掛けるべき言葉を探す。
本来ハクはヨナの感情の変化には敏感である。だがそれは必ずしも彼が抱え込む恋情によるものではなく、何方かといえばヨナを生かすという彼の最大の目的に起因するものだ。詰まりはヨナの心が絶望に、死の淵に引き摺り込まれないよう最大限の注意を払うべく特化した感性ということだ。
だからこそ、ヨナの生死に影響を及ぼす可能性の低い今回のような状況では全くその能力は発揮されないのだろう。

(雷獣って本当は鈍感なのかな……違うか。多分最初っからヨナのこと、諦め切ってるからだ)

だとすればもう雷獣の出方を伺う必要はない。気にすることといえば、今後二人の関係が変に拗れないかどうか位だ。そうでなくともこちとら七人の大所帯で、其処には他者の思惑も入り混じってくる訳で。ああめんどくさ。特に白龍とか緑龍とか!

「ねー、じゃあ雷獣は何時その香を使ったのさ」

天才を自称する頭脳が余り考えたくもない面倒な未来予想を弾き出したため、ユンは現実逃避のためーーそれからもう一つ、純粋な好奇心を満たすべく、彼が言うところの無駄な知識を蓄積せんと問い掛けた。その声に、幼馴染に弄られ続けいい加減藁にも縋る心持ちの少女が待ってましたとばかりに乗ってきた。

「そうよ!答えなさいハク!」
「あんたのその科白、そっくり御返ししたい処ではありますが……まあいいでしょう」

己に向けられた幼馴染の青年の、馬鹿にし切った表情と言葉に、意地悪!可愛くない!とお決まりの科白を投げ付け少女は青年を上目遣いで睨み付けた。その姿はさぞかし可愛らしく彼の目に映っているだろう。それが容易に想像出来てしまい、ユンは虚脱感に襲われながらもこれ以上付き合っていられるかと軌道修正に掛かる。

「いやもうホント、話進まないからさ……」
「あー悪ぃ、伽羅ね。ありゃあ戦で使うもんだ」

あっさりと、今度こそ納得できるハクらしい用途を提示され、だが今度は具体的な利用法に対しユンに疑問が生まれた。

「戦って……どうやって使うの?もしかして、浴びた返り血の臭いを消すため、とか……」
「ユン君、天才の名が泣くぞ」
「悪かったねっ!」
「何よ!勿体ぶってないで教えなさいよ!」
「えーじゃあ姫さんが説明して差し上げたら如何っすかー?」

ここぞとばかりのヨナのユンへの加勢はいとも簡単に返り討ちに遭う。へらりと笑いながらの切り返しが絶妙に彼女の神経を逆撫でしているのが傍目にも分かる。このままだと確実に痴話喧嘩の流れになるだろうし、もうこの際ヨナの言葉は丸々流そうと、ユンは密かに心に誓った。

「貴重な香なんだよね、それを戦にって……苔脅し?それとも此処に凄い奴がいるって誘導するーー囮?」

でも雷獣って実際凄い奴だもんね、囮じゃなくて本命だよねえと続け、首を傾げるユンに向かい謎掛けに早々に飽きたらしいハクがおよそ丁寧とは言い難い解説を始めた。

「伽羅は権力の象徴と言われてる。値段も桁違いだ。王族といえどおいそれと使えるモンじゃねえ」
「うん」
「それを使うんだよ、王族でもねえ一介の将がーーそれもガキがな。敵将と相対する時だの他国の王族やら国使やらの謁見の時なんかにな」
「ーーあ!解った小細工だ!へぇ、雷獣って意外と地味なことするんだねー」
「当たり前だ。小細工だろうがそれで威圧出来んなら上出来だろ」
「……何かすっごい嫌味。それってウチは金持ちよって見せ付けてるのよね。性格悪いわよハク」

すんなりと得心いった様子のユンとは違い、何か思う処があるのか渋い顔のヨナが非難の声を上げる。

「嫌味でも性格悪くても、コレが小国には地味に効くんです。俺の嫌味で無駄な衝突が回避出来るなら充分でしょ」
「まあ……そうだけど……」

益々渋い顔で何かを言い淀む様子のヨナを見咎めたハクは、つかつかと至近距離まで歩み寄り、立ち塞がるようにして彼女の菫色の双眸を覗き込んだ。

「何か御不満でも?姫様」

もう一歩踏み出せば触れ合う距離で真っ直ぐに見詰めてくる、誤魔化しの効かない眼差しに居た堪れない気持ちになる。こういう時、視線を逸らしたら負けなのだとヨナは彼と共に過ごした短くはない時間の中で充分に学習していた。過去の戦績は五分五分で、一方に余程疚しいことでもない限り簡単に勝敗が決する訳ではない。そして寧ろこの幼馴染相手に睨み合いで押し切ることは彼女にとり難しいことではないーーなかった筈だ。

なのに今日は全く勝てる気がしない。否、このところずっと劣勢なのだ。何でだろうとヨナは自問するが納得のいくどころか答えの欠片すら見出せない。疚しいことなんてないし逆に非難したい位なのに。

不満?不満なら大いにあるわ。何故だか私、お前をまともに見詰め返せない。お前の顔が見れないわ。息苦しくて逃げ出したくなる。そういえばさっきも胸が苦しかった。
そうだわ、きっとあの香の所為よ。お前が調香したあの香に私はきっと呪われているのよ。

(匂い一つで戦に勝てるなら、私を呪うなんて容易いわよね)

僅かな時間が途方もなく長く感じられる。息苦しくて気分が悪い。もう負けで構わないと、ヨナは半ば投げ遣りな気持ちで幼馴染から視線を逸らした。

「……とっても不満よ。ハクには騙された気分だわ。お前はまるで呪術師ね。香に意味を持たせることが出来るなんて知らなかった」
「や、意味っつーか応用しただけなんすけど。てか騙されたって何だよ」
「ーー私、ハクが調香してくれた香り、とても好きだったわ。好きだったのに……騙された!お前、私に呪いを掛けたのね⁉︎私がお前に勝てないように!」

堰を切ったように一気に捲し立てる少女の姿を、ハクは一瞬呆気に取られた様子で眺め、それから堪えられないといった風情で盛大に吹き出した。ちょっと何なのその態度はと喧しく喚く姿もまた笑いを誘う。

「いやー面白い!呪いとはねぇ。御自分の才能の乏しさを俺に転嫁して、挙げ句呪いっすか!」
「無能で悪かったわね!だって!……だって私、最近ハクに勝てる気がしないのよ。今だってーー」

威勢良く切り出したものの、結局は居心地悪そうに俯いてしまったヨナの言葉を反芻し、ハクは内心首を傾げた。彼女の言う“呪い”とは、どうやら組香の件だけではないらしい。

「剣や弓で俺に勝とうとか思わんで下さいよ」
「……そんなこと、思ってないわよ」

憮然として俯いたままの主の真意がどうにも理解出来ず、黒髪の青年は天才を自称する少年の美貌をちらりと見遣り、その優秀な頭脳が導き出す何らかの助言を求めた。
だが、少年は無表情で少女を眺めるのみで、青年の要望に応えようとはしない。

(ヨナってば、すっごい熱烈……!でも、これで二人共何も分かってないんだから)

アホらしくて反吐が出るよね。誰にでもなくぼそりと呟いて、ユンはたった今、何も分かってないと評した男の精悍且つ端正な横顔を凝視した。
あ、やっぱり分かってない。だけど分かってないなりに、どうにかしてヨナが主張する“呪い”の根源を突き止めようと探っているみたいだ。どうせあんたじゃ袋小路に嵌るのがオチなんだから、やめといた方がいいのに。

「ーー姫さん、あの香ですがね、何を基調に作ったか御存知ですか?」
「……知らないわ」

結局、ハクは呪いであるとされている香そのものへの誤解を解いていくことを選んだ。相変わらず視線を逸らし憮然とした少女の様子には一先ず構わずに。

「西の果ての国で採れる香木です。稀にこの市で取引される他は、高華国ではまず御目に掛かれない代物です」
「西の、果ての国……」
「距離的な問題で殆ど供給がなく、あったとしても輸送費用が莫大なんで値段は法外。嘗ては王への献上品にもなったそうですが、あまり好まれなかったようで上流階級にも殆ど知られていない。ですから儀式にも採用されず政治利用もされてはいない」

要するに呪術師が使う類の香木ではありませんよと、彼にしては懇切丁寧に説明するもヨナの心の琴線に触れたのは、幼い日に聴いた夜伽噺の舞台のような遠い異国の存在だった。

「ーーどうして、ハクがそんなもの……」
「まあ、部族内の交易関係は一応俺が責任者でしたんで。たまたま視察中に見掛けたんですけどね」

甘味の薄い、珍しい匂いの香木だったんで目に留まりましたと付け加え、ハクはふと双眸を細め、眩しそうに幼馴染の少女を眺め遣ると一旦切った言葉を再び紡ぎ出した。

「あんたに、似合うと思いました。手にした理由はそれだけです」

しっとりと低く響く声音がヨナの心に緩やかに沁み渡る。波紋のような軌跡を描き浸透していく思いも寄らない言の葉は、彼女が抱え込んだ息苦しさ、心の痛みを包み込みゆっくりと、だが確実に癒してゆく。

「ーー私、に」

ああ、まただ。また心が軽くなった。これは一体どうしたことだろう。だって変だわ、足元が覚束ないの。浮き足立つような、碇を外されたような。
ハク、やっぱりお前の仕業なのね。きっとお前が呪いを解いたからーー

言いたいことは沢山ある筈なのに何故だか口が動かない。言葉を失い茫然と立ち尽くす幼馴染の少女に向かい、ハクは少し困ったように、愛おしさの溢れる眼差しでやわらかく微笑う。

何て顔してんですか、なんて柄にもなく優しい口調で。やめなさいよ恥ずかしいじゃない。だってどうしよう顔が熱い、なんて。

(何て、単純ーー)

昔何処かで思ったような言葉が前触れもなく脳裏を掠め、ヨナは唐突に我に返った。
何時、どんな状況でそんなことを思ったのかしらと朧げな記憶を辿り始めた彼女の耳朶を打つ、今度は彼女の望む通りの常と変わらぬ青年の発言。

「だって姫さん、王侯貴族の趣味に合わない香なんて、跳ねっ返りの姫君にはぴったりだと思いませんか?」
「ーーやっぱり処刑してくれるわ」

霧散する記憶の欠片をそのまま放棄し、ヨナはまるで助け舟の如く発せられた幼馴染の悪態に乗せられることに決めた。幼い頃からずっと繰り返してきた、くだらない遣り取りが心地好い。

うわぁ台無しだよ、なんて声も届いたけれど、取り敢えずヨナは聞こえない振りを決め込んだ。



✴︎



両手一杯に買物袋を抱えて、三人は仲間の待つ今宵の宿へと向かう。夕刻にはまだ随分間があるが、四龍も入れ替わりに市に足を運ぶだろうと早々に買い物を切り上げたのだ。

「ま、必要なものは大体揃ったからね。でもヨナは帰って来ちゃって良かったの?」
「うん。別に特別欲しい物もないしーーあ!」
「何かありました?戻りましょうか」

珍しくも従者らしいハクの提案にかぶりを振り、ヨナはゆっくりと歩を進める。

「ねえハク、さっき市で練香が売っていたでしょう?」
「欲しい?」
「ううん要らない」

ハクがくれた香しか要らないわ。そうヨナにさらりと告げられ、ハクは一瞬だけ思考を停止させ、だが次の瞬間には軽く息を吐き苦笑と共に肩を竦めてみせた。

「そりゃどうも、光栄なこって」

思わせ振りなヨナの発言は何時ものことであり、そんなもので一喜一憂出来るほど彼はヨナを理解していない訳でも付き合いが浅い訳でもない。何やら隣で憐れむような視線を感じるが、そういった周囲の反応も哀しいかな慣れている。とはいえ今この場に緑龍が居ないことに多少の感謝をしつつ、ハクは西の空へと視線を送った。

オリバナム。それがあの香木の名称と記憶している。商人の話では産地でさえ黄金と同等の単価で取引されているという。そんな代物を今の自分にどうして入手出来るというのか。そもそもあの香木は高華国における需要がない。要は値段の問題以前の話という訳だ。……さて。

「ねえ雷獣、あんた今金策とか怪しい取引経路とかその他諸々の裏事情とか色々考えてるでしょ」
「……性分だ。気にすんな」
「ふーん、難儀だねぇ」

そんな男達の会話には全く頓着せずーー否、聞いてすらいなかった、二人の数歩前を歩いていた紅い髪の少女がまるで円舞のように軽やかな仕草で振り返った。何を思い付いたのか、その表情は明るく華やかだ。

「ねえ、私考えたのだけれど。西の果ての国へ行けばあの香木が手に入るのね?」
「……行きたいんすか、あんた」
「ええ!」

全く予想外という訳ではなかったのだろう。ヨナの提案に別段驚く様子も見せず、だがあからさまに厭そうな表情を浮かべハクは大袈裟な溜息を洩らす。

「簡単に仰いますがね。あんた往復何年掛かるか分かんねえ土地に、香木一つ買付けに行こうってんですか?」
「一つなんて、そんな訳ないじゃない!沢山買うのよ!沢山持ち帰って売ればいいのよ!」

どうかしら、素敵な話だと思わない?などと得意気に語る少女に向かい、ハクは今度こそ肩を落とし深い溜息をついた。

「あんた本当に人の話聞いてねーのな。いいですか?あの香木は高価いんです。そんなモン沢山なんて買えねえし売れねえよ」
「だから、練香なのよ!」

何がだからだよと、ぼそりと呟く幼馴染の青年にヨナは勝ち誇った笑顔で自らの壮大な計画の提案を始めた。
思い付きの夢物語を真面目に提案されては振り回される此方の身が持たない。頼むから勘弁してくれと思う一方、彼女が夢を持てるのであれば何とか叶えてやりたいとも思う。
相反する思考に翻弄される自分にいい加減嫌気が差しつつも、夢を抱くことは生きるためには必要なことだろうと、図らずも彼女の夢物語の切っ掛けを作ったハクは一先ず話だけ真面目に聞いてやることを選んだ。

「練香に加工すれば安く売れるわよね」
「確かに練香にすりゃ安上がりでしょうが、大体誰が作んだよそんなもん」
「そんなの、お前に決まっているでしょ」
「……俺かよ。つーか流石に練香の技術なんてねえよ」
「大丈夫よ、私とは違って!ハクは香道の才能に溢れているじゃない」

嫌味全開の上結局丸投げかよと呆れながらも、恐らく満更でもないだろう青年を、ほんっと馬鹿な男と白けた視線を送りつつユンが横槍を入れた。

「でもさあ、その香ってこの国じゃ需要ないんでしょ?それを輸入しても結局流行らないんじゃないの?」

それって大打撃だよと指摘する自称・天才に対し少女はふふん、と得意気な笑み。

「だけど私は好きなのよ。香りの好みなんて人それぞれでしょ?だからこの国にある香と合わせて色々な香りを作ればいいと思うの。それとね」

それから、ヨナはくるりと舞うように幼馴染の青年の許へと踏み出してふわりと微笑み掛ける。

「ハクが私に調香してくれたように、誰かが誰かのために香を作って贈るような……香で想いを伝えるような、そんなことが出来たら素敵だと思わない?」

菫色の瞳を嬉し気に細め夢を語る主の、華やいだ笑顔と紡がれた言葉の意味に、青年は驚いたように目の前の少女を凝視していた。それからふと息をつくと、降参だとばかりに苦笑する。

「ーーはい、そうですね理解しました」
「そうでしょう!分かればいいのよ!」
「でもさあヨナ、初期投資はどうするのさ」
「頑張って稼ぐのよ!」

投げ掛けた最大の課題点には単純明快な返答。ヨナらしいよねと笑いながらも、ユンは内心食中り気味だ。

何だかまた熱烈な告白を目の当たりにしたような気がする。ああもうめんどくさい。キジャとかジェハとかどーすんだよ。いっそ早く纏めちゃってくれないかな……無理か。鈍感ぶりがそっくりだもんこの二人。
盛大な溜息を洩らした処で、沢山売って広めて何時かこの国の基幹産業にするわよなどと野望に燃えるお姫様の御言葉が聞こえた。ちょっと雷獣!あんたのお姫様、基幹産業の意味分かってないんですけど。

天才による面倒な未来予想図など露知らず、もう何度目かも分からない“振り回される覚悟”を諦観と共に決めた幼馴染に少女は無邪気な言葉を向ける。

「それに私ね、あの香はハクの方が似合うと思うのよ。だから今度は私が調香してあげるわね」
「ーーイエ、御気持だけ有難く頂戴します」
「どうしてよ!」
「あんたの香道の才能、師匠はよーく存じ上げてますんで」

まーっ失礼しちゃう!と頬を膨らませる少女の紅く癖のある髪をくしゃりと撫で、それにね、と彼は続けた。

「あの香は結構強いんですよ。ですから俺には必要ありません。四六時中あんたの傍に居りゃあ厭でも移りますから」
「ーーっ!」

思いも寄らない科白をさらりと返され、ヨナは咄嗟には何も言えずに思わず息を止めた。途端騒ぎ出した心を制御出来ず、知らず頬が火照る。こんな顔を見せるなんて悔しいと、彼女はくるりと踵を返し足早に歩き出す。

(あ、雷獣の勝ちだ)

ヨナの後姿を追い歩きながら、ユンは平然とした出で立ちの男の横顔を覗き見た。
やっぱり似てるよね。無自覚に思わせ振りなとことか、そっくりだ。
そんなことを思っていると注がれた視線に気付いたハクが首を傾げる。

「何?」
「あ、ううん別に。……ねえ雷獣、本当に行くの?西の果ての国」
「さあな。取り敢えず珍獣共に訊いてみろよ」
「ーー雷獣は、行きたい?」
「そうだな」

誰も知らねえ場所に行くのは、そりゃ面白いと思うぜ?そうやって笑って、青年は数歩前を行く少女の後姿を見据え、彼女が望む夢物語を語る。

「荒唐無稽な計画だけどな。俺は好きだぜ?そーいう博打打ち。それにーー」
「それに?」
「その辺の娘達が気軽に香を選び焚けるような世の中ってのは、随分と豊かな世の中ってことだ。そういう夢は悪くない」

戯けたように笑う、彼こそが確かにそんな世界を目指していたのだろう、この街の在り様をその身に体現したかのような元部族長の青年を改めて眺め遣ると、ユンもまた晴れ渡る西の空を見上げた。
その辺の娘達の括りにヨナは入っているのかな、なんてことは野暮だから聞かないでおく。

(西の果てーー新しい、世界だ)

未だ見ぬ最果ての街に想いを馳せ、少年は逸る心を抑えようと大きく息を吸い込んだ。








『楽園』
貴方と共に辿り着いた先なら、何処だって。









…目が滑る。
自分でも訳分からない感じに強制終了。
そういや四龍って国外脱出不可だった。

香の話。一巻からの妄想です。

両片想いとか、無自覚の恋愛感情とかめちゃめちゃモエドコロなんですが、いざ書くとなるとすっげ難しい。

シーソーゲームと思いつつ、思わせ振り対決だと年季と経験値でどうしたってハクが勝つわな、とか。
現代日本って横文字だらけだな、とか。
当たり前のことばかり再認識。

横文字だけでなく、世界観に合わせるのって難しい。使っちゃダメだろと分かっていながら、漫才に代わる単語が見付かりませんでした…




タイトル元ネタはルピシアです。このネーミングで緑茶。何時もながら秀逸です。

テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

プロフィール

月桜キキ

Author:月桜キキ
月桜キキと申します。
数年振りに二次創作の世界に出戻って参りました。普段はしれっと会社員やってます。

暁のヨナ、聖闘士星矢(無印)を中心に、他ジャンルも時々。
NLBL混在しますのでご注意!

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