スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

サガ沙ss『piece of mind.5』 沙織とアフロディーテ。アフサガアテナみたいな。


眩しい陽射しを浴びて白く輝く大理石のテラスの横でゆったりとした佇まいをみせる大樹が、澄み渡る蒼に向かい歪な波紋を描いている。

白亜の石畳に腰を下ろし、地上の戦女神は優しい亜麻色の枝の先端を彩る翠緑に遮られやわらかく大地に降り注ぐ木洩れ陽に双眸を細めた。
純白のドレスの裾を、まるで繊細なレースのように大樹の枝葉の影が幾重にも影を落としゆらゆらと揺れている。
自然が描くその美しさに、沙織は泣きたくなるのを堪えながら新緑に彩られたアテナ神殿の庭園を見渡した。
視界の先から、軽やかな土の音が聴こえる。
庭弄りなどという行為すら優雅に映る、美の女神の名を冠する青年の姿を遠くに捉えながら、彼女はまた同じことを考える。

(何故、あのひとは私に応えてくれたのだろう)

ーーもう、一週間になるのか。

神殿の中庭で、あのひとは私に誓いをくれた。
手にした自由を放棄し、その生涯を私に差し出してくれた。
いつかきっと、後悔するであろう約束を。

やがて訪れるその時に、あのひとが絶望に染まらないように。絶望に呑まれるのが私でありますように。そう願い、せめてもの祝福を……女神の加護を贈ろうとしたけれど。

結局、それすらも私にはできなかった。

残忍な己の声に突き動かされるまま唇へと落としたキスに、何故あのひとは応えてくれたのだろう。

(そんなこと、分かり切っている)
(私が女神で、あのひとが私の聖闘士だからだ)

私を掻き抱いたあのひとの腕の力も、暖かな体温も。私にくれた貪るようなキスの感触も、全身を震わせた戦慄も。
すべて、私が望んだことなのだろう。

私が欲したから、彼はそれを与えてくれた。多分ーーそれだけのこと。
女神の僕であるあのひとに拒否権はないのだから。

今も尚記憶に残る己の双子座の熱の名残に身体の芯が蕩けそうになるのを感じながら、沙織は小さな溜息を洩らす。
彼女の脳裏に浮かぶのは、互いの身を離した後の呆然とした彼の表情だった。
驚愕と困惑が入り混じり、何処か途方に暮れたような……信じ難いものでも見るような、彼はそんな顔をしていた。

あれから、サガとはあまり会話をしていない。
朝食は一緒に摂るけれど侍従が控えているし、彼の執務で必要なことがあれば顔を合わすけれど、事務的な話だけが淡々と進められる。
昼食や夕食、その後のプライベートな時間を共有することはこの一週間全くない。

それはそうだと思い、彼女の唇から知らず苦笑が洩れた。
今までそれなりの時間をサガと過ごしてきたのは、自分がそのようにしてきたからなのだと改めて思い知る。
そして、彼はそれに合わせてくれていたとすら言えない。彼にとって女神の意思は絶対なのだ。だから求められれば当然の如く応えるーーそういう、ことだ。

(ーー女神の愛を、拒絶した男が?)

途端、降って湧いた己の声を掻き消そうと、沙織はきつく瞼を閉じて懸命にかぶりを振った。










「終わりましたよ、アテナ」

頭上から降ってきた涼やかなテノールに顔を上げた沙織の視線の先に、陽射しを浴びてきらきらと煌めく長いプラチナブロンドを揺らす美貌の青年が佇んでいた。
美の女神の名を冠する彼に相応しい外見の青年のやわらかで艶やかな微笑に、沙織はささくれ立った己のこころが少しだけ凪いでいくのを感じながらふわりと笑顔を返す。

「ありがとうアフロディーテ……とってもきれい」

彼の手によって植えられた、淡いアイボリーの蕾を付けた幾つもの薔薇の苗木を見詰めながら礼を述べる主に向かい、アフロディーテは誇らしげに笑った。

「活けた薔薇も堂々たるものではありますが
、植わった姿もまた違った風情がありましょう?」
「大地に根を張る植物の姿は、生命力に満ち溢れていてーーとても、美しいと思います」

謳うような沙織の言に、眩しげに双眸を細め少女の姿の女神を眺め遣った。

「……サガと、同じことを仰るのですね」

このところの己のこころを占めていた男の名を突然出された彼女は一瞬言葉に詰まる。そして咄嗟にそれを悟られまいと曖昧な笑顔を作り、そうなの?とだけ返した。

「その薔薇……金華山、ですよね?」
「ええ。日本ではそうも呼ぶそうですねーーあのひとも、その名で呼んでおりました」

今度こそ、沙織は驚きに双子座の名を唇に乗せた。何故聖域で育ったあのひとが、この有名なオールドローズをわざわざ和名で呼ぶのだろうか。

「……サガ、が?どうして……」
「あのひとは、日本に纏わることをよく知っておりますよ」
「サガは、日本に興味があるのですか?」

そんなこと、知らない。私はあのひとのことについて知らないことばかりだーーそれは当たり前といえばその通りで、そして仕方のないことなのだけれど。
知っているのは、あのひとのやわらかな笑顔と低く響く優しい声音。眩しいばかりの黄金の小宇宙と流れ落ちる涙の雫。
それからーー暖かな体温と、蕩けるような熱を……少しだけ。

「ーー貴女のおわす国を、あのひとが好まぬ筈ないでしょう?」

色々と見聞を拡げておりましたよ、と懐かしそうに語る青年に、やっぱり知っていたのね、と沙織はぽつりと告げた。

「それはまあ……同時期に日本から候補生が百人、ですからね」

さすがにあからさまですよねと肩を竦めた魚座の青年に、そうですねと沙織は苦笑して。

「あのひとは……日本からの候補生をそれでも平等に扱ってくれたのですよね。だからこそ星矢たちはーー」
「貴女が帰還されることが、あのひとのたったひとつの願いでしたから」

懐かしそうに、大切な思い出を紐解くように……何処か遠い眼差しのまま紡がれたアフロディーテの言葉は、けれども沙織のこころにきりきりと爪を立てる。

私は、神様のくせに。
たったひとつという、あのひとの願いも知らずに。

「金華山ーー日本でも愛されたこの花は、あのひとの好きな花です」

きりきりと痛むこころを抑え視線を落とした主へと、アフロディーテは艶やかな微笑を浮かべそっと告げた。内緒ですよ、と己の唇に指を当てる彼の仕草は思わず目を奪われるには充分な、その名の通り美と性愛を司る女神を思わせ、この上なく魅力的だ。
けれどもそれ以上に彼の言葉の内容が、アイボリーのオールドローズへと沙織の意識を向かわせる。弾かれたように面を上げると、彼女は黄金に纏わる和名を戴く苗木へと視線を移した。

「……あのひと、が」

ーー聖域を維持するため真実を明かすこともできず、きっと拷問のような日々を生き抜いていたのだろうあのひとが、何も知らずに安穏に私が過ごす遠い国で愛されていたこの薔薇を、好きだと言ってくれたのか。

それきり言葉を失い、煌めく緑柱石の如き瞳を見開き食い入るように薔薇の苗を見詰める沙織の様子を、アフロディーテもまたやわらかな眼差しで見詰めていた。

「……サガのことを、お好きですか?」

やがて紡がれた問い掛けを、沙織は不思議な心地で受け止めーーそれから幾度かの瞬きの後、優美に佇む魚座の青年をゆっくりと見上げる。

「それはーー勿論です。サガは私の、大切な双子座です」
「それは重々承知しております。私はその上で貴女にお訊きしているのです」

サガのことを、お好きですか?
もう一度問われ、沙織はその言葉を一旦胸の底に落とし込みーー漸く、その意味を理解した。
何かを口に出そうとして、けれども彼の問い掛けに相応しい返答が探し出せず、俯きながら紡ぎ出した旋律は沈黙の要請。

「アフロディーテ……滅多なことを、言わないでください」

否定しないのだな、と女神の言葉を反芻したアフロディーテは思う。

「何故です?」
「……私は、人の子ではないのです」
「オリンポスの神々は往々にして人間と恋をなさるものと認識しておりますが」

いともあっさりと沈黙を破ってくれた魚座の青年に、沙織は少しばかりの非難のいろを宿した瞳を向ける。名は体を表す、とはよく言ったものだが彼の名はその外見ばかりを示すものではないらしい。彼女の脳裏をぼんやりと、蠱惑的な美しさを誇る女神の姿が過り、やがて霞の如く消えていった。

「ーー神に恋情を向けられた人間の末路が、しあわせであると私には思えません」
「それは外側からの評価でしょうに」
「それはーーそう、かも知れませんが……」

戯けたように肩を竦めてみせるアフロディーテの言葉に、沙織はまたも返答に詰まる。居た堪れない、といった風情で燦然と輝く陽射しを受けて煌めくエーゲ海の水面のようないろの彼の双眸から視線を逸らし、俯いた後やがてぽつりと告げた。

「私は、地上の人々すべてに愛を向ける立場なのですーーそれを、そのような」

消え入るような沙織の声音に、紡ぎ出された旋律に、そういうことかとアフロディーテは胸の内で頷いてみせる。
この方は自らの存在理由に縛られておられる。それがすべてとも思えないが、躊躇いの理由のひとつではあるのだろう。

「ーー今更?」

たった一言、静かに向けられた問いは沙織の胸を抉るには充分だった。
弾かれたように顔を上げ見詰めたアフロディーテの表情は変わらず穏やかなままで、だが美しく弧を描く口の端が、女神のこころを凍り付かせる。
嘲笑だ、と思った。
今更?そう、今更だ。ずっとサガの傍近く控え、サガを見てきたアフロディーテの立場からすれば当然そのように感じるだろう。

(あのひとを、救いもしなかった女が)

脳裏に響く声は自分のものだろうか、それとも目の前の男のものだろうかーー何処かぼんやりとその声を聴きながら己の魚座を瞳に映す戦女神へと、淡々としながらも追い詰めるかの如く問いは重ねられる。

「今更、貴女がそれを仰るのですか?」
「……今更であっても、です」

痛むこころを抑えながら絞り出した言葉を嘲笑うようにアフロディーテが眉を上げるーー否、実際嘲笑っているのだろうと彼女は思った。
次に告げられるのは侮蔑の言葉だろうか……傷付いた顔を、私は見せないでいられるだろうか。
きゅっと口を引き結び麗人の断罪を待つ戦女神の、耳朶を打つのは意外な内容だった。

「私は貴女の愛が平等ではないということを知っております。平等でないからこそ貴女は我々聖闘士に万人には与えられぬ恩恵を与えてくださる。そして、貴女は殊に星矢たち五人の青銅聖闘士に特別な思いを向けておられる」
「……特別……」
「そうでありましょう?ですがそれに不満を抱いたり増してや咎めようなどとは我々は夢にも思っておりません。彼らは貴女を信じ、共に闘い、聖戦に勝利したーーその功績による特別な寵と恩恵に誰が異を唱えられましょう」

思わず聴き惚れてしまうようなアフロディーテの声音に、けれども沙織は小さく首を傾げた。
特別ーーそうだろうか。そう言われればそうかも知れない。私は彼らを大切な仲間だと思っているし、殊更しあわせでいてほしいと思っている。そのために自分にできることがあるなら何だってするつもりだ。
でもそれは彼らとの間に築いてきた絆故のものであって、贔屓だとか優遇だとかとは違うような気がする。

「……同じことですよ、アテナ」
「同じ?」

鸚鵡返しに問い返す沙織へと、アフロディーテは穏やかに微笑む。

「貴女は、その愛をサガに向けることはしなかった」
「ーーっ!」

余りにもストレートな物言いに表情を強ばらせ息を呑んだ沙織の様子を伺い、すみませんと苦笑したアフロディーテはこう続けた。

「ああ……別に責めているのではありません。それにーー失礼な言い方ではありますが、拒まれた、というのが正しいのでしょう?」
「……」
「サガは貴女に対し己への愛も救済も、断罪すら望んでいなかった。だから彼は貴女の手を振り払った」

そこで一旦言葉を切り、アフロディーテは沙織に視線を合わせその瞳を覗き込んだ。美しくたおやかなその身に眩いばかりの小宇宙を宿しながら、緑柱石の如き女神の双眸は迷いと躊躇いと、そして戸惑いに揺れている。そのさまを、美の女神の名を冠する青年はとても美しいと……愛おしいと思うけれど。

(あのひとは、そうは思わないだろう)

ふ、と嘆息した青年は再び言を紡ぎ出す。己が認めた、賞賛に値するものを敢えて変えてしまうというのは奇妙な心地だと感じながら。

「それを望まぬ者に与えようとしたところで何になりましょう。今更そのようなことで思い悩むなど無意味だとは思いませんか?」

あくまでも穏やかに紡がれるアフロディーテの問い掛けが沙織の肩をぴくりと震わせた。彼の言葉は何処までも容赦なくて、そして正論だ。諦めなければいつか、などという綺麗な言い方で片付けてしまえるほど単純なものでも小さいことでもない。あのひとが自分を放逐した後聖域で過ごした十三年間はそんなに軽いものではないーーきっと彼はそれが言いたいのだ。そんな風に沙織は彼の言葉を受け止めた。

「そんなことに拘って互いに疲弊するくらいなら、貴女にはあのひとの望みをーー求めるものを与えて差し上げていただきたい」
「ーーあのひとの、望み」

アフロディーテの言葉をぽつりと反芻し、沙織はふと思いを巡らせた。サガの望み、願い。それは地上世界の安寧と人々の笑顔。それから。

あのひとは、私のしあわせを願ってくれた。

「……あのひとを、苦しめるだけです」
「それを決めるのは貴女ではなくあのひとだ」
「私は女神です。あのひとの願いを叶えるには……私は女神でなくてはならないのです」

最後は消え入るような幽かな旋律だった。彼女の声にアフロディーテが目を瞠る。
ああ、そうなのか。今の貴女の在り様を、その憂いを形作るのは……結局。

「おかしなことを仰る。貴女はその魂がこの世に存在して以来、常にアテナであらせられた筈。それが天界であれ地上であれ、貴女が女神であることに変わりはないーーそうではありませんか?」

先程植えたレディ・ヒリンドン……金華山と呼ばれるオールドローズの、淡いアイボリーの蕾をちらりと一瞥し、アフロディーテは問を重ねた。願わくばこの薔薇を辛い思いで視界に映してほしくはない。女神にも……あのひとにも。
かつて日本に渡り人々を魅了したであろう淡い黄金の薔薇。恐らくあのひとにとって金華山はアテナを介した日本との縁ではなくアテナそのものだ。そして、それを知ったアテナもまたこの苗木を目にする度ーー否、それが時折であれあのひとを思い出すだろう。

私の育てる薔薇に、哀しみを映し出してなどほしくはないのだ。そんなものは、この花に相応しくはない。

「……それは、どういう意味です」
「そのままの意味です。貴女がどのようなお考えでどのように振舞おうと、我々にとってそれはアテナのお姿に他ならない」
「また、滅多なことを……」
「貴女という存在に課せられた地上世界の守護を放棄なさるとでも仰らない限り、滅多なことなどございますまい」

艶やかに微笑む魚座の青年の考え方を沙織は羨ましいと少し思う。こんな風に冷静に物事を見詰めカテゴライズし取捨選択できたらと。

(ーー得意だった筈でしょうに)

戦いにおいて重要な考え方である冷静な状況判断と割り切り。感傷に呑まれることのない鉄の意志。それはアテナとして当然持ち合わせているものの筈だというのに。

「それは……貴方の捉え方でしょう?あのひとは……」
「それこそサガが、アテナのお振る舞いに異を唱えるなどとは思えませんが」
「ーーそれは……」

一瞬言葉を詰まらせた沙織は、躊躇いがちに緑柱石の双眸を周囲へと泳がせた。視線に合わせ流れる景色の片隅に、アフロディーテの植えた薔薇の苗木が映し出される。

目を奪われ、沙織は瞬きもせずにその場に立ち尽くした。
そのアイボリーの蕾は、午後の陽射しを浴び淡いシャンパンゴールドの煌めきを放っていた。

(あのひとの、小宇宙のいろだ)

ーーああ、目眩がする。

「……あのひとは私が望めば……求めれば応えてくれます。でもそれは、私がアテナだからです」

金華山の蕾を見詰めながら絞り出すように告げられた女神の言を、だがアフロディーテは首を傾げ肩を竦めると可笑しそうにくつりと喉を鳴らす。

「ーーでは、貴女がアテナでなかったら?」
「きっとこんな小娘、見向きもされません」
「はは、仰る通りだ」

一切の気休めも躊躇いもなく、明快に肯定する魚座の青年の美貌を、さすがに呆気に取られた沙織はまじまじと見遣る。
歯に衣着せぬ、といえば聞こえがいいだろうか。だが、神だの人間だの以前に到底主に向ける言葉ではないだろうそれを、驚きはしても不快には思わなかった。
己を見詰める女神の視線を気に留める様子もなく、アフロディーテは肩を竦めやれやれ、とでも言わんばかりに苦笑を洩らす。

「よかったではないですか。だって貴女はアテナなのですから。アテナというのは役職や立場ではなく貴女という存在の呼称であり、貴女以外の存在がアテナであることはない……それは貴女が一番ご存知でしょう?」
「……」
「そしてあのひとは、アテナでない娘になど見向きもしない。貴女とあのひととのゲームは初めから貴女の勝ちと決まっているーーご自分でもお分かりでいらっしゃるではないですか」

やはり名は体を表すのか、かの女神の本質を表すかの如く彼が例えるゲームという単語、それ以上に彼が何を言いたいのかということを否が応にも理解した沙織はさすがに険しい表情で言葉の主を睨み付けた。

「アフロディーテ!よりによってゲームだなどと……それに、滅多なことは言わないでくださいと先程も……」
「ああ、それは失礼ーーまあ私としてはどちらでもいいのですが」

ーー否定はしないが肯定もしない、か。
だがそれでは困るのだ。女神の迷いや躊躇いは、あのひとを壊してしまう。

ならば、と軽く息をついたアフロディーテは、自らが持ち込んだアイボリーの花の苗をちらと一瞥し、それから改めて類稀な美少女のかたちをした己が主神を真っ直ぐに見詰めた。

「アテナ、サガの友人としてひとつだけお願いしたいことがございます」
「……はい」

居住いを正してみせたアフロディーテの、やわらかでいながら真摯な声音に沙織もまた表情を改め、煌めく緑柱石の瞳で彼を見詰め返す。

ざわり、と一陣の風が十二宮を吹き抜け神殿横の庭園の新緑を揺らす。沙織の長い絹糸の如き髪と純白のドレスの裾も、緩やかに波打つアフロディーテのプラチナブロンドも同じリズムで風に撫ぜられ、ふわりと宙を舞いーーそれは玉響の、夢のような光景だった。

(美しいな)

アフロディーテは単純にそう思う。恐らく己と目の前の少女は対極のかたちで同じ存在にこころを向けている。不思議な位あのひとへの思いのかたちは対照的なのに、思いの強さはそれ程変わらないだろう。見事なまでのシンメトリーだ。そして今、すべてが異なる自分と少女が同じリズムでこの庭園の風景に溶け込んでいる。

(あのひとに、見せてあげたい位見事だな)

僅かに目を細め、アフロディーテは穏やかな声音をそのくちびるに乗せた。

「貴女のあのひとへの思いが女神から人間に向けるものであれ、女が男に向けるものであれ、どうか迷いのなきよう」
「……迷い……」
「あのひとは、常に貴女にとっての最善を選択する人です。恐らく貴女の迷いは貴女にとってのマイナスと考えるでしょう。貴女が中途半端に彼に向き合い、迷い、躊躇われることであのひとは自らを排除する方向へと進んでしまう」

お分かりですね?と問われ、けれども沙織は頷くこともできぬまま双眸を見開いた。あくまでもやわらかな魚座の青年の艶のあるテノールが普段の心地好さではなく、錆び付いた冷たい金属の如くざらざらと彼女のこころに未だ残る爪痕を撫ぜる。

沙織の全身に蘇るのは、かつて腕に抱いた、救えなかった男の身体に残された温度。掌から砂のようにさらさらと零れ落ちる、己の双子座のいのちの欠片。
あのときの喪失感と無力感を、彼女はまざまざと思い出していた。

(ーーやめて)
(もうやめて。私を……たすけて)

脳裏に響く己の声に弾かれたように、全身を支配するあのときの感覚を無理矢理追い払うと、彼女は真昼の太陽の下で煌めく透明な水のいろを宿したアフロディーテの瞳を見上げた。

サガを友人と言ったこのひとは、とても穏やかでーーきれいな眼差しで。奇跡のような彼の美貌は、やわらかな微笑で彩られている。

「……アフロディーテ」

それは何処までも優美で、けれども少し寂しげで……胸が、締め付けられる。

「貴方はあのひとを、愛しているのですね」
「はい。一番大事なひとです」

沙織の言葉に、アフロディーテはふわりとした……だが悪戯めいた表情でちいさく笑い。

「でも、この思いに欲はないのですよ……不思議なものですね」
「不思議?」
「ええ。どちらかといえばこれは貴女の領分でしょう」

アフロディーテの名に、相応しくはありませんね。


そう言って、美と愛欲の女神の名を持つ青年はくすくすと笑ってみせた。















アフサガめっちゃすきです。
別にBLな感じじゃなくてね……



スポンサーサイト

テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

月桜キキ

Author:月桜キキ
月桜キキと申します。
数年振りに二次創作の世界に出戻って参りました。普段はしれっと会社員やってます。

暁のヨナ、聖闘士星矢(無印)を中心に、他ジャンルも時々。
NLBL混在しますのでご注意!

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。