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サガ沙ss 『piece of mind.3』 サガとアテナ沙織。


天界が恋しいのか。
天に、還りたいのか。

サガの問い掛けに、沙織は大きな瞳を言葉の主へと向けた。瞬きすら忘れ、彼の穏やかな、そして寂しげな光を宿した双眸を見詰め、それから小さくかぶりを振る。

「……どう、してーー」

違う、と言いたかった。だがそれを口にすることは彼女にはできなかった。

天界に還りたいとは思わない。地上世界で皆と過ごしていたいーーそれは、嘘ではない。
聖戦が終結し、役目を果たした生き残りの聖闘士たちに人としての幸福を得てほしいと思った。けれど、たったひとり女神として取り残されることが寂しかった。
失われた、黄金聖闘士をはじめとする皆との時間を取り戻したかった。
救うことのできなかった、差し伸べた手を取って貰えなかった貴方に、もう一度手を伸ばしたかった。

だから自分は、いのちの理を曲げてでも神の力で皆を復活させたのだ。

(これは愛ではない。ただの我侭だ。身勝手な執着だ)
(私の中に生まれた、人のこころが)

取り戻したところで、それは永遠ではない。
この箱庭の中でのままごとのような生活も、いつかは終焉を迎えるのだ。
皆いつかは天寿を全うし、星の宿命から解放されて新しいいのちに生まれ変わる。
けれど私は、いつまでも私のままなのだ。

思いや執着が強ければ強いほど、それを失ったときの穴は大きいだろう。ならば、そうなる前にすべてを手離せば傷は浅くて済むのではないかーーそう思ったのも事実だった。だから沙織はサガの問に否、と返答することができなかった。

途方に暮れたように己を見詰める沙織に、サガは淡々とした口調で問を重ねた。

「アテナ、貴女ご自身の幸福とは何でありましょうか。それは神々の地に存在するのですか?」
「ーー違います!」

今度こそ、沙織は明確に否定した。珍しく声を荒げた彼女の姿にサガは一瞬目を瞠る。だがそれに構うことなく彼女は言葉を続けた。

「私のしあわせは此処にあります!この場所で皆と何気ない日々を過ごすこと……それが私は、とても嬉しいのーーそれなのに還りたい、などと」

そんなことは思っていない。たとえそれがいつの日か終りを告げるしあわせなのだとしても。
そこまで告げて、沙織は目の前の青年から視線を逸らし唇を咬んだ。俯くことはしなかった。俯いたら涙が零れ落ちそうで、それはきっと彼の負担になる。そう思ったからだ。

「……矛盾しているでしょう?私は貴方たちのしあわせを願っている。この気持ちに偽りはありませんーーけれど同時に、私は貴方たちと共に過ごしていきたいと望んでいるのです」

矛盾しているという沙織の言葉はサガに幾つかの出来事を思い起こさせた。

目覚めた自分に、贖罪など望んではいないのだと言い募った彼女。共に朝食をと向けられた眩いばかりの少女の笑顔。
訪れた白亜の街で出会った優しい人々と、涙を浮かべた女神。細かく身を震わせた彼女の姿は、丁度今と同じようではなかったかーー

脳裏を過る消え入りそうな、だが悲鳴にも似た声音。寂しいのだと、彼女が私に訴えたのはいつの頃だったか。それは夢の中のことであったのだろうか。

「アテナ」

ああ、そういうことかと得心し彼は主の名を呼ぶ。
やわらかな声音が優しく耳に響き、沙織は顔を上げ再び眼前に佇む青年に視線を合わせた。何処か途方に暮れた幼子のようにも思える眼差しで己を見詰める主はやはり痛々しく映るーーそれが、サガには酷く哀しかった。

アテナは、私の主は、我々の幸福とご自身の幸福は相反するものと……そうお考えなのだ。

「アテナ、私はーー貴女の仰る『人としてのしあわせ』を手にしたいとは思いません」

沙織を正面に見据えながら穏やかな口調で告げるサガの言葉に、彼女の両の瞳が見開かれた。驚きというより衝撃で、沙織は呼吸を忘れ言葉の主をまじまじと見遣る。

「……皆がそうであるとは言いません。これはあくまでも私個人の言葉であります故、気に入らぬとお思いでしたらどうぞお捨て置きください」
「そんな、ことは……」

茫然として呟きを洩らす沙織に向かい微かな笑みを浮かべ、サガはやわらかな口調のまま続けた。

「私は幼い頃より聖闘士として聖域で過ごして参りましたーーですから私の価値観も思想も信念も総てこの地で培われてきたのです。地上の安寧のため、そして貴女のために生きて死ぬことが私の存在意義と思っておりますし、己の価値を全うすることが私にとって何よりの幸福なのです」
「サガ……!」

当たり前のことのように告げられたサガの言葉の内容は、沙織にとって酷く哀しく、そして胸を抉るものだった。それでは宿命に殉じているだけではないかーー星の宿命、双子座の宿命……二重の意味で迷い苦しんできたこのひとに、これ以上辛い思いをさせたくなどないのに。
主を宥めているようにも聞こえる、優しく穏やかな声音。けれどもそこに慰めの意図は感じられない。このひとは本気で、まるで呼吸するかのような自然さで己の内に自らの存在価値を見出しているーー彼の言葉は彼自身の本音であり女神に対する至誠なのだと、そう、思えてしまった。

「サガ!そんなこと私は望んでおりません……!」
「気に入らぬならお捨て置きくださいと、そう申し上げたはずです」
「ですが……」

堪りかねて声を荒げた沙織に対し、サガは表情を崩すことなくあくまでも穏やかな口調で、淡々と告げた。低く響き渡るやわらかな声音は、だが決して否やを言わせぬ明確な意志が宿っている。それを肌で感じた沙織は言葉を失い、それでもと精一杯の拒絶を込めて何度もかぶりを振ってみせた。

駄々をこねる幼い少女のような沙織の振る舞いに、やがてサガはほんの少しの苦笑を洩らしその双眸を細め彼女を見遣る。
主である以上に本来手の届かぬはずの、大いなる小宇宙をその身に宿す至上の存在。それなのに、そのはずなのに、寂しさに震えるこの方は何と小さく儚げなのであろうかーー

不思議な感覚だった。
高揚も焦燥もなく、渇望も躊躇いもない。ただ酷くこころが漣立つ。


愛おしさに震えるのだーー魂が。


「ーーアテナ……私の幸福を、貴女がお決めになるのですか?」

予想外の問い掛けに、沙織は再び首を横に振る。違う。そんな傲慢なことは思ってもいなかった。

(本当に、そうだろうか)
(彼にとってのしあわせを、私は決め付けていなかったか)

「そんな、ことは」
「貴女がお決めになられたことでしたら従いましょう。だが、そうでないのならーー私は、私の望みを曲げるつもりはありません」
「……貴方の、望みは」

何を望むの?と。
訊いてしまって、次の瞬間いけないと思った。
訊いてはいけなかった。きっともう、私は戻れなくなってしまうと。

答えなくてよいのです、と言おうとしたけれど。
目の前に佇むこのひとは、誰よりもきれいな微笑を浮かべて。

「私は聖域で、生涯貴女のお傍に仕えて参ります」

ーーああ、何てばかなひと。

(ばかなのは、私でしょう?)
(恐怖を抱え込んで、歓びに震えているのでしょう?)

「……サガ」
「はい」
「その言葉ーー今ならまだ、取り消してもいいわ」
「私には取り消す理由がございません」
「言霊に、縛られるのは貴方なのですよ」

震える声で沙織は告げる。怖い、と彼女は思った。怖いーー彼を縛るのは言霊などではない。私が彼を縛るのだ。怖い。女神の呪縛から逃れたいと、いつか彼が解放を願った時…… 私は慈愛を以てそれを受け入れることができるだろうか。

(きっと、私にはできない)

その時私は何を思うのだろう。そしてそんな私を、彼はどう思うのだろうか。

「……人の一生は、きっと長いわ」

そっと視線を逸らしぽつりと告げた沙織に向かい、サガはふわりと微笑んで。

「私は闘う身であります故、貴女が天に還られる日まで生きてお仕えするとお約束はできませぬがーーなるべくそれが叶うよう、長い人生であるよう願っております」

そんなに簡単に自分の人生を縛り付けてはいけないと、思いとどまるようにとーー違えるような約束はいらないと紡ぎ掛けた沙織の言葉をさらりと先回りして、双子座の青年はまるで他愛なく積み重なる日常の会話のように女神への誓いを口にする。
取りとめのない遣り取りのようで、これは宣誓なのだ。子供の口約束などではない……星の宿命とは全く性質の異なる、女神とその僕の契りに他ならないのだとサガは承知の上で言を紡いでいるのだと、絶望を思いながら沙織は胸に沁みるようにしっとりと響く彼の声を聴いた。

(……プロポーズみたいだわ)

ふとそんなことを思い、沙織は胸の奥で苦笑を洩らす。一瞬、ほんの少しだけ暖かくなったこころがちくちくと痛んだ。
プロポーズだなんて、これはそんな華やいだ申出ではない。

このひとは、私に人生をくれるという。手に入れた自由を、未来を棄て生涯を女神に、そして地上世界の安寧のために捧げるという。
それは私が望んでいなかったことで、けれども震えるほど欲しかったものだ。
何度もその手を取ろうとして取れなかったーー差し出した手を振り払われた。そしてそれはもう永遠に叶わない。けれど一方で私はこのひとに漸く触れることができる。

「ありがとう、サガ」

いつの日か訪れる絶望は目の前に横たわっている。それを痛いほど理解しつつ、それでも沙織は蕩けるような笑顔を浮かべる。

さらさらと、衣擦れの音がして。
沙織の足元に片膝をついた姿勢で臣下の礼をとる彼女の双子座に、釣られるようにして彼女もまた長いドレスの裾をふわりと捌きながらその場にしゃがみ込んだ。
流暢な彼の動作に合わせ軽やかに弾む、少し癖のある蒼銀の長い髪がとてもきれいで、その髪に触れてみたいと思ったーーけれど。

(それもいつか、絶望に変わる)

この誓い通りに彼が生涯を捧げてくれても、いつか終焉が訪れる。
このひとは生を終え、私は天界へと還るのだ。

このひとの記憶を、魂に刻んだまま。

「アテナ?」

絶望という名の恐怖が、ざらりと沙織のこころを撫でてゆく。その不快感にも似た戦慄に息を呑み、凍り付いたように動かない主を不審に思ったのか、僅かに眉を顰めたサガの呼び声にやがて彼女はぴくりと肩を震わせた。

「……いいえ、何でもないのです」
「ですが」

ごめんなさい、とサガを制し沙織はそろりと両手を彼へと伸ばす。
本当は、手の甲を彼に差し出すべきなのだろうと思ったけれどーー臣下の礼など、私は欲しくなんてない。だから。だからせめて。

せめて女神の祝福をと沙織は願った。救うことのできなかった己の双子座のしあわせを願う気持ちに偽りはなかった。
このひとに触れる度に自分の中の絶望は大きくなる。彼女にはそれも分かっていたけれど。

両手で触れて。そのきれいな蒼銀の前髪を掻き分けて。
額に、女神の祝福のキスを。

ーーそう、思ったのに。

「……あの、アテナ……?」

けれど、沙織の細い指先が蒼銀の髪に触れることはなくて。
その代わりに両の掌がサガの白い頬を包み込む。予想外の主の挙動に驚きを禁じ得ず、彼は咄嗟に顔を上げ沙織へと視線を合わせた。

此方を見詰める深いいろの瞳。蒼銀の長い睫毛。彫像のように滑らかな、きれいな、きれいなひと。



絶望が、冥界よりも深い闇の如く地上の戦女神へと鎌首を擡げる。



(女神の祝福など、このひとは望んでいない)
(それならば、呪詛を)


どこかで誰かの声がする。


(女神に呪いを掛けた、このひとに)


ああ……これは私の声だ。


(だって知っているでしょう?)


脳裏に響く己の声を聴きながら、沙織は己を見詰める男の頬に触れた指先を滑らせるようにして、両腕を彼の首元へと絡ませた。途端、彼の身体が強張るのを肌で感じたけれどもそれに構うことも、己の行為に躊躇いを感じることもなかった。



ーー目眩がする。



(私は知っている。絶望を捻じ曲げる方法を)


力強い戦女神の声音。迷いを断ち切らんと奏でられた旋律を聴きながら、沙織は身体ごと崩れ落ちるように目の前の男の腕の中にもたれ掛かる。

「……サガ」

囁くように、名を呼んで。

それから、戦女神はそっと唇を己の双子座に重ねた。















どこまでも噛み合わないあたりが非常に滾るのです……


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テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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プロフィール

月桜キキ

Author:月桜キキ
月桜キキと申します。
数年振りに二次創作の世界に出戻って参りました。普段はしれっと会社員やってます。

暁のヨナ、聖闘士星矢(無印)を中心に、他ジャンルも時々。
NLBL混在しますのでご注意!

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