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ハク→ヨナ前提姫時代ss『夕凪』 パパとじっちゃんがハクヨナを語る小噺。

城内を吹き抜ける涼風が、不意に止んだ。



窓から射し込む斜陽が、室内を茜色に染め上げる。
やがて黄昏の深紫へと密やかに塗り替えられるだろう、玉響を思わせる色彩に滲む私の部屋で、包帯を巻かれた左手をぼんやりと眺めながら独り、今は亡き彼女のことを想う。

どれほど無念だったろう。どんなに痛かったのだろう。
先刻私が負った傷の、何十倍何百倍もの血を流し。

それから一旦瞑目し、彼女の姿を思い描く。今尚鮮明に記憶に残る艶やかなその姿。
ーーその美しい黒髪を、今でもあの子は羨んでいるよ。

記憶の中の彼女の姿は不満そうに頬を膨らませた、彼女によく似た娘へと入れ替わり、その両隣には柔和な笑顔の娘の従兄と悪戯めいた表情で娘の髪を揶揄する黒髪の少年の姿が浮かび上がる。
怒りに頬を紅潮させて少年へと喚き散らす娘は、己を映す紺青の双眸に宿るやわらかな光に気付くことはない。

ゆっくりと瞼を上げた私は、机に置かれた菓子鉢の中の饅頭を拾い上げ右の掌に乗せた。

手付金に、饅頭ひとつ。そしてほんの少しの私の血。あの子にとっては取るに足らないものだろう。

「君は本当にーー優しい子だね」

屈託なく笑う、娘の幼馴染の少年に向けてぽつりと洩らす。あの細い体躯で屈強な大人達を軽く捻り上げる彼は、正に天才であり高華国の宝と言って差し支えないだろう。

「ハクーーやはり私は、国王失格かな」

そんな君を、私の我儘で娘に縛り付けて。

何時か君は私を恨むだろうか。
君の気持ちを利用した私をーー

「陛下、ムンドク将軍がお越しです」

扉の外からの声に逡巡する思考が途切れた。顔を上げた私は彼の入室を促すと、手にした饅頭を口に運ぶ。

それはとてもとても甘くて、けれどもほんの僅かな塩の味がした。





「すまないね、ムンドク将軍ーー貴方の大切な跡継ぎを勝手に借りてしまって」
「いえ陛下、我が孫に姫様をお護りする大役をお与えくださり光栄の極みにございます」
「ーームンドクの隠居も遠退いてしまうね」
「ははは。年老いたとはいえあんな小僧にはまだまだ負けはせん。そうご心配なさいますな」

朗らかに笑うムンドクの姿に、溌剌とした笑顔のハクの姿が重なった。見る者を勇気付け、そして何処か安心させる彼等を象るのは、雄大でありながら暖かな風のような気概とそして己が力に対する絶大な自信なのだろう。

やはり彼は風の英雄の孫なのだと改めて思う。喩え血は継がずとも。

「ーーあの子が王族だったらと、時々思うよ」
「……それは、どういったーー」
「あの子が王族だったなら、もっと違う形でヨナを任せられる。あの子は貴方に似てとても強いから……私のようにヨナを死なせることも、妻のようにヨナを残して逝ってしまうこともないだろうね……」
「ーー陛下」

困惑したように表情を曇らせる敬愛すべき英雄に向けて、私は肩を竦め苦笑してみせた。

私には、貴方の剣技に触れることは到底出来なかったけれど。
貴方の強さと優しさ、その存在の偉大さは、志として私の心の中心に変わることなく納まっている。

ーーなかなか、近付くことは難しいけれど。

「ハクには、今よりもっと辛い思いをさせてしまうかな」
「あやつが己で決めたこと。陛下が気に病む必要はありますまい」
「ーー貴方の孫は本当に、優しい子だね」

だからこそ残念でならないよ。

口には出さずもう一度。
勿論、あの子が貴方の孫であることを否定する訳ではないけれど。

「陛下が姫様を案じられるお気持ちは充分に……なれど滅多なことはーー」
「分かっているよ、私は国王だからね。私情で後継者を選ぶことはしない。だけどーー」

一度口を噤み、顔を険しく翳らせたムンドクの姿をちらと見る。ああ、私はまた貴方にそんな顔をさせてしまった。

昔から、私は貴方の顔を曇らせてばかりだ。

「あの子なら、私の理想を体現してくれるかも知れないと、そう思うんだ」

戦のない国。その為に必要なものは単なる軍拡や領土拡大ではない。只純粋に、振るう必要のない『力』なんだ。
高華国は奪えないのだと、戦を仕掛けるだけ無駄なのだと諸外国に思わせるだけの力の具現が。

「我が孫へのそのような評価、恐悦至極。きっとスウォン様の傍で存分に、陛下のご期待に添いましょう」
「ーースウォン、か……」
「陛下、スウォン様は『雷獣』には及ばずとも充分お強い。姫様への陛下のご懸念もーー」
「そうだね。スウォンは剣技だけでなく心も強い。きっと素晴らしい為政者になるだろうね」

そう、理解はしている。
身分も資質も、スウォンは王に相応しいのだとーー分かっては、いる。

小さく溜息を洩らし、私は自嘲気味にムンドクへと笑い掛けた。
私を正面から見返す貴方の、半分髭で隠れた難しい顔のその瞳の奥に少し哀し気な、そしてとても暖かな光が見える。
きっとそれは私と娘、スウォンとハク、それぞれに対する同情と遣り切れなさ、そして限りない愛情を宿す光。

ーーああ、本当にあの子は貴方に似ている。

「……でも、駄目だ。スウォンはーー」
「陛下、もしやユホン様の強硬路線をスウォン様が継承する可能性を懸念しておいでですかな?もしそうであれば……」
「いや、そうじゃないよ。これは私の、父親としての我儘なんだ」

だから私は国王失格なんだ。

でも、と私は目を閉じれば鮮やかに蘇る妻の笑顔に向けて問い掛けた。
もしも君が生きていたら、私を親馬鹿だと笑うかい?国王の考えではないと叱咤するのかな。

「スウォンは……国の為なら自分の身は勿論、妻子の身も犠牲にするのだろう。彼は高華国の為なら何処までも己を捨て冷徹になれる。そんな気がするんだ」
「ーー陛下……」
「確かに正しい王の在り方だとは思うよ。でもそれでスウォンは幸せなのかい?ヨナは幸せになれるのかい?」

私を真っ直ぐに見据える、複雑な色を湛えた双眸が僅かに揺らぐ。やがて大きな溜息と共に低く抑えた声が耳に届いた。

「ーー確かに、ハクが姫様を犠牲にすることはありますまい。喩えそれが国の存亡を懸けたものであっても。ですがそれは、あやつが王族ではないからに過ぎませぬ」

受けた教育の違いによる概念の差だという、至極当然に聴こえる意見に私はそうかな、と切り返す。

「あの子は、ヨナを愛してくれているからね……」

噛み締めるように紡いだ言葉に彼は一瞬目を瞠り、それから困惑も顕な表情を私へと。

「ーーは、愛などと。たかが子供の思慕をそのような」
「あの子はヨナの護衛を受けた。それは、ヨナの為に命を捨てていいということだ。私はこれ以上の愛はないと思うけどね」
「……」
「ーー彼はとても強いから、そう容易く命を落とすことはないと思うけど」

返答に窮したのか、それとも同意の沈黙なのか、何も言わず私を見据えるムンドクに向かい、只静かに再び告げる。
身を以て知り得た、たったひとつのことを。

「貴方の孫は私の娘を置いて死なないーーそれはとても、大事なことだよ」

それから、私は菓子鉢から饅頭をふたつばかり拾い上げ、片方を複雑な表情のまま黙り込むムンドクへと手渡した。
美味しいよ、と笑い饅頭を頬張ると、ムンドクもまた私と同じように極上の甘味を口に運ぶ。

「ほう、これは美味い。何ですかな、甘味に得もいえぬ重厚感が……」
「隠し味だよ」

饅頭をもごもごと咀嚼し終えると、私は少し得意気に。

「餡にほんの少しだけ塩を足すと、甘味が引き立つんだそうだよ」
「なるほど、塩味ですか」
「ーーあの子みたいだよね」

途端、厳つい顔面に疑問符を貼り付けて首を捻る風の英雄に返答はせず、私はふふ、と小さく笑い。

「ムンドク将軍」
「は……」
「どんな形かは分からないけれど、もしもヨナがハクを求めたらーー貴方の孫を、私の娘にくれるかい……?」

彼は一瞬息を呑んだ様子だったけれど。

「ーー御意」

静かに応える彼の双眸に滲む、確かな慈愛の色に私は只、有難うと首を垂れた。

国王が臣下に頭を下げるなどあってはなりませんと彼は慌てて私を諌めようとするけれど、今の私は国王ではないから。
只の、親馬鹿な父親に過ぎないから。

「このお饅頭、後でムンドクの屋敷に沢山届けさせるよ。部族の皆で食べてよ」
「それは重畳ーーしかし何故」
「結納だよ」
「ご冗談を」
「ははっ」

一頻り笑い合い、私は菓子鉢に残された饅頭をちらと眺めた。

ーー苦い想いを、心の奥に仕舞い込んでいるからこそ君はそんなにも優しく在れるのだろうね……ハク。

「……隠し味だね」

そうぽつりと独り言ち、私はゆっくりと瞑目すると無邪気に転げ回る、幼子たちの懐かしい面影を脳裏に描く。



やがて訪れるだろう、私のいない世界。
願わくばこの場所で、君たちが笑い合えるといい。

懐かしいあの頃のように、三人で。



私の願いを未だ見ぬ世界へ運ぶかの如く、涼やかな水気を僅かに孕んだ薄暮の風が一陣、窓枠をすり抜けて城内へ流れ込み、やがて跡形もなく溶けていった。





✴︎





『夕凪』
古き良き時代と偲ばれるだろうかーー















雷獣と饅頭って脚韻なんですね!
先日気付いて思わず声上げちゃった。
パパ、まさか響きが似てるから饅頭で餌付けした訳ではないでしょうけど。

それにしても、最初から最後まで饅頭で引っ張った自分どうなのって思います。

ハクの気持ちはやっぱりダダ漏れで。
そしてパパは絶対ハク推しだったと主張してみます。

じっちゃんへの貴方呼びとか、勝手にすみませんでした……



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テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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No title

イル王の優しさとムンドクの雄大さと懐の大きさが、しみじみと感じられる会話ですね。
イル王がスウォンを選ばなかった理由はまだ明かされていませんが、この理由は一理あるなあと思ってしまいました。

>「どんな形かは分からないけれど、もしもヨナがハクを求めたらーー貴方の孫を、私の娘にくれるかい……?」
このシーンはぐっときました!2巻で現実となりましたね。

イル王は今のところ、国民や周囲の評価が低い王ですが、ムンドクやハクが敬愛し仕えていたからには、やはり王としての資質のある人だったのだと思いたいのです。
原作はまだ明かされていない事も多く、先は長いと思うのですが、楽しみに追いかけていきたいですね。

感想なのに、毎度ムダに長くて申し訳ありません。さぞかしうっとおしいかと思います・・・(汗)
「面白かった!」「またぜひ書いて下さい!」という気持ちをお伝えしたいだけなので、どうぞお返事などお気遣いなく<(_ _)>

No title

…………ぽよんッ。・°°・(((p(≧□≦)q)))・°°・

Re: No title

prin様

妄想が行き過ぎた感のssに暖かい反応を下さって有難うございます!
イル王とユホン兄との確執やらジュナム王の考えやら、王妃やユホン兄が本当に語られた通りの死因なのかとか、明かされていない重要事項が多過ぎて考察のしようがないので、今明記されている事だけを繋ぎ合わせて推測してみました。一理あると言って頂けて嬉しいです!

原作はホント先が長そうですよね 笑
楽しみに追いかけて、その都度妄想を膨らませていきたいです!

コメント、うっとおしいなどとんでもない!ご丁寧なご感想、恐縮しながらもとても嬉しく拝読しております。
励みになりますし、創作意欲にも繋がっております。
本当に本当に、有難うございます(。>∀<。)

Re: No title

笙子様

なになにっΣ(o゚д゚oノ)ノ
もしや、パパに惚れた?

No title

こんばんは
前作の路傍の花2.5(こういう、大人の愛し合い方をする2人が見たかったんです。そしてクライマックスに近づいた場面のハクの台詞回しはカナリツボでした(≧∇≦))に続いて、読みたいと思ってたようなお話、本当に感謝です〜
このお二人のこういう場面、当然あったと思いたいです。なきゃおかしいですよ〜。
パパのスウォンに対する人物感、ナルホドな〜と思いました。そういう理由か、と。確かにそういう風にスウォンのことを分析しててもおかしくないですよね…いくらポヨンでも、スウォンの人となりは、わかるだろうし(スウォンが上手く隠したとしても)。
…この話を読んで、再びGOLDとBabyの話を読むと、あー良かったーとホント胸が熱くなります。あ、あと路傍の花2.5も。
ムンドク様、別宅を建てる時、陛下との会話、思い出してたでしょうね…部屋も姫様の居室に感じを似せて造作したりして。あとヨナが身籠った時も。
それにしても、パパの中のハク観がかっこ良くて。これだけの男だから、娘の寝室にも出入り自由にもするだろうという感じです。
あ〜〜。こんなとりとめのない文しか書けないのですが、とにかく心に染み入る、原作もこうあって欲しいと思うようなお話を読ませていただいてありがとうございましたということがお伝えしたかったのでした。
(失礼いたしました)

Re: No title

ブランシュ様

わわっ!ご丁寧なコメントいつも有難うございます(*´ω`*)

(路傍の花2.5、ちょっと重苦しいかなと思っていましたが、見たかったと言って頂けて光栄です!ツボな台詞があったとのお話も嬉しい!少しでもブランシュさんの好みの話だったなら何よりです〜(。>∀<。)
しかし、クライマックスって……フィニッシュ的なものを想像してしまいましたΣ(ノ≧ڡ≦) )

今回、当初は許婚の保護者同士の会談的なものが書きたくて書いたのですが、ちょっと暗くなっちゃいましたかね。
実はこの小噺、以前ブランシュさんと姫時代の番外編について語り合った事に端を発しております。その節は本当に有難うございました〜٩(*>▽<*)۶

パパのスウォンに対する人物感、ハクに対する期待等、原作で語られていない部分が多過ぎて……推論を元に考察する訳にもいかず、描かれている部分を繋ぎ合わせて考えてみました。
妄想行き過ぎてるかもですが、これも有りかなと一部でも同意頂けて良かった……!
ムンドク様はパパの願いを思い出しつつ、ふたりがどんな関係になろうと暖かく見守ってくれてるといいなあと思います。

パパの中のハク観……何ていうか、ハクって物凄くイレギュラーな扱いですよね。幾ら姫の幼馴染だとしても他部族長が専属護衛なんて前代未聞なんじゃ。風の部族からしても部族長が常時不在なんて(火の長男は一時的措置でしょうし)普通に考えたらデメリットしかないでしょうし。
風の部族を納得させる意味でも、テジュン様との一件の時のパパの落ち着きっぷりを見ても、やはりここは婿候補かなと。
娘の寝室にも出入り自由……そう。そうなんですよ!あれは私の中で娘婿説の決定打になりましたね 笑

ブランシュさん、読んで下さったばかりか同意や共感を、そしてこうしてお話下さって本当に有難うございます。書いて良かったと、心の底から思います。
次はハクヨナに戻りますので、その際はまたお付き合い頂けましたら嬉しいです(。>∀<。)ノシ

陰ながらいつも素晴らしい文章に感動しています
恐縮ながらいつかキキ様のヨナキャラ一人一人どう考察されているか聞きたいです

Re: タイトルなし

ひええ有難うございます!何とも恐れ多い(>△<Uu
私めのヨナキャラ一人一人の考察でございますか!
妄想丸出しな勝手考察でもよろしければ、少しずつ……(ノ∀\*)キャ
プロフィール

月桜キキ

Author:月桜キキ
月桜キキと申します。
数年振りに二次創作の世界に出戻って参りました。普段はしれっと会社員やってます。

暁のヨナ、聖闘士星矢(無印)を中心に、他ジャンルも時々。
NLBL混在しますのでご注意!

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