スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ハクヨナss『玉響』 原作一年後位。ピロートーク的な。

力を失い崩れ落ちる華奢な肢体を両腕で抱き止め、そのまま己の懐へと納めた。

肌を通し直接伝わるやわらかなぬくもりに、ふと詮無き事を考えて苦笑する。彼女の定位置がこの場所であればいいなどと、一瞬でも希んだ自分は何と欲深くなったものだろう。
足るを知る。この言葉を肝に銘じろと己に言い聞かせ、ああこの作業を俺は一体何度繰り返してきたのかとまた苦笑が洩れた。

乱れた呼吸を落ち着かせながら、寝台奥の格子戸から覗く夜闇へと視線を向けた。
心地良い夜だ。暑くも寒くもない。吹き荒れる風もなく、それでいて空気が淀んでいる訳でもない。穏やかな、と表現するのが妥当だろうか。

腕の中に納めたぬくもりが微かに身動ぎするのを感じ、外へと向けた視線を戻す。暗闇に覆われた視界に鮮烈に飛び込んでくるのは、見慣れた紅。
しっとりと上気した素肌には、幾ら穏やかといえど夜の空気は悪かろう。彼女を起こさぬよう最小限の動作で上掛けを引き寄せ白い背中に被せると、再び格子戸の外へ意識を向けた。

こんな夜は、あの方を思い出す。
穏やかに只佇み、黎明の刻を待つ。まるであの方の如き夜だ。

(陛下、貴方はどんな夜明けを待っておられた?)

武器を厭い戦を禁じたあの方は、臆病者との誹りを笑顔で躱しながら。

(だが貴方は、俺を懐へと引き入れた。貴方の望む夜明けは、果たして貴方の娘が切り拓くこの未来だったのだろうか?)

きっと陛下は予想しておられたのだろう。甥の裏切りも、結果愛娘が辛酸を舐めるであろう事も。
その際には娘が絶望から這い上がる為の力で在れと、陛下は俺に求めたのだろう。

(貴方は『雷獣』の使い途を良く存じていらっしゃった)

高華の『雷獣』を有事の際には最前線となるだろう国境地帯に配置せず、空の部族が治安維持する比較的安定した中央に留める事。
風の部族の後継者を、将来国母となる王女の専属護衛とした事。結果、俺が王城を自由に闊歩していた事。
更には、歳の近い王女との関係やその憶測から発展する風の部族と他部族との力関係の変化への懸念。

その他諸々、陛下が下した俺の処遇への反発や意見はかなりのものだった。各方面からの苦情への応酬として、求められたのは純然たる結果。

(お陰様で、俺はかなり面倒だったけどな)

『雷獣』を中央に配置し、更には王の近衛兵や王城の直属部隊を指揮させる事で、部隊や兵の士気は上がり戦力増強に繋がった。また、『雷獣』の存在は所謂抑止力として賊や敵対者の侵入を躊躇させ、空都の治安は一層向上した。
また、高華一の武人を贅沢にも専属護衛とする事で、ヨナ姫の『将来の国母』としての地位は安定し、五部族会議で度々議題に上がる次期王の推挙に風の部族が一貫してスウォンを推した事で、個人的な関係性はともかくとして部族としての王権奪取の意図は否定された。

(ってか、あいつらホント腐り切ってたもんな)

五部族の総意として、次期王へはスウォンを推挙する方向で概ね決定していた。それぞれが各々の身内を推してくるかと思いきや、この件に関しては案外あっけなく纏まった。まあ確かに后ではなく王の推挙だ。将軍家といえどそう簡単に立候補出来るものではない。五部族の力関係の維持の為にも次期王には空の部族の者を立て、即位後は各部族から側室だか妾だかを競って送り込む算段という訳だった。
それを阿呆らしいと一蹴した俺に、下賤な笑みを向けてくれやがった野郎はどいつだったか。

『流石幼馴染にして専属護衛、雷獣殿は己の部族の繁栄よりも姫君をお選びになるか。まあそう気に病まずとも次期王と婚姻を結び、後継を産めば姫君も用済み。その後は雷獣殿がお寂しい哀れな后の夜伽でもして差し上げれば良かろう』

只の言葉の羅列に対し怒りで身体が震え、視界が正に朱く染まる経験など、真っ当な暮らしの中ではなかなか出来るものではない。宮中における奸計だの謀略だの派閥争いだのといった面倒事は或る程度予想していたし実際目に耳に触れもした。自分を敵視する者が少なからず存在する事も理解していた。だが、自分はともかくとして王の娘、それも次々代の王の母となる筈の娘に対しこうも侮辱的且つ下賤な発言を堂々とするものかという或る意味感嘆にも似た驚きが、湧き上がる怒りの中で冷静さを取り戻させていた。
幾ら次期部族長とはいえ、十八歳にも満たない子供に向ける言葉としては余りにもな内容に、王女に対する不敬罪とでも称して斬り刻んでやりたかったが、怒りに任せて太刀を振るうに価せずという相手への軽蔑に帰依する冷静な判断と共に、そうもいかない複雑な大人の事情というのもまた、背負うものの多い我が身には重過ぎる枷となり結局は侮蔑の眼差しを向けるに止めざるを得なかった。

(あいつも大変だろうにな。まあ頑張ってるみたいだが)

ふと、姫さんを連れ風牙の都を出奔する際に部族長の任を押し付けた弟分の顔を思い出す。俺より更に面倒事が嫌いな、だが飄々とした強かな奴だった。あいつの場合、護るべきものが風の部族内に集中している分色々割り切り易いだろうが。

(罷り間違って、空都に大事なモンでも抱え込まない限り、な)

思わず自嘲めいた笑みが浮かぶ。大仰に溜息を洩らし己の抱え込んだ“大事なモン”へと視線を落とせば、まるで呼応するかのように薄闇に融けた紅がふわりと揺れた。

嘗て程ではないにしろ、嘗てを彷彿させる程度には伸びた彼女の紅の髪は、だが嘗てとは異なり毛先に傷みが目立つ。戯れに指先で彼女の肩を隠す髪を払えば、白く浮かび上がるか細い背中に一筋の薄紅が歪な弧を描いていた。

「あんた、酷い女になったよな」

僅かに硬さの残る薄紅を指先で辿りながら声に出して呟いてみる。それから一旦間を開け、ああ、昔からかと独りごちた。

昔からこのひとは酷い女だった。
無邪気な笑顔と天真爛漫な振舞いで俺を捕えておいて、それを悟られまいと腹の底に仕舞い込んだ俺に対し残酷にも隠した心を引き摺り出せと言わんばかりの凶悪な笑顔を向けて。
身も心も全て優しい従兄のものなのだと、決してお前にはやらないと暗に宣言しながらも、お前は常に傍にと俺を求めたあんたと。

心を、身体を重ねても、決して全てを委ねてはくれずに。
背中の痕も、腕や手指に刻まれた細かい創傷も、恥じるどころかまるで勲章の如く誇らしげに、これは総て軌跡なのだと語る。
護れなかったのだと、俺の責任だと、高華一と謳われた『雷獣』としての自惚れすら赦さずにそれでも。
それでも傍にと。否、傍に侍るのではなく隣に在れと俺を希むあんたと。

形は違えど、あんたは昔も今も酷い女だ。
そんな女に囚われ溺れ切っている俺は何なのかとか、思わないでもねえけどな。

(陛下、貴方はご存知だったのでしょうね。俺の気持ちなど、全て)

俺の、裏表の無い処が気に入っていると仰った貴方は。
スウォンの為、姫さんの為ーー高華国の為に更なる力と知識を得ようとしていた事。それから、仕舞い込み蓋をした俺の心。
恐らく全てを承知の上で、俺を娘の傍らにと。

「父娘揃って、ホント酷ぇわ」

溜息交じりにぽつりと呟き、小さく笑いながら瞑目する。姫さんの専属護衛として俺が登城してからもう四年以上経つのか。いとも容易く脳裏に浮かぶ件の父娘の嘗ての煌びやかな姿。共に王城で過ごした日々。この記憶はきっとこれから先も色褪せる事はないのだろう。

(色々と面倒でしたが、確かに有意義な日々でしたよ。あの日々のお陰で姫さんも俺も、今も生きてる)

城内で、俺は概ね全ての施設への出入りが自由だった。勿論、国家の機密に関わる書簡等が安置された格納庫や宝物庫等、許可が必要な施設もあったが、あからさまに立入を禁じられた事はない。王族でもないのにこの破格な待遇は権力に近い者達に波風を立たせ、結果向けられた矛先への諸々の対応が面倒ではあったが、反面本来ならば閲覧不可能だったろう王家の書蔵庫の貴重な書物が読み放題というのは有難い事この上なかった。古から伝わる蔵書は勿論、書物好きな陛下が収集した国内外の学問書は魅力的で、役得と言わんばかりに読み漁った。兵法、政治経済基礎医学を中心になるべく実践的な書物を優先したためか、結果あの時叩き込んだ知識や雑学が窮地を撥ね除ける力となった。

(そうやって貴方は俺に知識を与え、娘が生き抜く糧とした。それどころか)

書物や学問を好んだ国王の一人娘であるところのヨナ姫は何故か、琴や舞、香道といった教養と、貴族の子女が受ける一般的な学問以外、特別な教育を受けていなかった。よって、所謂王族の女性が身に付ける伝統的な思想やら古から伝わる帝王学的な思考であるとかは彼女の辞書に一切存在しない。
また、姫さんには友人と呼べる同年代の貴族の娘も腹心の侍女も居なかった。勿論、王女付きの女官は何人も存在したが、皆彼女と一定の距離を保ち、呼ばれなければ私室に控える事もない。それでいて俺は昼夜問わず姫さんの私室に出入り自由だ。一国の王女がそれでいいのかと甚だ疑問だったが、陛下を筆頭に誰も何も言わない。そもそもあんたは何も思わないのかと姫さんに尋ねれば『ハクが居るから大丈夫よ』とのご返答。ホント信用されてんなー俺。ってか何やら虚しさを感じるがそれも覚悟の上。折角なんで、というか四六時中傍に居る為半ば必然的に、俺は己が得たモノを姫さんに伝えていく事にした。
この無知な王女に為政者としての心得だけでも。それが将来高華国を統べる二人の為になるだろうと。
知識欲は人並だが好奇心旺盛で負けず嫌い。素直だが勝気な我儘娘。把握し尽くした彼女の基本的性質と幼馴染の気安さを最大限活用し、俺は姫さんと言葉遊びを始めた。別に知識そのものを与えたかった訳ではない。そんなものは俺が担えばいいのだ。
伝えたいのは国を統べる者の理想と理念。だから日常会話の中で、夜伽噺を通して、或いは雑言の応酬の合間に。

好意的に解釈すれば余計な書き込みが為されていない彼女の頭脳は、俺の言葉を面白い位に吸収していった。正に打てば響く。凝り固まった既成概念もなく、偏った思想が植え付けられてもいない。だからこそ容易く情報が蓄積されていく。
これは姫さんの為なのだ、用済みの哀れな后と誰にも言わせぬ為なのだと自分自身に言い聞かせながらも、彼女を己の思想に染め上げている事実は快感に他ならない。
そしてこれで満足だと、素直にそう思った。

足るを知る。この言葉が胸に上手く納まったのはこの時期だったか。

(あんたの思想は俺が創った、なんて自己満足に浸ってたら何時の間にかあんたは俺を追越して行っちまったけどな)

姫さんの緊急避難措置としてはこれが陛下の最善策だったのかも知れない。だが、他に方法はなかったのだろうか。
俺はどうすべきだったのだろう。陛下は何故あいつを認めなかったのか。何故、あいつは待てなかった。何故。

何故、あいつはーー

結局、俺の思考は此処に行き着くのだ。途端に去来する後悔の念。全身を這い回るざらつく不快感。


駄目だ、呑まれる。



「……ん……」

途端、間近から響く聴き慣れた、だがやけに甘ったるい声音。ああ、このひとはこうしてまた俺を呼び戻す。
半身を起こし、至近距離から見上げてくる幼子の如きあどけない表情に泣きたくなるような、堪らない愛おしさを感じふわりと華奢な身体を抱き締めた。

「ハク……どうしたの?」
「……いや、何でもねえ、です」
「ハク」

囁くように俺の名を呼ぶ声音が、有無を言わせぬ響きを宿すのを感じ俺は内心舌を打った。このひとは普段鈍い癖に妙な処で鋭い。

「本当に、何でも……。処で姫さんは大丈夫ですか?無理、させちまいましたね、すみません」
「……っ!っ別に大丈夫よっ!」

予想外の切り返しだったのだろう。不意に自分の置かれた状況を把握したらしい彼女は俺の腕の中で身を縮め慌てふためいた様子で喚く。

「そうよ!無理なんて……って、誤魔化さないで答えなさい!」
「ほー……大丈夫なんすか。じゃ、続き、いいですか」
「ちょっ……ハク!」

姫さんの問いを敢えて流し、背中に廻した掌で白い素肌にそっと触れ指先を這わせる。それを通して伝わる温度と華奢な肢体がぴくりと跳ねる感覚それから肩先に感じる、声を押し殺しながらも洩らされる彼女の吐息は、確かに俺の中で燻る微熱を身体の隅々まで伝播させた。

女は繊細な楽器であるなどと先人達は上手い事言ったもんだが、只々俺は今、このひとの奏でる音を聴きたいと願う。
麻薬のような甘露のようなあんたの啼き声をどうか俺に。あんた以外の一切合切どうでもいいと、そう思える程に。

背に廻した指先を腰へと這わせ、細い身体の線を辿りながら彼女の熱を呼び覚ましていく。決して声を出すまいと唇を咬み抵抗する様はそれはそれで風情があり、嗜虐心にも似た昏い欲を湧き上がらせる。
だが俺が今欲しいのは、そういったものじゃない。

白い素肌を這わせていた指先を彼女の身体の奥深く沈めると、堪え切れなくなったのか甲高い小さな叫びがひとつ。

「い……や、っ!」
「嫌、じゃねえだろうが……」

耳元で囁きを、挑むように告げる。だがこれは懇願だ。あの例えようもないざらつく不快感から救って欲しいと、只俺の名を呼んで欲しいと願うだけの。

けれどやはりこのひとは。

「ハク!お前は……っ!」

叫び様、精一杯の力で身を捩り顔を上げ俺を睨み付ける姫さんの瞳には糾弾の光が有り有りと浮かんでいた。

「お前は……っ、そんな辛そうな顔をして私を抱くというの?そんなの赦さない!何がお前にそんな顔をさせているの?答えて!」

総ての存在を射抜くような、燃やし尽くすような眼差しで問い詰めてくるこのひとは、決して流されてなどくれずに。

「ーー姫さん……」
「答えなさい……ハク!答えないなら今すぐ退きなさい!」

灯りのない部屋の中で宵闇より尚深い紫紺の光を湛えた双眸が、揺るぎない意志を宿し俺に向かう。まるで燃え盛る焰のようだと、真っ向から対峙しているにも拘らず一瞬、馬鹿みてぇに見蕩れた。此処が戦場なら確実に死んでるわ、俺。

素直で勝気で我儘で、頑固。ああそうだった。このひとはこういう場面で、少なくとも俺に対しては決して引かない。
あの夜から歳を重ね、経験を積み世界を見渡し、随分変わったかと思いきや本質は何も変わらずに。

(ホント、勝てねえわ)

彼女の素質がそうさせるのか、長い時間を掛けて培ってきた主と従者という関係性の所為か、所謂惚れた弱味というやつかーー恐らくその全てであろうと結論付けて、俺は彼女から少しだけ身を離し息をついた。

そして気付く。全身を這い廻り不快感を撒き散らしていた毒が、綺麗さっぱり消えている。

「ーーーはっ!」

阿呆らしくて、思わず口元が綻んだ。

あんたの、俺を求める声が欲しかった。何よりも俺をこの世界に繋ぎ止める、甘い叫びを聴きたかった。それだけが、沼地に引き摺り込まれるような感覚から俺を掬い上げてくれるのだと。

なのに、これだ。実際は何でも良かったのだ。あんたの言葉なら、何だって。

「ハク……?」

唐突に変化した俺の態度に戸惑っているのか、不信感丸出しといった表情で俺を見上げる姫さんの瞳からは先程までの苛烈な光が消え失せ、代わりに所在無さそうな、不安げな色が宿っていた。
この表情を作らせたのは間違い無く俺で、今の流れは姫さんにとっちゃ晴天の霹靂だろう。
第一、客観的に見てこれはどうだ。誰よりも愛しく何よりも大切だと、世界の中心に定めている女を。しかも今迄自分が抱いていた女を勝手に崩した己の精神の安寧の為に利用しようとした挙句不安に陥れた、などと。

途端、途方も無い後悔と自責の念が襲ってくる。本当に何を、やってんだよ俺は!

「大丈夫、なのね?ハク」
「……はい」
「ーー答えたく、ない?」


不信と不安が綯い交ぜになったような眼差しで、重ねて問い掛けてくる姫さんの波打つ紅い髪を、俺はゆっくりとかぶりを振りながら指先で梳いていく。それから掌で彼女の頭をポンポンと軽く叩いた。
姫さんは今度は何も言わずされるがままだ。何時もなら子供扱いしないでと怒るのに。
すみません、と一言置いて俺は格子戸の外へと視線を泳がせた。相変わらず穏やかな夜の世界が其処に拡がっている。

「昔の事を、思い出していました」
「……うん」
「ーー陛下の事を」
「そう……」

淡々と言葉を紡ぐ俺に、彼女もまた、淡々と。

「……陛下には、沢山の経験をさせて頂きました。王族にも劣らぬ待遇を頂きましたし、一部族長では到底入手不可能な貴重な書物で、気の済むまで勉強させても頂きました」
「書物、きっとユンが羨ましがるわね」

ふわりと笑う姫さんにつられるように、ふと笑みが溢れた。こうして共に笑い合う事が自然でごく当たり前だった頃の映像が一瞬脳裏を過る。

「ーー陛下には、本当に感謝しています」

あんたが今無事に生きているのも、こうして俺の隣に居てくれるのも全て、城で手に入れた知識と経験が無ければ叶わなかっただろう。

「……父上は、ハクの事が大好きだったのよ」

懐かしい父の姿を思い出しているのだろう、少し寂し気な微笑みを浮かべながら姫さんは俺に告げた。

「父上には私しか居なかったから……ハクの事、息子のように思っていたのかも知れないわね」

淡々と、何でもない事のように。

(ーー息子、ね……)

「……時々、考えるんです。こんな事になるならあん時、立候補すりゃ良かったんじゃないかってね」

初めて声に出した後悔。城に居た頃も、城を追われてからも思い付く事すらなかったが、時が過ぎ姫さんの隣を赦されてから、時折新たな悔いが胸を過る。

幾らでも機会は有った。陛下との歓談など日常茶飯事だったし、そもそも五部族会議に最も上った議題の一つではなかったか。
陛下や他部族の承認が得られるかは疑問だが、それでも何か、変わったのではないだろうか。
あいつにも、何か違う選択肢が生まれたのではないのか。例えそれが俺との対立であったとしても。

「りっこう、ほ」

初めて耳にするだろう俺の言葉を、姫さんは呆気に取られた様子で繰り返す。彼女の反応は恐らく余り宜しくないだろう。哀しいかな、あの頃の姫さんなら俺にどういった雑言を浴びせてくるのか容易に想像出来てしまう。だがそれを今の彼女に語るのも馬鹿馬鹿しく、俺は黙って苦笑するに止めた。

(私には心に決めた人が居るのに!何でよりによってお前なんかと!とか泣き喚くんでしょーよどうせ。下手すりゃ城を出るとか言いかねん)

流石にそれは心が折れそうだと、これ以上の想像を早々に放棄し何故か途方に暮れた様子の姫さんの、冷え切ってしまっただろう両肩に何時の間にか彼女の背中から滑り落ちた上掛けを羽織らせると、軽く肩を竦めてみせた。

「詮無き事、です」
「……うん」
「第一、陛下が認めて下さるとも思えない。ですが、もしもそれで何かが変わるならーーあんたと陛下が平穏に生き続けられた未来もあったかも知れないと」

もしも、あいつが欲したものが王位そのものでないのなら。
否、例えあいつに殺されるのが俺になったとしても。

せめて、あんた達は。

(その為なら伏礼だろうが土下座だろうが、何だってしましたよ……陛下)

あの日々の何処かで俺が、貴方の息子で在りたいと、そう願えば良かったのかーー

「ハク……父上は、お前を大事に思っていたわ。だから、きっとお前を犠牲にはーー」

ぽつりぽつりと。王の一族には危険が伴うとの陛下のお言葉を思い返しているのだろうかーーもしかしたら母君を想っているのか。姫さんは哀しそうに、そして懐かしそうに笑いながら。
それから少し逡巡するように視線を泳がせ、俺へと。だがその瞳は伏目がちで、何時もみてえに真っ直ぐ俺を見据えてくる事は無い。

「ーーでも、そうね……お前は強いから、それも良かったのかも、知れない」

何かを言い淀んでいる風な彼女は、一呼吸置いて少し困ったような、それでも戯けた笑顔を浮かべ。

「でも、少なくとも私は阿呆なまま王妃になるなんて、嫌だわ」
「……それでも、です。大体そんなもんは俺が背負えばいい事だ」

それでも。
それでも、何も識らないままでも、あんたには無邪気に笑っていて欲しかった。
後世の評価がどうであろうとも、陛下には穏やかな時を過ごして欲しかった。

「……お前は本当に、優しいのね」
「当たり前だ。あんたを甘やかせるのは、もう俺しか居ないんですよ」
「ねえ、ハク」

不意に姫さんの細い指先が俺の頬に触れた。驚いて視線を合わせた先には、夜闇に浮かぶ僅かばかりの光を受けて潤む、紫紺の双眸。

何故、そんなに泣きそうな、顔を。

「お前は、王位が欲しいの?」

ーーは?
このひとは何を言っている。

予想だにしなかった問いに、二の句が継げないどころか動く事すら出来ない。
何も答えずに居る俺を、姫さんはどう思う?俺は今どんな顔をして、どう彼女の目に映っている?

果たして、姫さんは迷い子のような頼りない表情で、縋るような眼差しで。

「……ごめん、ね」

もしも、姫さんが俺を詰っているのなら。
王位が欲しくて自分を抱いたのかと責めているのなら、あんたは今迄俺の何を見てきたのかと怒鳴り付けも出来たのに。

「お前には沢山のものを貰ったわ。なのに私は、相変わらず何もお前に渡せない。身勝手に繋ぎ止めて、結局自由もあげられていない。これから先、例えお前が王位を欲しても私はそれを叶えてあげられないわ」

あんたこそが、そうやって俺を甘やかすのか。

「ーー姫さん」
「ごめんね、ハク……お前の事、誰よりも何よりも大切なのに、私はお前に何もーー」

泣くな。
詫びるな。

俺は、只あんたを。

「そんなもん、一瞬たりとも欲しいと思った事はねーよ」

そう言い捨てて、俺に向かい伸ばされた細腕を掴み華奢な身体を引き寄せると、涙が零れ落ちそうな眦に、円やかな頬に、微かに震える唇に、啄むような口接けを繰り返し落とす。
それから、惚けたようにこちらを見詰める紫紺の瞳を覗き込めば、凪いだ湖面のような静寂の中で微かに、だが確かに揺らぐ焰が見えた。

そうだ。
その焰で、


俺をーー灼き尽くせ。



「俺が欲しいのは、あんただけだ」


それだけを告げ、俺は目の前の白い首筋に咬み付いた。











『玉響』
あんたの声は、俺の世界を一瞬で変える。











何このグダグダ感…

原作読んで、元々聡い姫ならともかくお花畑な姫様にしては覚醒スピードがえらい速いと思ったのと、姫様のドヤ顔が何か雷獣ぽいよね〜と思ったのでその辺を自己解釈★
時間軸は、プロローグあたりで。二人が城を出て多分1〜2年後位?

ってか、ハクってかっこいいよね!男前よね!なのに何で私は彼をかっこよく書けないのか…
スポンサーサイト

テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

初めまして。

初めまして。kと申します。
ハクヨナss、キュンキュン来てしまいました(*^.^*)

いつか、でいいので、二人の思いが通じるところや、結ばれるところの妄想も聞かせていただけたら嬉しいです!
これからも楽しみに拝見させていただきます!

初めまして、コメントありがとうございました!

kさまこんにちは、初めまして!
お声かけて下さり恐縮です。
ハクヨナssにも嬉しいコメントありがとうございました!
二人の思いが通じるところや、結ばれるところの妄想…!何かちょっと考えるだけでニヤニヤしますよ。ヤバイですよ!むしろ是非妄想させて下さい!

拙いブログではありますが、今後もお付き合い頂けましたら嬉しいです。
プロフィール

月桜キキ

Author:月桜キキ
月桜キキと申します。
数年振りに二次創作の世界に出戻って参りました。普段はしれっと会社員やってます。

暁のヨナ、聖闘士星矢(無印)を中心に、他ジャンルも時々。
NLBL混在しますのでご注意!

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。