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星矢→サガ←沙織ss『エデン』 星矢とサガとアテナ沙織のティータイム。CP色は薄いです。


腕に抱いた、傷付き力なく横たわるあのひとは、それでもとてもきれいだった。
無造作に床に拡がる蒼い髪も、傷だらけの白い肌も、初めてその姿を目にした時と同じように清らかで美しく、ボロボロに壊れた冥衣を纏っていてもなお光り輝いて見えた。

悲しげな、それでいて何処か満ち足りた微笑。
俺を見詰める眼差しは穏やかで優しいものだった。
この地上をーーアテナを頼むと、苦しげでいながらとてもきれいな低い声が耳を打つ。あの時の俺はただ頷き彼の名を呼ぶことしか出来なかった。

それはあのひとにとってどんなに無念だったろう。最強と謳われるその力を地上の為に、アテナの為に振るうことも叶わず朝の光と共に消え行く運命だなんて。
太陽にも例えられる黄金の小宇宙を持つ彼が皮肉にも朝の陽射しに溶けて行くさまを、俺に止められる術なんて持ち合わせちゃいなかった。

俺の腕の中で幻のように消えてしまった、それが神々と聖域に人生を翻弄されたあのひとに触れた最後だった。

「……沙織さん、あんたもーー同じ思いをしたのかい?」

此処には居ない幼馴染の少女に向かい問い掛ける。もちろん返答なんてあるはずない。
俺は溜息をつくと幼馴染であり主でもある、かつての天真爛漫な笑顔を思い描いた。

あの日から、彼女の笑顔は変わったように思う。
そうーー十二宮の戦いの末、あのひとが彼女の腕の中でいのちを終わらせた日から。

沙織さんは……アテナからはかつての屈託のない笑顔が消え失せ、気高く凛としつつ慈愛に満ちた微笑を浮かべるようになった。
戦いの末、彼女はアテナとして覚醒したのだとみんなは言うけれど。

「……あれは、辛いよなぁ」

ぽつりと独り言ち、俺は苦笑すると目を閉じてあの時の沙織さんの姿を思い返した。

あの時……十二宮の戦いの後、あのひとはどうなったのかと沙織さんに聞いた。アテナの盾の光を浴びて取り憑かれていた邪悪な何かを祓われた彼はどうしているのかと。
あの優しげな瞳のきれいなひとは俺に笑い掛けてくれるだろうか、よくやったと褒めてくれるだろうかとーーそんな期待が胸を過ぎった。

けれど、沙織さんから聞かされたのは予想外の……あのひとが自害して果てたとの事実だった。
どうして、と。
彼は何かに取り憑かれていただけだろうに何故止めなかったのか、助けなかったのかと思わず声を荒げた俺に向けられた沙織さんの表情が忘れられない。

『あのひとは、それを望んでいなかった……私に救いや赦しなど求めてはいなかったのです。彼は、簒奪者ではあっても教皇ーー紛れもない為政者でした』

今にも崩れ落ちそうな泣き顔でぽつりと言った沙織さんの言葉の意味は俺にはよく分からない。

だけど、今の沙織さんーーアテナを形作ったのは多分あのひとなんだろうと思う。

「ほんと、スパルタだよなあ」

あんな風に自分の存在を、いのちを、魂を使い捨てて逝かれたら。
俺たちも沙織さんも、あのひとが示す通りに突き進むしかないじゃないか。

「ーー頑張ったんだぜ、俺」

今度こそ、褒めてくれよな。



ひとりそう呟いて、俺は晴れ渡る聖域の空を見上げた。





✳︎





教皇の間の入口付近に詰めていた侍従に目的の場所を聞き、お礼もそこそこに奥に続く廊下を駆け出した。
謁見用の広間の脇をすり抜け、更に奥に位置する彫刻が施された重い扉をノックもせずに開くと、その先には荘厳な印象の広間とは全く違う印象の光溢れる空間があった。そしてその中に待ち望んだ光景が。

壁一面に張られたガラスの窓から射し込む午後の日差しの中に、あのひとがいた。

長い蒼の髪が太陽の光を受けてキラキラ輝いてーーああ、なんてきれいなんだろう。
深い海の底のような、夕暮れ時の森の中のようないろの瞳が俺を見ている。
まるで彫像みたいな白い肌と整った顔立ちは、初めて会った時と何も変わらない。

昔から聖域のみんなに神の化身と褒め称えられていたと聞いたけれど、本当に……神様みたいだ。

視界に飛び込んできた彼の姿をぼんやりと、というか半ば見蕩れていた俺の耳に、忘れもしないやわらかな低音が届く。

「星矢!よく来てくれたな、ああ……立派になって」

とびきりの、満面の笑顔。
ハーデス城で見た悲しげな微笑とは違う、ほんとうに輝くばかりの。

「サガ!よかった、ちゃんと目覚めたんだな。復活したのにずっと起きないっていうから心配してーー」
「……済まなかったな」

ほんの少しサガの笑顔が翳る。ああ……俺は言葉を間違えたのか?責めてる訳じゃないし、悲しませたくなんてないのに。

「いやっ全然!こっちが勝手に心配したんだし……とにかく俺、またサガに会えて嬉しいんだ!」
「私に?」
「ああ!聞いてほしいこといっぱいあるんだ!俺、頑張ったんだぜ?」

目一杯の笑顔で得意げに告げると、サガは眩しそうに目を細め聞かせてくれと言ってくれて。
促されるままに椅子に座り、テーブル越しに神様みたいなひとを独り占めしてたくさんのことを話す。
冥界でのこと、エリシオンでのハーデスとの戦いのこと、青銅聖闘士の仲間のこと、それから聖域の後のこと。

俺が話すひとつひとつを、サガは頷きながら聞いてくれて。
頑張ったのだなと、何度も褒めてくれて。
文句の付けようがないきれいな顔に優しい笑みを浮かべ、穏やかな眼差しで見詰められ、時々声が上ずるのを自覚しながらも会話を終わらせたくなくて。

勧めてくれた紅茶に手を伸ばしながら次は何を話そうかと思いを巡らせていた時だった。軽いノックの後部屋の扉が開き、ふわりとした空気と清らかな小宇宙と共にこの場に滑り込んできたのは沙織さんだった。
腕に抱えているのは小さなバスケット。ほんのりと漂う甘い匂いに思わずがたりと腰を浮かせた俺とは対照的に、サガは優雅な仕種で音も立てず立ち上がると沙織さんの傍へと向かっていった。

「アテナ、如何なさいましたか?」
「ええ……お茶をご一緒しようと思って。お邪魔していいかしら?あら星矢、此処に居たのですね?」
「何だよ沙織さん、居ちゃ悪いかよ」

臣下の礼を取ろうとするサガを片手で制しながら、沙織さんは俺ににっこりと笑い掛ける。

「貴方がサガに会いたくてはるばる日本から飛んできたのは分かりますけど、到着を知らせてくれれば会食を用意させたのに……まさか執務中のサガのお部屋に直接上がり込んでるなんて思いませんでしたよ」

あくまでもにこにこと、邪武あたりが見たら倒れそうな笑顔でーーその、なんというか、怖い。

「えっ、あ……サガ、仕事中?ごっごめん!」

それよりも、沙織さんの言葉の内容に慌ててサガに向き直り謝罪するも、サガは小さく笑って気にするなと返してくれた。

「ああーー大丈夫、急ぎの分は粗方片付いているから」
「うっわ、さすがだなあサガ!ほら沙織さん、俺サガの仕事の邪魔した訳じゃないぜ!」
「それはたまたま、彼が有能だっただけでしょう?」
「うっ……じゃない!そういう沙織さんだってサガのとこ押し掛けてるじゃん!」

俺の切返しが予想外だったのだろうか、ふと沙織さんの瞳が驚いたように見開かれた。満面の笑顔は相変わらず貼り付いていたままだったけれど、ほんの少しだけ困ったような、バツが悪そうな。
だけどそれはさすがアテナというべきかほんの一瞬のことで、沙織さんはさっきまでと変わらぬ笑顔を浮かべ小首を傾げてみせる。ほんとうに、邪武が見たら卒倒しそうな可愛らしい彼女の仕種に、だけど俺は背筋が薄ら寒くなるのを感じた。
俺の心中を知ってか知らずか、沙織さんはこの上なく俺の知ってる沙織さんらしい発言をする。

「星矢、それが何かいけないのですか?」
「ちょっ……!サガの仕事の邪魔するなって言ったの沙織さんだろ?」
「言いましたけど……でも私は星矢ではありませんもの」
「は?」
「ですから、サガは私の双子座なのですよ?」
「……うわ、何それ最低」

あくまでも花の咲くような笑顔でしれっと言い放ってくれた彼女に、思わずぼそりと呟いてしまって我に返る。
さすがに今のは暴言だったか……正直なところアテナの鉄槌よりも彼女の『双子座』の制裁の方が怖い。恐る恐るサガの顔色を伺おうとしてふと気付いた。今の沙織さんは、そりゃあ子供の頃の『沙織お嬢様』とは比較にならない程度ではあるけど、聖戦の時やサガが目覚める前までの頃の慈愛に満ちた微笑を浮かべた彼女とも違う。

ーーいいのか、それで?

二重の意味で肝を冷やしながらちらりとサガを見遣ったけれど、彼は穏やかな微笑を浮かべやわらかな眼差しを俺達に向けるだけ。

幻滅しないのかな、あんたが敬愛する戦女神は実はとんでもない我儘なお嬢様なんですけど、なんて。
そんなことを思ったけど、子供の頃の彼女のことも聖戦の頃の彼女のこともサガは殆ど知らないのだと気付き、ついでにその原因となったのもまたサガだったことを思い出した俺は口を噤むことにした。

「ああもう、分かったよ悪かったよ!沙織さん俺お腹空いた」
「……とても悪かったと思っているようには聞こえないのですけれど」
「思ってるって!そうだサガ、日本に居た頃の沙織さんの話してやるよ」
「ーーいいわ星矢、お茶菓子のクッキーでよかったら召し上がれ」

途端、戦慄するような女神の小宇宙がひとかけら分だけ俺を襲う。余計なことは言うなってか。でも、何処から何処までが余計なのかいまいち分からない。

再びテーブルについたサガは相変わらず俺を穏やかな笑顔で、見ている。
黄金聖闘士であるサガが、さっきの女神の小宇宙に気付いてない訳がないと思うけど、でも彼は気に留める様子が一切ない。
穏やかで、やわらかで……何処か遠い眼差しで。

(ーーあ、れ……?)

遠い眼差しを、俺に……?

「星矢、どうした?」
「あ、ごめん何でもない!あ、そうだ沙織さんの話だったよな?えっと……そうだ、馬!」
「馬?」
「そうなの!私日本に居た頃は乗馬を……」

サガの眼差しが胸に引っかかって、何かざわざわするものに気を取られていた俺のうっかり口をついて出た発言を沙織さんがすかさずフォローする。ああ、やっぱりアレは駄目なのか。まあそのうち誰かが口を滑らせそうな気もするけど。

「アテナは乗馬がご趣味なのですか?」
「ええ、子供の頃はよく」
「……では、聖域で飼育しましょうか?すぐにご用意できるかと思いますが」
「まあ本当に?嬉しいわ、また馬に乗れるのですね!そのうち遠乗りもできるかしら」
「そうですね、その折はお供いたしましょう」

サガはそんなことをさらりと告げた。神様じゃなかったらまるでどっかの王子様みたいな笑顔で。
端正な彼の微笑に思わず見蕩れてしまっている事に気付いた俺は咄嗟に憮然とした表情を作り極力興味なさそうな素振りをしてみせた。

「乗馬ねえ……」
「ああ、星矢にも用意しておこう。好きに乗るといい」
「えっ俺はいいよ!俺あんまり良い思い出ないし……」
「そうなのか?」
「あら、そうだったかしら?」

途端、隣に座る沙織さんの口からとぼけた声がゾッとするような小宇宙と共に俺に発せられた。弾かれるようにして沙織さんの方を見ると、相変わらずニコニコとした笑顔がそこにある。

「……ほ、ほら俺天馬座だからさ、何か馬に悪いっていうか」
「まあ、そんな事を思っていたなんて知りませんでした。星矢は優しいのですね」
「はは……何ていうかさ、仲間意識みたいな?」

我ながら苦しい事を言っていると思いながらも無理矢理沙織さんとの白々しい会話を続けていると、不意にクスクスと可笑しそうな声が聞こえてきた。一瞬目の前の沙織さんと顔を見合わせ声の主に向き直ると、そのひとはそれは楽しげで、そして嬉しそうな顔をして俺達を眺めている。

「……ああアテナ、ご無礼を。貴女と星矢の遣り取りがとてもーー心暖まるものに見受けられました故」
「ーーっ!あのっサガ、私その……」

具体的な事例はともかくとして、俺に叩き付けた小宇宙も含めサガには大方のところを見通されていることを察したらしい沙織さんが些か慌てた様子で何かを言おうとする。
さっきも思ったけどやっぱりというか、黄金聖闘士が目の前で放たれた女神の小宇宙に気付かない訳がない。さすがにちょっと逃げたくなってきた俺の隣で焦る彼女の言葉を遮る形で、不意に優しい低音がやわらかく響いた。

「アテナ、以前も申し上げましたがーーどのような貴女も貴女でございましょう……少なくとも私にとっては」

まるで幼子をあやすような、穏やかで暖かな心に沁みる声音で沙織さんにそう告げたサガはやっぱり神様か、どっかの国の王子様みたいで。
視線を泳がせ沙織さんを横目でちらりと見たら、まあそれはしおらしげな表情でサガを見ていた。凄え……そんな簡単な言葉と微笑みだけであの沙織さんを黙らせるなんて。

それから彼は、やわらかい微笑みを浮かべたまま深く澄んだ瞳で今度は俺を見詰めてくる。

「ありがとう星矢、今日はとてもーー嬉しかった」

見たことのない、ふわふわしたサガの笑顔にどきりと心臓が跳ね上がる。顔が熱くなるのを感じながら何故か目を逸らすことができなくて、俺はただ目の前の、美術館にでも飾られてるんじゃないかって位出来のいい絵画みたいな光景を何も言わず見詰めていた。
まるで昔話に登場する宮殿みたいな、光溢れる部屋の中で優雅に寛ぐきれいな、きれいなひと。

(ーーああ、まただ)

あのとてつもない強さを持つ戦士のものとは思えない、静かで優しい眼差しは何を……誰を見ているんだろう。
俺を映す深く澄んだ不思議な色合いの瞳に、俺の姿は多分ーー存在しない。

(……そっか)

何でだよ、だってみんな居るじゃないか。アイオロスもカノンもアイオリアもムウも……聖域に。サガの傍に。
そう思ってそして気付いた。彼の視線の先の存在を。

(サガが見てるのは、沙織さんだ)

自分から逃れたアテナの、沙織さんの日本での姿を。サガの知らない彼女の幼少期を。

沙織さんが何不自由ない幼少期を過ごせたことは、サガにとってはせめてもの救いなんだろうってことは、分かる。
だけど。

(やめてくれよ、サガ)

膝の上に置いた拳をぐっと握り締めて俺はサガを見詰め返す。俺はここに居るんだって意思を込めて。俺を見てくれと、願いを込めて。

やめてくれ、とは言えなかった。
日本での沙織さんのことを話題にしたのは俺自身だったから。もちろんそれは沙織さんとの軽口の末のことではあったけど、サガが喜んでくれると思ったのも確かだったから。

「サガーー俺、サガに色々教えてほしいんだ」

だから、その代わりに。

「……星矢?いや、教えろと言われても……お前の技のタイプならアイオリアやアイオロスに学んだ方が良いと思うが」
「俺はサガに教えてほしいんだ。技とかじゃなくてもその……勉強とか聖域のこととか!」

不思議そうに、というより困ったように首を傾げたサガに畳み掛けるようにして告げると、彼は納得したのかああ、と呟きふわっとした笑顔を向けてくれた。

「そういうことなら……私で良ければ何時でも来なさい」
「まあ!サガは星矢に甘いんだから……」

降って湧いた横からの沙織さんの声に、俺は勝ち誇った笑顔を作り彼女に向き直る。

だって、いいじゃないか。
俺は女神であるだけでサガの『特別』になれるあんたとは違うんだから。少し位いいじゃないか。

「なあアテナ、あんたの双子座、俺に貸してくれよ」
「……星矢にはかないませんね」
「そう願ってるよ」

俺の気持ちを察したのか、沙織さんは溜息交じりに苦笑して。

「でも、ちゃんと返して貰いますからね。サガは私の双子座ですから」

さらっとそう言って優雅に紅茶を口に運ぶ沙織さんと、何というか居た堪れなさそうな様子のサガを見比べ、もしかしてこれって宣戦布告とかそういうの?なんて思ったけど。

めんどくさそうなことはとりあえず脇に置いといて、早速俺は明日の予定を頭の中で組み立てることにした。










『エデン』
貴方のいる場所こそ、至上の










普段は黄金黄金騒いでますが、星矢好きなんですほんと
ハーデス12宮編ラストの星サガあれはやばかった……
珍しく明るめのほのぼの系を書きたかったのでこんなのを。

ところで、わたしは憑依説推しではないのですが、星矢にはそう見えたんじゃないかなと思ってます。




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サガ沙織(未満)ss『黎明』 サガとムウとアテナ沙織。サガに優しいムウたま。


微かに朝露を孕みひやりとした風が一陣、音もなく聖域を吹き抜ける。

未だ水気の残る己の髪を風の弄ぶに任せ、わたしはゆったりとした足取りで十二宮の石段を一歩一歩踏みしめながら降りてゆく。
普段使いの簡素な法衣でーーそしてわたしがわたしとしてこの石段を降りるのは一体何年振りのことであろうか。

シオン様に成り代わってからの十数年間、教皇の豪者な法衣と仮面を被り幾度となく降りた石段ーーしかし、このように風を感じることも暁前の空のいろを眺めることも、そしてそれを心地好く美しいと思うことも有りはしなかった。

己がこの地上に存在しなかった時期を含めれば十五年以上になるのかーーそんなことを思いながら感慨を以て深い紺青から水晶の如き紫紺、そして燃え盛る焔のような緋へと変わりゆく夜明けの空を眺めながら未だ寝静まった幾つもの宮を横切り、乾いた足音を響かせ石段を下っていけば、やがて視界の片隅に最も下界に近い宮の姿が映し出される。

ああ、そろそろ戻るかと踵を返しわたしは何気なく周囲へと感覚を拡げた。
何かを、誰かを探そうとした訳でもない。ただ聖闘士として、戦士としての癖が無意識にそうさせたのだろうが。

「……おや」

わたしがその存在に気付くと同時に相手も此方に気付いたのであろう、彼方から穏やかな声音が耳朶を打つ。そして一呼吸後にはわたしの眼前に声の主がやわらかな微笑をたたえ佇んでいた。
天翔ける羊の如く、と称される優雅な物腰の青年の姿を正直なところわたしは見知っているものの見慣れてはいない。だが、暁前の光に照らされ東雲のような薄紅に染まりゆくパープルブロンドが、記憶の底の幼い彼の姿を脳裏に思い起こさせた。

昔、丁度今と同じように夜明け時この石段を降りていくと、その先には必ずと言っていいほど牡羊座の小さな少年の東雲色に染まった髪が風に揺れていた。

ああーーこれはあの時の光景の、続きなのか。

「おはようございます、サガ。散歩ですか?」

既視感に息を呑むわたしに向かい、彼は別段驚いた様子もなく柔和な笑顔を浮かべ。

あの頃と同じ言葉を、同じ笑顔を。

「……ああ、おはよう。済まぬ、邪魔をしたか?」
「いいえーーですが些か照れ臭いですね」
「何がだ」
「何と言いますか、懐かしくて」

思いがけぬムウの科白に思わず目を瞠る。彼もまたあの頃の記憶を思い起こしていたのかと驚きが口を突いて出た。

「覚えている、のか」

主語を持たぬわたしの問に、彼は切れ長の大きな瞳を僅かに細め意外な言葉を口にする。

「覚えているも何も。わたしは貴方がこの石段を降りてくるのを毎朝待っていたのですから」

夜明け前の深い青に融けていた貴方の長い髪が、やがて暁の光を受けて浮かび上がるさまがとても好きでした。

そんなことを、こともなげに彼は言う。

「ーー貴方が忽然と姿を消してからも、わたしは毎朝こうして貴方を待っていました」

やわらかな笑顔を崩すことなく、淡々と述べる彼の言葉にーーその内容に息を呑む。
咄嗟に表情を取り繕ってはみたものの、恐らくわたしの一瞬の心の動きは彼に伝わってしまっているだろう。己の過去の所業がもたらした他者への影響に感情を揺らす、わたしにそのような資格などないだろうに。
果たして、彼は微かに首をかしげ困ったように苦笑を洩らした。

「ああサガ、そんな顔をしないで。長い間わたしが見たいと望んできた光景は目の前にある。わたしはいま、とても満足しているのです」
「……済まぬ」

師を奪い、辛く理不尽な日々を強いたわたしが他ならぬ彼に気を遣わせるなどと。
到底許されることではないだろうとの思いを知ってか知らずか、此方を見据えていた双眸がふと荘厳な暁の空へと向けられた。何処か遠い眼差しで空を見上げながら彼はぽつりぽつりと言を紡ぐ。

「ーーわたしから師を奪った貴方を、恨んでいなかったと言えば嘘になります」
「……ああ」
「ですが、貴方はわたしを殺そうとはしなかった。聖域を離れたわたしを、貴方が咎め立てることはありませんでした」

貴方はわたしを、護ってくれたのでしょうーー何時の日にか、聖域に帰還された女神の力となるようにと。

淡々とした口調で謳うように告げる嘗ての幼い少年の、いまや立派に成長を遂げた姿を視界に映したまま当時の己を振り返る。
確かにわたしは待っていたのだろう。彼が彼の師の仇を討ちに、女神を奉じ教皇宮へと乗り込んでくることを。

だが結局それは叶わず、わたしは己が手で己を裁くことしかできなかったが。

紡がれた言葉を否定も肯定もせず、ただ済まぬと呟きを洩らしたわたしに再び向き直ると、彼は穏やかな微笑を湛え。

「ーーあの夜、貴方がシオンに従い聖域に現れ女神の御為にその矜持も魂も投げ打った時点で、わたしが貴方を憎む理由は消え去った。シオンが貴方を赦し認めたのであればわたしには何も言うことはありません」

わたしはシオンに逆らうことはできないのですーーそのように育てられましたから。

苦笑交じりにおどけて肩を竦めてみせる青年の顔を改めて眺め遣り、思わず口を突いて出た言葉といえば。

「……難儀なものだな」
「貴方にだけは言われたくありませんね」
「……」
「まあ、あまり思い詰めない方がいいですよ、女神が哀しまれますから」
「ーーアテナ、が……」

ふと、先日目覚めたわたしの枕辺に立たれたアテナの姿が脳裏に浮かぶ。
記憶に新しい艶やかな微笑み。未だ耳に残るのは不思議な旋律。

彼女は何と仰られたーーあの方は、わたしに何を求めておいでなのか。

「サガ、今日は一日教皇宮に?」
「今日?ああ、そうだがーー」

何らかの思惑でもあるのだろうか、突然降って湧いた脈絡のない質問に我に返り、咄嗟に答えたわたしの言葉に大した感想もない様子で目の前の青年はそうですか、と返してくる。
否ーーどちらかといえば辟易した様子、であろうか。

「そうでしょうねえ、聖戦後漸く黄金聖闘士が揃っての一からの再建ですもんね。全く、このような大切な時にシオンときたら物見遊佐などと……おかげでわたしも今日は一日中聖衣の修復ですよ」

ああ、要するにシオン様に対する愚痴を言いたかったのかと苦笑を洩らし、次いで彼の言葉の裏の意図に気付いたわたしはぶつぶつとぼやく青年に向かい、ありがとうと一言述べた。
そうーーシオン様に逆らえないとしながらも愚痴や文句は平然と述べる彼の、これは紛れもない優しさなのだろう。

「何のことです、サガ?……わたしはそろそろ戻ります。さっさと取り掛からなければ予定分が終わる頃には日付が変わってしまいますので」

解り切っているだろうに素知らぬ様子で、彼は軽く肩を竦め早朝の光を受け淡い紫とも緋ともつかぬ色彩に染まる白羊宮をちらと一瞥し、それからわたしの返答を待つこともなく軽やかに踵を返すと乾いた靴音を鳴らし石段を踏みしめていく。

「サガ、また明日」

遠ざかる後姿を見送るわたしに、彼は一度だけ振り返ると真っ直ぐに伸びる淡い紫銀の髪を億劫そうに払いながらも笑顔を見せる。
それは皆が賞賛する優雅な微笑というよりは、記憶の底に沈む幼い少年のような表情だった。

「……ああ、また明日」
「ええ、この時間にまた……お待ちしております」


(ーーそうだ、あの頃も)

わたしは彼と、今と変わらぬ遣り取りをーー


今度こそ振り返ることもなく白羊宮へと向かう青年の言葉に遠い過去の記憶を重ねながら、わたしは無言のままその後姿をぼんやりと眺めていた。





✳︎





ゆるりとした足取りで来た道を、十二宮の石段を昇ってゆく。

やがて教皇宮を視界に映し出す頃には、暁の緋は淡い金色を経て明度を増し白く烟る空のいろへと変貌を遂げていた。
己の向かう先から吹き抜ける冷ややかで心地よい風に双眸を細め、何となしに住み慣れた白亜の宮殿へと視線を向ければ、淡い煌めきが飛び込んでくる。


虹を見たーーそう思った。


風に煽られ宙にたなびく、早朝の陽射しを受け光を放つ薄紅とも紫銀とも白金ともつかぬ絹糸の如き長い髪。

佇む少女が纏う裾の長い純白のドレスは聖域の空のいろをそのまま落とし込んでいる。

「ーーアテ、ナ」

半ば呆然とした呟きを拾い上げたのだろうか、奇跡のような光彩をその身に纏ったわたしの主は、まるで蕩けるような艶やかな微笑を浮かべその円い唇にわたしの名を乗せ。

「サガ、おはようございます……朝の散歩ですか?おかえりなさい」
「おはようございますーーアテナ、如何なさいました?このような時間に」
「貴方におはようと言いたかったのです」

思わず口を突いて出た問いに、彼女は見蕩れるような笑顔のまま手を伸ばせば届く距離まで歩み寄りこともなげに告げてくるーーこのわたしに会いたかったのだ、と。


(ーーなん、だ……これは)

何かがざわり、と胸の奥に揺さぶりをかける。凪いでいた筈の心が漣立つ。


前触れもない感覚に戸惑いながらも主たる少女の紡ぐ言葉を止められる筈もなく、わたしは己の感覚が如何なるものか究明することを早々に放棄した。
そして主である少女はわたしの胸の内の漣など全く気付く様子もなく屈託のない笑顔で言葉を重ねる。

「明日もまた会いに来ますね?」
「いえ、まさか貴女にそのような……宜しければ明日はわたしが朝のご挨拶に参ります故」
「女神への挨拶なら出仕の時でよいのではなくて?」

彼女の奏でる澄んだ声音がーーその旋律が水滴のようにわたしの心へ波紋を落とし密やかに浸透していく。
それは静かに、だが確実に、己が長く腹の底に封じていた何かを目覚めさせようと働きかけーーそしてわたしにはそれが何であるか分からぬ以上防ぐ手段を持ち合わせてはいなかった。

「わたしが、貴方に会っておはようと言いたかったの……駄目ですか?」
「ーーいえ、その……ありがとうございます」
「朝食、ご一緒してもいいかしら?」
「……はい」

小さくやわらかな彼女の掌がわたしの手にそろりと触れ先を促す。

その暖かなぬくもりと仄かな花の芳香に誘われるまま一歩踏み出したわたしに、艶やかな少女の姿をした主はその姿に似つかわしい咲き誇る大輪の花のような笑顔を浮かべ、告げるのだ。

「明日も」
「はい」
「明後日も、その次の日も」
「……はい」
「ねえサガ、これからはずっとーー」


それは祝詞のように、或いは呪詛のように。


(感情をーー心を動かすことなど、今更このわたしに)



彼女の望みも己の行き先も、この心に確実に残された一滴がーーその波紋が何であるのかも分からぬまま、わたしは地上の奇跡の色彩を纏う少女の手を取り教皇宮の門を潜る。





世界は変わることなく淡々と紡がれ、だが密やかに変わりゆく日々が始まろうとしていた。










『黎明』
やさしいゆめのつづきを。















サガにやさしいせかいをつくるのだ。
ムウたま難易度高くてなかなか進まなかったけど……

タイトルmk5で良くね?と思いながら。




テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

プロフィール

月桜キキ

Author:月桜キキ
月桜キキと申します。
数年振りに二次創作の世界に出戻って参りました。普段はしれっと会社員やってます。

暁のヨナ、聖闘士星矢(無印)を中心に、他ジャンルも時々。
NLBL混在しますのでご注意!

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