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サガ沙織(未満)ss『黎明』 サガとムウとアテナ沙織。サガに優しいムウたま。


微かに朝露を孕みひやりとした風が一陣、音もなく聖域を吹き抜ける。

未だ水気の残る己の髪を風の弄ぶに任せ、わたしはゆったりとした足取りで十二宮の石段を一歩一歩踏みしめながら降りてゆく。
普段使いの簡素な法衣でーーそしてわたしがわたしとしてこの石段を降りるのは一体何年振りのことであろうか。

シオン様に成り代わってからの十数年間、教皇の豪者な法衣と仮面を被り幾度となく降りた石段ーーしかし、このように風を感じることも暁前の空のいろを眺めることも、そしてそれを心地好く美しいと思うことも有りはしなかった。

己がこの地上に存在しなかった時期を含めれば十五年以上になるのかーーそんなことを思いながら感慨を以て深い紺青から水晶の如き紫紺、そして燃え盛る焔のような緋へと変わりゆく夜明けの空を眺めながら未だ寝静まった幾つもの宮を横切り、乾いた足音を響かせ石段を下っていけば、やがて視界の片隅に最も下界に近い宮の姿が映し出される。

ああ、そろそろ戻るかと踵を返しわたしは何気なく周囲へと感覚を拡げた。
何かを、誰かを探そうとした訳でもない。ただ聖闘士として、戦士としての癖が無意識にそうさせたのだろうが。

「……おや」

わたしがその存在に気付くと同時に相手も此方に気付いたのであろう、彼方から穏やかな声音が耳朶を打つ。そして一呼吸後にはわたしの眼前に声の主がやわらかな微笑をたたえ佇んでいた。
天翔ける羊の如く、と称される優雅な物腰の青年の姿を正直なところわたしは見知っているものの見慣れてはいない。だが、暁前の光に照らされ東雲のような薄紅に染まりゆくパープルブロンドが、記憶の底の幼い彼の姿を脳裏に思い起こさせた。

昔、丁度今と同じように夜明け時この石段を降りていくと、その先には必ずと言っていいほど牡羊座の小さな少年の東雲色に染まった髪が風に揺れていた。

ああーーこれはあの時の光景の、続きなのか。

「おはようございます、サガ。散歩ですか?」

既視感に息を呑むわたしに向かい、彼は別段驚いた様子もなく柔和な笑顔を浮かべ。

あの頃と同じ言葉を、同じ笑顔を。

「……ああ、おはよう。済まぬ、邪魔をしたか?」
「いいえーーですが些か照れ臭いですね」
「何がだ」
「何と言いますか、懐かしくて」

思いがけぬムウの科白に思わず目を瞠る。彼もまたあの頃の記憶を思い起こしていたのかと驚きが口を突いて出た。

「覚えている、のか」

主語を持たぬわたしの問に、彼は切れ長の大きな瞳を僅かに細め意外な言葉を口にする。

「覚えているも何も。わたしは貴方がこの石段を降りてくるのを毎朝待っていたのですから」

夜明け前の深い青に融けていた貴方の長い髪が、やがて暁の光を受けて浮かび上がるさまがとても好きでした。

そんなことを、こともなげに彼は言う。

「ーー貴方が忽然と姿を消してからも、わたしは毎朝こうして貴方を待っていました」

やわらかな笑顔を崩すことなく、淡々と述べる彼の言葉にーーその内容に息を呑む。
咄嗟に表情を取り繕ってはみたものの、恐らくわたしの一瞬の心の動きは彼に伝わってしまっているだろう。己の過去の所業がもたらした他者への影響に感情を揺らす、わたしにそのような資格などないだろうに。
果たして、彼は微かに首をかしげ困ったように苦笑を洩らした。

「ああサガ、そんな顔をしないで。長い間わたしが見たいと望んできた光景は目の前にある。わたしはいま、とても満足しているのです」
「……済まぬ」

師を奪い、辛く理不尽な日々を強いたわたしが他ならぬ彼に気を遣わせるなどと。
到底許されることではないだろうとの思いを知ってか知らずか、此方を見据えていた双眸がふと荘厳な暁の空へと向けられた。何処か遠い眼差しで空を見上げながら彼はぽつりぽつりと言を紡ぐ。

「ーーわたしから師を奪った貴方を、恨んでいなかったと言えば嘘になります」
「……ああ」
「ですが、貴方はわたしを殺そうとはしなかった。聖域を離れたわたしを、貴方が咎め立てることはありませんでした」

貴方はわたしを、護ってくれたのでしょうーー何時の日にか、聖域に帰還された女神の力となるようにと。

淡々とした口調で謳うように告げる嘗ての幼い少年の、いまや立派に成長を遂げた姿を視界に映したまま当時の己を振り返る。
確かにわたしは待っていたのだろう。彼が彼の師の仇を討ちに、女神を奉じ教皇宮へと乗り込んでくることを。

だが結局それは叶わず、わたしは己が手で己を裁くことしかできなかったが。

紡がれた言葉を否定も肯定もせず、ただ済まぬと呟きを洩らしたわたしに再び向き直ると、彼は穏やかな微笑を湛え。

「ーーあの夜、貴方がシオンに従い聖域に現れ女神の御為にその矜持も魂も投げ打った時点で、わたしが貴方を憎む理由は消え去った。シオンが貴方を赦し認めたのであればわたしには何も言うことはありません」

わたしはシオンに逆らうことはできないのですーーそのように育てられましたから。

苦笑交じりにおどけて肩を竦めてみせる青年の顔を改めて眺め遣り、思わず口を突いて出た言葉といえば。

「……難儀なものだな」
「貴方にだけは言われたくありませんね」
「……」
「まあ、あまり思い詰めない方がいいですよ、女神が哀しまれますから」
「ーーアテナ、が……」

ふと、先日目覚めたわたしの枕辺に立たれたアテナの姿が脳裏に浮かぶ。
記憶に新しい艶やかな微笑み。未だ耳に残るのは不思議な旋律。

彼女は何と仰られたーーあの方は、わたしに何を求めておいでなのか。

「サガ、今日は一日教皇宮に?」
「今日?ああ、そうだがーー」

何らかの思惑でもあるのだろうか、突然降って湧いた脈絡のない質問に我に返り、咄嗟に答えたわたしの言葉に大した感想もない様子で目の前の青年はそうですか、と返してくる。
否ーーどちらかといえば辟易した様子、であろうか。

「そうでしょうねえ、聖戦後漸く黄金聖闘士が揃っての一からの再建ですもんね。全く、このような大切な時にシオンときたら物見遊佐などと……おかげでわたしも今日は一日中聖衣の修復ですよ」

ああ、要するにシオン様に対する愚痴を言いたかったのかと苦笑を洩らし、次いで彼の言葉の裏の意図に気付いたわたしはぶつぶつとぼやく青年に向かい、ありがとうと一言述べた。
そうーーシオン様に逆らえないとしながらも愚痴や文句は平然と述べる彼の、これは紛れもない優しさなのだろう。

「何のことです、サガ?……わたしはそろそろ戻ります。さっさと取り掛からなければ予定分が終わる頃には日付が変わってしまいますので」

解り切っているだろうに素知らぬ様子で、彼は軽く肩を竦め早朝の光を受け淡い紫とも緋ともつかぬ色彩に染まる白羊宮をちらと一瞥し、それからわたしの返答を待つこともなく軽やかに踵を返すと乾いた靴音を鳴らし石段を踏みしめていく。

「サガ、また明日」

遠ざかる後姿を見送るわたしに、彼は一度だけ振り返ると真っ直ぐに伸びる淡い紫銀の髪を億劫そうに払いながらも笑顔を見せる。
それは皆が賞賛する優雅な微笑というよりは、記憶の底に沈む幼い少年のような表情だった。

「……ああ、また明日」
「ええ、この時間にまた……お待ちしております」


(ーーそうだ、あの頃も)

わたしは彼と、今と変わらぬ遣り取りをーー


今度こそ振り返ることもなく白羊宮へと向かう青年の言葉に遠い過去の記憶を重ねながら、わたしは無言のままその後姿をぼんやりと眺めていた。





✳︎





ゆるりとした足取りで来た道を、十二宮の石段を昇ってゆく。

やがて教皇宮を視界に映し出す頃には、暁の緋は淡い金色を経て明度を増し白く烟る空のいろへと変貌を遂げていた。
己の向かう先から吹き抜ける冷ややかで心地よい風に双眸を細め、何となしに住み慣れた白亜の宮殿へと視線を向ければ、淡い煌めきが飛び込んでくる。


虹を見たーーそう思った。


風に煽られ宙にたなびく、早朝の陽射しを受け光を放つ薄紅とも紫銀とも白金ともつかぬ絹糸の如き長い髪。

佇む少女が纏う裾の長い純白のドレスは聖域の空のいろをそのまま落とし込んでいる。

「ーーアテ、ナ」

半ば呆然とした呟きを拾い上げたのだろうか、奇跡のような光彩をその身に纏ったわたしの主は、まるで蕩けるような艶やかな微笑を浮かべその円い唇にわたしの名を乗せ。

「サガ、おはようございます……朝の散歩ですか?おかえりなさい」
「おはようございますーーアテナ、如何なさいました?このような時間に」
「貴方におはようと言いたかったのです」

思わず口を突いて出た問いに、彼女は見蕩れるような笑顔のまま手を伸ばせば届く距離まで歩み寄りこともなげに告げてくるーーこのわたしに会いたかったのだ、と。


(ーーなん、だ……これは)

何かがざわり、と胸の奥に揺さぶりをかける。凪いでいた筈の心が漣立つ。


前触れもない感覚に戸惑いながらも主たる少女の紡ぐ言葉を止められる筈もなく、わたしは己の感覚が如何なるものか究明することを早々に放棄した。
そして主である少女はわたしの胸の内の漣など全く気付く様子もなく屈託のない笑顔で言葉を重ねる。

「明日もまた会いに来ますね?」
「いえ、まさか貴女にそのような……宜しければ明日はわたしが朝のご挨拶に参ります故」
「女神への挨拶なら出仕の時でよいのではなくて?」

彼女の奏でる澄んだ声音がーーその旋律が水滴のようにわたしの心へ波紋を落とし密やかに浸透していく。
それは静かに、だが確実に、己が長く腹の底に封じていた何かを目覚めさせようと働きかけーーそしてわたしにはそれが何であるか分からぬ以上防ぐ手段を持ち合わせてはいなかった。

「わたしが、貴方に会っておはようと言いたかったの……駄目ですか?」
「ーーいえ、その……ありがとうございます」
「朝食、ご一緒してもいいかしら?」
「……はい」

小さくやわらかな彼女の掌がわたしの手にそろりと触れ先を促す。

その暖かなぬくもりと仄かな花の芳香に誘われるまま一歩踏み出したわたしに、艶やかな少女の姿をした主はその姿に似つかわしい咲き誇る大輪の花のような笑顔を浮かべ、告げるのだ。

「明日も」
「はい」
「明後日も、その次の日も」
「……はい」
「ねえサガ、これからはずっとーー」


それは祝詞のように、或いは呪詛のように。


(感情をーー心を動かすことなど、今更このわたしに)



彼女の望みも己の行き先も、この心に確実に残された一滴がーーその波紋が何であるのかも分からぬまま、わたしは地上の奇跡の色彩を纏う少女の手を取り教皇宮の門を潜る。





世界は変わることなく淡々と紡がれ、だが密やかに変わりゆく日々が始まろうとしていた。










『黎明』
やさしいゆめのつづきを。















サガにやさしいせかいをつくるのだ。
ムウたま難易度高くてなかなか進まなかったけど……

タイトルmk5で良くね?と思いながら。




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テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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プロフィール

月桜キキ

Author:月桜キキ
月桜キキと申します。
数年振りに二次創作の世界に出戻って参りました。普段はしれっと会社員やってます。

暁のヨナ、聖闘士星矢(無印)を中心に、他ジャンルも時々。
NLBL混在しますのでご注意!

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