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ヨナハクss 『soulstation 2』 微妙に如何わしい。もめ雄さんオーダー品の続き。


自らが解いた組紐をちらと見遣り、これだけじゃ足りないわね、と独り言ちたヨナは帯を飾る同色の組紐の端をもうひとつ摘み上げると、先程と同じように慣れた手付きで繊手の中に巻き取っていく。

「ーー陛、下?」

ヨナの手馴れた所作を、ハクは今まで何度も目にしていた。彼女の居室の寝台の隅に腰を下ろし、器用なもんだなとその様子を感心しつつ眺めていたーー脳裏を過ぎる映像は、けれども眼前のものとは比べようもない程に甘やかで、彼のこころと欲を擽るような光景だった。
だが、玉座に腰を下ろしたまま主を見詰めるハクが感じているのは蕩けるような甘露でも身を震わせる熱でもない。彼の背筋を駆け上がるのは、ざらりとした不快感にも似た戦慄だった。

眉を顰め己を伺い見る青年に向けて、女王はこの上なく鮮烈で酷薄めいた微笑を浮かべる。

「黙りなさい」

まるで睦言を囁くように、密やかに謳うように命じ、ヨナは一歩前へーー玉座に腰を下ろすハクの膝に触れるところまで足を踏み出す。
彼女の挙動に合わせ、胸元を幾重にも飾る黄金造りの豪奢な首飾りがしゃらり、と軽快な金属音を立てて、揺れた。

「ハク、そのままで」

咄嗟に身動ぐ青年を制し、ヨナは真っ直ぐに己を見据える紺青の双眸へと視線を合わせた。
白皙の美貌にやわらかな笑みを浮かべたまま視線を絡ませ、紫紺の内に燭台の灯を仄かに纏わせた、黎明の空のいろを思わせる瞳をふと細めるーーそのさまは、妖艶としか喩えようのないものだった。

「何をーー」
「だから、遊びましょうよ」

ざわざわとした、不安にも似た焦燥に支配されながらも眼前の女王の蠱惑的な仕草に情欲という名の焔が燻り出す。その自らの有りさまに胸の内で舌打ちしつつ、ハクは剣呑な眼差しを己の主へと向けた。

「ハク」

男の身の内の葛藤を見透かしたかのように、ヨナはたったふた文字の寵臣の名を唇へと乗せ、玉座の肘掛けの上の彼の手首のあたりへとそっと自らの掌を乗せた。
それから、手の内に納めていた極彩の組紐をハクの手首の上にそれぞれ置くとそれを支点に垂らしていく。組紐は重力に従いその両端は大理石の床へと音もなく滑り落ち、無機的な印象の冷たい玉座の袂にささやかな彩りを加えた。

「あんた……」
「動いてはだめよ、ハク」

怪訝な表情を顕に己の手首を凝視するハクに向けてヨナはふふ、と悪戯めいた笑い声を上げた。それから玉座の前にしゃがみ込み、彼の手首の上に乗せた組紐を肘掛けごとするすると巻き付けていく。
女の手で気紛れに施された縛めなど、男にはーー増してや雷獣の銘を戴く武人にとっては本来何の気休めにもならない。だが、それを施した者が他ならぬ、彼にとり唯一無二の主である女王であるという歴然とした事実が青年をそのこころごと捕縛していた。

「……少し冗談が過ぎませんかね、陛下」
「冗談なんかじゃないわ、遊びよ」

婉然とした微笑を湛え女王が告げる。
戦慄と陶酔、焦燥と高揚感が綯交ぜとなった青年のこころを掻き立てるように。

「女王の寵臣の、役割はなぁに?」
「……あんたを、護ることだ」
「それは『雷獣』の役割でしょ?今のお前はーー私の遊び相手なのよ」

じくりと疼く胸の痛みを抑え込んで、ヨナはくつりと喉を鳴らした。違う。本当はそんなものは望んでないのに。

私は、この高華国の王だ。
王は孤独を、孤独と思ってはいけないのだ。

父上のように、スウォンのようにーー緋龍王のように。

家族は国を護り発展させるための駒。
恋人は慰めの道具。

王が愛するのは、国そのものであるべきだ。そうでなければ、私は簡単に玉座から滑り落ちてしまうだろう。

「ーーあんたは何を、考えている?」
「どうやって遊ぼうかしら、って」

見透かされているのかいないのか、探るような眼差しを向けてくる青年から逃れるように視線を逸らして、ヨナは己の指先をそろりと伸ばし青年の胸元の袷へと触れた。
指先から布越しに僅かな彼の身の震えが伝わり、彼女はまた喉を鳴らす。

何を考えているか、そんなことを伝えるつもりなどヨナにはない。
先ほど、玉座に腰を下ろした青年は平然としていた。それが彼の生まれ持った資質故なのか、王座を望まない故にそれが他人事であるからかは分からないが、何れにせよ僅かばかりの重圧も感じていない様子の男に一体何を伝えろというのだろう。

諦観を微笑で隠し、ヨナは漆黒の長衣の袷をなぞるように緩めると覗く胸元へと指先を這わせた。
途端、ぴくりと身動ぐ青年の姿に己の背筋をぞわりとしたものが駆け上がるのを感じる。この感覚がもっと欲しいと彼女は思った。後で虚しくなるかどうかなんてそんなことはどうでもいい。

「ーーっ、陛、下ーー」
「ふふ、我慢しなくていいのよ?」

胸元を這い回るぞわりとした感触に息を詰め、苦しげに眉を寄せるハクの耳朶に掠めるような口付けを落とし、ヨナは囁くように命じた。

「もっと、啼いて……?」

睦言同然の主の命は、形ばかりの縛めも手伝ってハクの全身に波紋のように拡がっていく。苦しげに抑えた呻き声は、やがて甘やかな吐息と交じり合い低い旋律を広間へと幽かに響き渡らせた。

「ーーっ、は……!」
「……きもちいい?」

自らの指先を追うように、顕になった鎖骨から胸板へと唇を落とし舌で辿る。
幾度もそれを繰り返すうちに、硬く張り詰めた男の胸が震えを帯びながら上下しだした。荒く浅い呼吸がヨナの耳朶を擽り、彼女の内に潜む乱暴な欲を否応なしに掻き立てていく。

今すぐにでも暴き立て、いっそ弄ってやりたくなる自らの衝動を牽制するように奥歯を噛み締め、女王は努めて悠然と、艶やかでいながら涼しげな笑みをその白皙の美貌に刷いた。

「もっと声、聴かせて……?」

聴き慣れたはずの、だが今まで聴いたことのないほどに低く抑えた声音は、電流にも似た衝撃へと形を変えてハクの背筋から指先に至るまで、まるで彼のすべてを塗り替えるかの如く隅々まで伝播していく。己の内に拡がる未知の感覚を、知らぬが故に拒むことも止めることもできぬまま、ハクは何処か定まらない思考の中で主の言葉を反芻した。

よくある、情事の常套句だと思った。
自分とて女王の褥で囁くこともある、使い古された互いの情動を煽る科白。

そこから導き出される熱は酷く甘美で、昂る焔を存分に煽るものだった。だが、そうして得られた情動を遥かに凌ぐ未知なる感覚がまさに今、荒れ狂う波の如く己へと遅い掛かってくるーーそして、雷獣と呼ばれる男はそれを甘受する他に術がなかった。

女王の白い指先が、円い唇からちろりと覗く舌先がハクの完璧なまでに引き締まった躰の線に、せり上がる筋肉の継目に沿ってゆるりとした速度で幾度も行き来する。常ならば感じるだろう擽ったさはなりを潜め、代わりに与えられるぞわりとした快感に粟肌が立つ。
燭台の灯の仄かな朱に照らされて、てらてらと光る己の肌が視界にちらつくのを認めたハクは咄嗟に顔を背けた。

「ーーねえ、恥ずかしいの?」

寵臣の新鮮な反応に、ヨナはちらりと視線を上げて問い掛ける。その美貌に刷かれた笑みはこの上なく蠱惑的で、そして酷薄めいたものだった。

「……恥じらってでもほしいんすか?」
「別に」

悪趣味っすね、との精一杯の悪態に別段怒るでもなく、ヨナは再び男の胸板へと唇を寄せた。胸の下に横に走る傷痕に舌を這わせ、それから厚く盛り上がった胸の頂を口に含む。

「ーーッ!」

男にとって全くの無意味であるように見えるささやかな突起は、それが女の名残であるとでもいうのだろうか、女王の唇に吸われその小さな舌でなぶられるとやがて硬く勃ち上がった。飴よりはやわらかく果実よりは硬い、珍しい触感がヨナの舌先に伝わり彼女の興を一層呼び覚ましていく。
口内で転がすようにしながら軽く歯を立てると、逞しくしなやかな猫科の肉食獣を思わせる男の躰がびくりと跳ね上がった。

厚い胸板の上で密やかに存在を主張する小さな突起は、自らを翻弄する生暖かくぬらりと濡れた舌の感触を余すところなく感知する。初めて体験する鋭い刺激に耐え切れずにいるハクの、苦しげに噛み締めた唇の僅かな隙間を縫って洩れ出る、遥か遠くで唸る雷鳴の如き低い呻き声がヨナの耳朶を擽るように掠めた。

硬く張り詰めた胸板ごと小さな突起を口に含み吸い付かせながら、ヨナはちらりと視線を上げて玉座に縛り付けた男の、端正でいながら精悍な貌を眺め遣る。苦痛と快感が綯交ぜになったような、酷く切なげに何かを堪えるようなハクの風情は、普段彼女を抱くときに見せる表情に似ているようで似ていない。

女王の背筋を、ぞわりとした戦慄が稲妻のように伝い落ちる。

知らず、こくりと喉を鳴らす彼女の瞳は昏く深い闇にも似た焔を宿す。映し出すすべてへとその焔を置き去りにするというのか、ヨナはゆるりとした動作でーー薄く開かれた男の双眸を、きつく引き結ばれた唇を、僅かに上気した頬を、しっとりと汗ばんだ首筋を、厚く盛り上がった肩をひとつひとつ辿り、そして自らの視線を指先で追っていた。
そして自らが置き去りにした焔の欠片を拡げるように、そろそろと撫ぜていく。

「気持ち、いいの……?」

指先を動かす度にぴくりと震える肌と幽かに響く、くぐもった低い呻き声に否応なしに煽られた女王は、ハクの胸板に埋めていた白い美貌をのろのろと擡げ、もう一度くつりと喉を鳴らした。

絡み合う視線の先に見えるのは艶を孕んだ男の表情。
それは見慣れたようでいて初めて目にする、困惑と戸惑いと僅かな怒りと焦燥とーーそれから情欲に満ち満ちたーー

「……っ、知らね、えーー」
「ふふ、可愛いわね……お前」

素直じゃないんだから、と笑いながらヨナは己の手で男の装束の袷を完全に寛げると、引き締まった腹部へと指先を滑り落とし長衣と同様漆黒の布地で誂えた下穿きの帯紐を躊躇うことなく引き解いた。
しゅるりと乾いた音を立てて玉座の隅に追い遣られた、金糸銀糸をふんだんにあしらった黒く平たい帯紐は蜥蜴のような独特の素早さで女王の足元へと隠れていく。

「ーー気持ちいいのね?」

意識してかどうなのか。そうであるなら自身に向けてのことなのか相手へのものなのか。
燻る熱を拡げるようにゆっくりと焦らすように、ヨナは両手で以て緩んだ男の下穿きを引き下げると小さな吐息をほう、と洩らす。

苦しげな呼吸と共に上下する厚い胸板にひっそりと残された女の名残と同じように、硬く勃ち上がり存在を主張する男の象徴が女王の双眸に映し出された。
震える先端を撫でるように、そっと指先で触れれば容易く洩れ出る意味を為さない低音が女王の躰をちりちりと燻す。

甘い吐息をひとつ、闇に溶かして。

白い美貌に夢見心地ともいえるうっとりとした微笑を浮かべ、ヨナは自らの存在で捕縛した男の名を濡れた円い唇に乗せた。














『soulstation 2』
何てくだらない世界にしてしまったんだろう
君をだいなしにしてまで















オーダー品なのに暗くてどろどろしててすみません。
かわいくなくてすみません。如何わしくてほんとすみません。

パスはまあいいかなって。ギリギリ。


テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

ヨナハクss『soulstation 1』 ヨナ女王設定未来話。オーダー品です。


月のない夜の闇が、数刻前までの喧騒にも似た賑わいが嘘のような静謐さで鎮座する緋龍城を覆い隠す頃。
王都を吹き抜ける冷えた夜風の渡ることすらない王宮の深部ーー謁見の間へと続く中央回廊を、己の髪の色に合わせたのか雰囲気に合わせたのか、濡羽色の絹糸で織られた複雑な地模様の、艶のある質感の黒装束を身に纏った長身の青年が足早に歩を進めていた。

磨き抜かれた石造りの床が悲鳴の如く打ち鳴らす澄んだ靴音は、夜の静寂の中で高らかに響き渡り冷え冷えとした空気を震わせている。
周囲に木霊する己の靴音が荘厳なまでに耳を打つ。足を止めれば異様な静寂。黒装束の青年ーーハクは僅かに眉を顰め、焦燥も顕な表情をその精悍な顔面に浮かべた。

感覚を研ぎ澄まし、意識を拡げてみる。
だが、回廊の入口で言葉を交わした衛兵を除けば、この場所に人の気配は皆無だった。

「……どういうことだ」

夜間とはいえーー否、夜間だからこそ不自然に過ぎる状況に、ハクは舌打ちを洩らし一段と歩速を上げる。
この状況には覚えがある。忘れもしない、もう何年も前のこと……イル陛下が弑逆された、あの時の静寂に酷似している。

まさか、とハクの背筋を薄ら寒い震えが走った。まさか、そんなことは有り得ねえだろう。あの時と違い、今は王宮内の衛兵への権限は俺にある。俺の許可を得ずにそれに介入できるのは現王であるあの人を除けば誰もいねえ。
ーーだが。だが、もしも。

一瞬脳裏を過ぎった可能性を打ち払うように、ハクは大きくかぶりを振るとひと呼吸し、広い回廊を駆け出した。





やがて眼前に現れた、豪奢な彫刻の施された重厚な扉を徐に開く。
その奥に拡がる広間を見渡してみても、やはり衛兵は見当たらず、物陰に潜んでいる様子も気配も感じられない。
弾かれたように正面へと視線を移すと、夜闇に覆われ漆黒にも似た深紅に見える、本来鮮やかな真紅に極彩色の刺繍で飾られているはずの緞帳と、その前面に配置された玉座が常と変わらず配置されていた。

「……陛下」

玉座にゆるりと腰掛ける、緩やかに波打つ緋い髪を肩に垂らした女性の姿を紺青の双眸に映し出した黒髪の青年は大きな溜息をひとつ洩らし、安堵の色を隠すことなくぽつりと告げた。

視界に拡がるのは見慣れた空間。紅や黄金を基調とした壮麗な彩りを誇る高華國で最高の権威の場は、しかし今は僅かな燭台の灯が作り出す薄ぼんやりとした朱の他は重くのしかかる宵闇に沈んでいる。
まるで水墨画のようだ、と少しばかりの感慨を以てそれを眺め遣り、それからハクは玉座に座する己の主へと改めて意識を向けた。

幾重にも淡いいろの薄衣を重ねた装束の上に、金糸銀糸で大輪の牡丹を刺繍した彼女の髪色そのままの深い緋の長い上衣を羽織る女王たる主の姿もまた、清水に融けた墨色に滲む。
極彩とは対極の、何処か寂しさを感じさせる光景の中で、深い紫紺の双眸だけが一対の至宝の如く艶やかに煌めきを放っていた。

「ーーご無事で?」
「おかしなことを言うのね、雷獣が守護するこの城がそう簡単にどうにかなるはずないでしょう?」

小首を傾げ、玉座の女王ーーヨナは可笑しそうに口の端を上げた。緋い長衣の肩に掛かった波打つ髪が彼女の動作に合わせさらりと零れ落ちる。薄く紅を刷いた丸い唇が燭台の灯りを受けててらりと煌めいた。

そのさまは酷く扇情的で、ハクは先程とは違う意味で背筋が震えるのを感じながらも彼女を見詰め問を続ける。

「衛兵を下げたのは陛下か?」
「そうよ。だって要らないでしょ?お前が此処に居るのだもの」
「人払いなら、広間だけにしていただきてえんですけどね」

努めて憮然とした表情を崩さず、ハクは主へと進言する。だが当の主はといえばくすくすと、鈴の鳴るような軽やかな声で笑うだけだった。

「心配症ねえ、ハク」
「ご自分の立場を弁えてくださいよ」
「……立場、ねーー」

くつり、と薄墨に溶けた薄紅色の唇が弧を描く。華を抑えるように刷かれたそれは決して男の色欲を煽り立てるようないろではないのに、何故だかハクの双眸に限りなく蠱惑的に映し出された。
背筋を駆け上がる戦慄に囚われその場に立ち尽くす青年をちらと見遣り、ヨナはゆるりとした動作で玉座から立ち上がると重々しい王の装束に覆われた片腕を伸ばし、覗く白い指先で彼を手招きする。

「こっちへ、いらっしゃい……ハク」
「ーーはい」

やんわりと命じられるまま、王と臣下の境界線であり越えられぬ権力の差でもある、広間の床の一段高い部分を踏み越えハクはヨナの正面に立つ。
互いの目線が普段通りのものとなったことに、ヨナは僅かに瞳を細めーーひっそりと苦笑を洩らした。

「ねえ、ハク」
「はい」
「座って」

空いた玉座を指し示し、ヨナは青年を促した。彼は一瞬怪訝な表情を浮かべたが、幼馴染の他愛ない気紛れと判断し、本来国王のみにしか許されない、彫刻と宝玉で飾られた豪奢な椅子にゆっくりと腰を預ける。

「壮観でしょう?」

斜め上からの問い掛けに、ハクは改めて広間を一望した。初めて経験する視界の高さに新鮮さを覚えつつ、紺青の瞳を広間の隅々まで巡らせていく。
この、一段高い場所から広間を見渡すことはハクの日常だった。何らかの目的で国王と、国内外の為政者や貴族が集う度に玉座の斜め後ろに控え、国王であるヨナを警護しつつ広間の人物の挙動を観察するーーそれは高華の重臣であり国王の懐刀である青年の職務だった。

見え方が違うな、と当然の感想を脳裏に浮かべハクはひとつ息を洩らす。
常よりも低い目線ーーだが、正面からこの場の全てを見据えることのできる視点。この国の、最高指導者のみに許された光景。

「そうっすね……確かに壮観です」
「その場所からは、高華の全てが見渡せるわ」
「はは。そりゃあ気分もよさそうだ」

からりと笑う青年の横顔を、ヨナはちらと一瞥すると墨色に覆われ痛いほどの静寂が横たわる広間を改めて眺め遣った。

気分がいい?何を言っているのだろう、この男は。
僅かに眉を顰めるも、しかし他人事を、とは思わなかった。彼はーー嘗ての風の部族長であり現在は中央の軍部を統括する高華の雷獣は、きっと玉座を手にしようと常と変わらず堂々たる佇まいをみせるのだろう。

「ーーハクは、国王になりたいの?」
「まさか」
「お前になら、きっと立派に国を治められるわ」

淡々としたヨナの声音に、ハクは怪訝そうに彼女の様子を振り仰ぎ伺い見た。燭台の仄かな灯火に照らされた女王の表情は、紡ぎ出された旋律と同様に淡々としたものだった。

今回のような特例を除けば、本来男子による王位継承が行われるこの国において、ヨナの言葉を現実のものとする方法は二つ……婚姻による譲位と、それからーー
有り得ない、考えたくもない可能性に口を噤み彼女の言葉の続きを待つハクの耳朶を、まるで謳うように滑らかな、他愛のない呟きの如き声音が響き渡る。

「欲しくなったら奪いなさいーー私を、殺して」
「陛下!」

途端、切羽詰った風情の鋭い声が聴こえて。
ゆったりと振り返れば、焦燥の色濃い光を湛えた双眸で、険しい表情を己へと向ける青年の姿がヨナの瞳に映し出される。

彼が主である己をーーそう、嘗てスウォンが父上にそうしたようにーー殺す可能性に怯えているのか?否、そうではないと彼女は思う。ハクは王位など、露ほども望んでいない。

ーーああ、怖いのか。
単に、私の死が恐ろしいのか。

馬鹿な男だと女王は思う。それは決して軽蔑ではないけれど、哀れみにも似た眼差しを彼女は己の寵臣へと向けた。
絶対に死なせないと、私に力強く言い放ったのは何時の頃のことだったのか。もう、随分と昔のことのような気がする。

(王とは、死と隣り合わせなのだよ)

今は亡き父上の言葉が脳裏に蘇る。あの、しあわせだった日々に前触れなく突き付けられた父の言葉。
自らが死と隣り合わせの立場にありながら自国の……自身の盾ともなるはずの武器を厭い戦を禁じた父上の信念はいかばかりか。

「冗談よ」
「……あんたらしくない冗談だな」
「私らしい?そんなのーー誰が決めたの?」

ほんの少し口調をやわらげ、ヨナは軽く肩を竦めてみせると広間へと向けられたままの瞳をそっと伏せた。瞼の裏に各部族の長や高官が居並ぶ、背筋が震えるような光景を思い描いてひとつ深呼吸する。

「私は、王よ。何時でも死ぬ覚悟はできているわ」
「陛下、あんたは死なせねえ。その為に俺が存在するんだ」
「……そうね」

信じているわ、と告げながら、信じられるはずがない、とも思う。

失敗すれば、舵取りを損なえば、待っているのは死あるのみだ。
連合体制である以上、この国は私の一存でどうにかなりはしない。滅びの道を突き進むことはないはずだ。だが一方でそれは、各部族の信を失えば簡単に首を刎ねられるということでもある。

ーーそう、父上のように。

父上は強い方だったと、玉座に就いて初めて思う。
ただ静かに、淡々と、死を覚悟しながら己の信念を貫き通した。そしてそれは並大抵のことではないと、女王となって私はやっと理解できたのだ。

王とは、孤独なものだ。
王とは、人であることを棄てるべき存在だ。

王が守るべきものは家族や恋人や友人ではなく、国の土地と権利と財産と、名も知らぬ民衆なのだ。

そしてハク、お前は。

「……ねえ、ハク」

一旦瞑目し、ヨナは吐息と共に誰よりも愛おしい男の名を呼ぶ。この国の誰よりも強く、国にとっても女王にとっても掛け替えのない才能を持つ、どうしようもなく馬鹿で哀れな男の名を。
馬鹿な人、と胸の内で呟きながらヨナは振り返るとしゃらりと衣擦れの音を立てながら足を踏み出し玉座に腰を下ろす青年の正面に立った。

「陛下?」
「ハク、そのままで」

無人の広間から己の視界を遮るようにして佇む女王の、今は薄墨に覆われた白皙のかんばせを振り仰ぐとハクは切れ長の双眸を僅かに顰める。
彼女の立ち位置は、彼女こそが己の覇道を阻む障壁であると示唆しているかのようでーー

「陛下、あんたは……」
「なあに?」
「ーーいや、何でもねえ」

燭台の灯火に照らされた、暁前の晴れ渡った東の空の如きいろの瞳が己を見据える。その眼差しに昏い影は見当たらないのに。

(王座から、降りたいのか?)

脳裏に浮かんだ問いは、だが目の前の女王が見せる悠々たる笑みに抑え込まれ、結局ハクの唇から紡がれることはなかった。

俺は王位なんざこれっぽっちも望んじゃいねえ。それを、彼女が知らねえはずがない。
ならば何だ?この人は何が言いたい?
何を考えている?彼女は俺に、何を望んでいる?

逡巡する青年の疑問と思考は、明確な回答を得られぬままやがて女王が奏で出した鈴の音のような笑い声に搔き消されていく。

「ねえ、ハク……遊びましょうよ」

くすくすと笑いながら女王が告げる。
脈絡のない主の申し出に瞠目し、まじまじと己をを凝視する青年に向けて軽く小首を傾げると、ヨナは蠱惑的な笑みを浮かべた。
それから、重々しい装束から覗く細い指先で帯飾りにと幾重にも結われた絹の組紐のひとつを摘み上げると円い唇を薄く開く。

布と布が擦れる乾いた音が、静寂に沈む周囲の空気を奇妙なほど震わせた。















『soulstation 1』
なんて退屈な世界にいるんだろう 君に















尊敬する絵師様であり大好きなお友達でもある、もめ雄さんからのオーダー品です。
以前描いていただいた美麗過ぎるアテサガ絵へのせめてもの返礼品でもあります。
私得以外のなにものでもないような内容なのに快く受け取ってくださったもめ雄さんの懐の深さに感謝しかない……!
もめ様ありがとう本当にありがとう(ू˃̣̣̣̣̣̣︿˂̣̣̣̣̣̣ ू)



我侭は言ってみるものです!


憧れの絵師様で大好きなお友達でもあります、もめ雄さん(@mm0gkw)が描いてくださいました!アテサガ!!アテサガ……!!!
ジャンル外にも拘らず私の我侭をお聞き届けくださって……もう……!嬉しくて涙出てきます!

描いてくださった事実だけでも感涙ものなのに、頂いた作品の美麗なこと……!
頂いてからというもの毎日舐め回すように鑑賞してます。変態(私が)

一生モノのたからものです。
ずっとずっと大切にいたします。

ありがとうございました……!!!大好き!!



もめさまアテサガ




ほんと、溜息しか出てきません……しあわせ……




テーマ : イラスト
ジャンル : アニメ・コミック

サガ沙ss 『piece of mind.4』 サガとデスマスク。


教皇宮の一角の己の寝室で、窓辺に置かれた椅子に腰を下ろし夜の帳に覆われた窓の外をぼんやりと眺めながら、サガは幾度目かの溜息を洩らした。
手にした書物は幾ら羅列された文字を目で追おうとも全く頭に入ってこない。古めかしく重厚な装丁のそれをちらりと一瞥し、彼にしては些か乱雑な所作でそれを机上へと放り投げた。

入浴後の乾ききらない髪を鬱陶しげに搔き上げ、サガは今一度深い溜息をつく。

「……何故私は人の身なのだろうか」

薄闇の中、ぽつりと独り言ち己の掌を何とはなしに眺め遣ったサガは徐に眉を顰めた。
この血塗られた手で、よくも女神に触れられたものだと、我ながら厚顔なものだと嘲笑さえ湧いてくる。

我々の幸福を祈りながら、たったひとり取り残される未来に怯えていた女神。

例え僅かでも彼女の憂いを取り除けるのならば我が身を差し出すことに何の躊躇いもない。
それは自分の中の真実だ。
だが、と彼はひとり逡巡する。女神にとっての己は武器であるはずだ。彼女が守護する地上世界のために進むべき道を揺るぎないものにする道具であるべきだ。
ならば、何故私は人の身であるのだろう。机の片隅に置かれた銀製のペーパーナイフにちらと目をくれ、彼は端正な口の端をぎり、と咬みしめた。

武器にはそれ自身に善悪はない。意思も思想も概念も持たない。大まかな目的や適した用途はあれど、それに意味を持たせどう使うかは使用者側の問題だ。
勿論、女神が武器を厭うことは承知している。であれば、例えばニケや正義の盾のようなーー純粋な力であれば。

「そうであれば、貴女がこの世に存在する限り共に闘えるものをーー」

詮無きことを思いながら、サガは己の胸の奥が鈍い痛みに疼くのを感じきつく双貌を閉ざす。
闇に閉ざされた視界はやがて鮮やかな蒼と新緑に塗り替えられ、その中心に主の姿が浮かび上がった。

それは僅か数時間前のーー今日の午後の光景だった。

神殿の中庭で、寂しさに震えていた地上の戦女神。
この身が果てるまでは傍に在りたいと、至極当然の願いを口にした私に触れた細い指先。あの儚げな少女がこの世界を支えているのだとーーその信じ難い事実を改めて思い知り息を呑むには充分な、頼りない感触だった。

飛び込んでくる甘い花の芳香と、この腕に崩れ落ちた華奢な肢体。呪文のように紡がれた私の呼び名と重ねられた小さな唇。

ーー何故。

ゆっくりと瞼を上げ、サガは再び窓の外の夜闇へと視線を遣った。昼間と変わらぬ風景が拡がっているはずの夜の聖域は、まるで自分の胸の内のように何も見えない。

何故、と彼はひとり繰り返す。何故自分は人の身であるのだろうか、何故彼女はあのように私に触れたのか、と。

涙が溢れそうな、哀しみと優しさが宿った静かな口付けだった。予想外の主の行動に思考が追い付かずにいた以上に、彼女から流れ込んでくる切なさに呑まれたのは事実、ではあったけれど。

それで終わるはずだった。
だがやがて離されるはずの円い唇に、ふと灯が燈るように熱を感じて。
それに呼応するかの如く口付けは深いものへと変わっていった。それは拙くとも酷く情熱的でーー彼女を制すなどという本来ならば当然の行動に考えが及ぶことはなく。

ーー何故、私は彼女に応えたのか。

半ば衝動的に腕に掻き抱いた女神と貪るような口付けを交わす。明らかに主と僕の所作ではないだろう行為に彼は不思議と罪悪感を覚えることはなく、ただその代わりに彼女と接するとき常に感じていた、魂の震えるような愛おしさにノイズが混じるのを苦々しい思いで自覚していた。

「ーー人の身など、煩わしい……」

低く絞り出した自らの呟きに一層その表情を曇らせ、逡巡する思考を打ち切るべくサガは小さくかぶりを振った。










不意に響く強めのノック音に、弾かれたように顔を上げ扉の前へと向かう。
何処か聞き覚えのある、どちらかといえば不躾な叩音に苦笑しながら鍵を開ければ、その先に佇んでいたのはサガの予想通りというべきか、銀髪に深紅の瞳を持つ男だった。

「どうしたデスマスク、このような時間に」
「良いモンが手に入ったんでな、偶にはどうだい?」

へらりと笑い、デスマスクは手に持ったフルボトルをサガの目の前に掲げてみせた。クラシックなラベルで飾られた瓶の中身は、男の双貌よりも濃い深紅。ご丁寧にも反対側の手にはワイングラスが二客、器用な手付きで握られている。
酒を片手に時折ふらりと現れては、取り留めのない時間を過ごしふらりと消えるーー教皇としてサガが生きた、決して短くはない拷問のような記憶の中で束の間の安息を与えてくれた、やはり短くはない付き合いの男の変わらぬ姿に、サガは眩しそうに目を細めやわらかな笑顔を浮かべると彼を招き入れた。
デスマスクはといえば、勝手知ったると言わんばかりに寝室の奥へと大股で進み、適当に腰を下ろすと慣れた手付きでワインボトルのコルクを抜いた。

「そういや、あんたの女神様はどうだ?何か元気ねえんだろ?」

ボトルを持った片手を目線まで掲げ、床に置いたグラスにワインが空気に触れるようゆっくりと注ぎながら、デスマスクはとりあえずといった口調で黄金聖闘士たちの懸念について口にする。
どうせ大したことはないのだろう、もし大事であれば目の前の男がとっくに対応しているはずだというのが彼の見解ではあったが、一応……というより、女神の感情だか気分だかの波にサガが変に振り回され疲弊してはいないか、それを確認しようというのが目的だった。
そんなデスマスクに対しサガはといえば、あからさまに眉間に皺を寄せ険しくも半ば呆れ果てた表情で夜更けの来訪者を凝視する。

「……お前の女神でもあるだろうが」
「あー、まあ一応……そうだけどよ」

大仰に肩を竦め、デスマスクは戯けたように苦笑してみせた。自分は蟹座を戴いているのだから勿論サガの言葉は正しい。正しい、のではあるがあくまでも自分はアテナがサガの女神であるから従っているに過ぎない。
だが、そんなことを口に出せば嗜められる、では済まないことは分かりきっている。故にデスマスクは己のスタンスには口を噤み悪かったよ、と笑いながらグラスを彼へと差し出した。

「で、あのお方は何をそんなにお悩みなんだ?あんたもアイオロスも動かねえってなら戦だ何だってこたぁねえんだろうが……」

まさか太ったとかそういう下らねえことじゃねえだろうな、と不敬極まりない軽口を叩く銀髪の男をサガはじろりと睨み付けたが、口は悪くとも彼はアテナを気に掛けてはいるのだとそれ以上苦言を呈すことはなかった。
デスマスクが彼女を気に掛けているのはあくまでもその先にサガの存在があるから、なのだがサガがその事実に気付くことはない。
それでいいのだと蟹座は思う。恐らくそれを知ってしまえば、目の前の敬虔な女神の僕は自分の過去に苛まれるだろうから。

溜息を洩らし、サガは何処かぼんやりとグラスの中の深紅の液体を眺めた。それからゆるりとした仕草でグラスを回しワインを口へと運ぶ。

「ーー旨いな」
「そりゃあそうだ、上物だからな」

素直な賞賛に、デスマスクは自慢げに笑う。それはそうだろう、この銘柄はあんたの気に入りだったんだからなーーそう、口には出さずに。
デスマスクが自らの唯一の主と定めた黒髪の男……今はもうこの世界の何処にも存在しない、否ーーもしかしたら今も彼の目の前に存在しているのかも知れない青年が好んでいた銘柄。酒を嗜みはしても別段好むことのないサガがそれを口にし顔を綻ばせたことに、デスマスクもまた僅かに双眸を細めた。

「ーーあの方は、神故の孤独に苛まれていらっしゃるのだ。我々の幸福を願い、聖闘士としての宿命からの解放を願い、その上でアテナはおひとりで地上を守護するおつもりなのだ」

酒の効果か、二杯目のグラスを空けたあたりでぽつりぽつりと言葉を紡ぎ出したサガをデスマスクはそうとは知られぬよう観察する。
アテナはサガに何を言った?何かを求めたのか?そんなことを思いながら。

サガが目覚めなかった一年間のアテナをデスマスクもまた他の黄金聖闘士同様見てきた。
疑問、ではあったのだ。
天界の不穏な動きがある訳ではないという。つまりは黄金聖闘士が揃う必要はないということだ。それにもかかわらずアテナはサガの目覚めに拘りを見せた。双子座というならばサガの弟であるカノンが居るのに、だ。
女神の意地なのか、と思った。自分の聖闘士が自分の呼び掛けに応じないことへの。
神の威信に懸けて、拒絶は許さないとーーそういうことかと思っていた。

(十三年間、サガを救いもしなかった女が)

だからか、とデスマスクはサガの言葉に得心した。我々の幸福、とサガは言った。つまりは今更と謗られようともサガを救いたかった、という訳か。

(大きなお世話、ってんだよ……女神様)

サガは赦されようとも救われようとも思ってはいなかった。それこそ救いなら、眠らせてやっていた方がどんなにかサガは救われていただろう。そしてあの誇り高い黒髪の青年がこのことを知ったらどんな顔をするだろうかーー侮蔑、嘲笑、そんな表情しか想像できないとデスマスクは思った。

「ーーあんたは、どうせ幸福なんてもん要らねえって思ってんだろ」
「……そうだな」
「宿命からの解放なんざ望んじゃいねえし、一生此処に居て何かありゃあ女神と心中するつもりなんだろ?」
「ああ」
「だったらそれでいいじゃねえか。あんたの望みがそうだってんなら例え女神様でもそれをとやかく言えねえだろ。わざわざ聖闘士のあんたを生き返らせて聖闘士辞めろなんて我侭が過ぎるだろうよ……それでアテナだって孤独じゃねえ。少なくともあんたが居るんだからな」

サガがアテナの傍に居るなら、少なくとも俺とアフロディーテとシュラは聖域を離れない。万々歳だろ……つーか人選に文句言うなよ。
そう内心で独り言ちたデスマスクに、サガはふと表情を曇らせ夜闇で何も見えない窓の外へと視線を映す。

「人の生涯など短いものだ。そうでなくとも我々はいつ死ぬとも分からん立場にある」
「ーーや、そりゃあそうだけどよ……それを言っちゃあ身も蓋もねえだろ。大体アテナだってこの世界じゃ人間の身体してんだからいつかは死ぬだろうよ」
「……そういうことを、言っているのではない」

何処か遠い眼差しでサガは暗い夜空を仰ぐ。その姿は誰もが称賛するような絵画の如き見事な美しさで、だがデスマスクは己の背筋が薄ら寒くなるのを感じていた。
サガは何を考えている?女神はサガに何を言ったーー寂しいと、そう訴えたのか?

息を呑み食い入るように己を見詰める男の視線に気付いているのかいないのか、サガは夜空を見上げながら言を紡ぐ。

「何故……私は人なのだろうな」
「ーー!サガ、あんた……」
「純粋な、単なる女神の道具であればよかったのにーー」

淡々とした、そして酷く哀しげな声音が部屋の空気を震わせた。デスマスクの脳裏にサガと同じ造形の、艶やかな漆黒と真紅を纏った青年の姿が鮮明に浮かび上がる。あの人はーーあんたはあくまでも人間として、神々の脅威を跳ね除けようとしていたのではなかったか。
地上の覇権を神に委ねることを何よりも危惧していた筈ではなかったか。

(どういうことだよ、あんたの女神様はあんたに何を言ったんだーー!)

衝撃的なサガの言葉に声も出ない。渇き切った喉を潤そうとグラスの中身を注ぎ込むが、彼の主も好んでいた芳醇な香りも味もろくに感じやしなかった。
恐らくデスマスクの返答など求めてはいないのだろう。サガはゆるりと振り返ると酷く辛そうな微笑を浮かべる。

「ーー人の身は……煩わしい。思わぬ切っ掛けで、欲が出る」

それは、意外な言葉だった。
サガは何を言っているのかと先程までの遣り取りを反芻したデスマスクはああ、と思い当たり軽く肩を竦めた。
アテナの言うところの『幸福』を人の身であるがために求めてしまうと、そういうことだろうか。いや、ストイックなこのひとのことだ、もっと基本的なことのような気がする。

「……欲つったってあれだろあんた、旨いもん食いてえとかゆっくり寝てえとか、その程度のことだろどうせ」

敢えてからかうように言ったデスマスクに、だがサガは怒るでもなく少し困ったように苦笑しながら。

「……詭弁だな、それは欲とは言えん。生命維持のーー闘うための手段であり本能だ」
「じゃあ何だ、人肌でも恋しいってか?そんなん別にいいじゃねえか。そりゃあ教皇の間に女連れ込む訳にはいかねえだろうがよ……ああ、それなら今度一緒にどうだ?あんたならその辺適当に歩いてりゃ女も男も選り取りみどりーー」
「そんなものは要らん」

途端、あからさまに厭そうな顔でぴしゃりと告げられた。まぁそれはそうだろうなとデスマスクは苦笑する。敬虔な女神の僕である以上そういうことへの禁忌の念は少なからずあるのだろうが、それ以前にこのひとはやたら淡白なのだ。黒髪のあのひともそうだった。自分たちの遊びに付き合って気紛れに外で娼を買う事は稀にあっても、聖域内はおろか市井の女に手を付けることもなく、淡々と日々を過ごしていた。
女遊びでもしたらどうだと勧めた自分に、そんなものは要らんと今と同じように厭そうな顔でこちらを睨む黒髪の主を思い出す。

「勿体ねえなあ、あんた」

いつだったか、黒髪のサガに向けたものと同じ言葉を口にする。すると彼は鬱陶しそうにこう返すのだ。何度も言わせるな、と。

だが、目の前のサガはデスマスクの記憶とは違う顔でーーそれでも同じ言葉を返す。酷く辛そうな、何かを堪えるような趣に、蟹座から一切の表情が消え去った。

「何度も言わせるな。そんなものは要らないーー代用品、など」

苦しげに絞り出すような声音が、呆然とサガを見詰めるデスマスクの脳裏に木霊のように鳴り響いた。










十二宮の石段を巨蟹宮に向けて降りながら、デスマスクは苦々しい思いで舌打ちを洩らす。

「……ふざけんなよ」

苛立ちも顕に、一応現在の己の主という位置付けである戦女神へと吐き捨てると彼は身体ごと振り返り、教皇の間とその後方に位置するアテナ神殿を見上げた。

(あの女、サガを壊すつもりなのか?)

ぎり、と口の端を咬み意識を凝らせば、剣呑な光を宿す深紅の双眸が暗闇の中でもはっきりと女神像ーーアテナの聖衣の仮の姿である物言わぬ彫像を映し出す。
ふざけんなよ、と再び吐き捨てるとデスマスクは晴れ渡った新月の夜空へと視線を遣った。
月のない夜空のいろは、あのひとの髪のいろに似ている。

嘗てのーー否、彼の中では今だに主である黒髪の青年に思いを馳せ、青年の怒りを、憤りを改めて胸の内に落とし込んだ。
気紛れで傲慢で我侭な天界の住人共。人間の尊厳を懸け神に闘いを挑んだあのひとの、これが罰だとでも言うつもりなのか。

『そんなものは要らない』

デスマスクの脳裏に先刻のサガの言葉が蘇る。あのひとは驚くほど気が回るくせに、自分のこととなると途端に鈍感で無頓着だ。恐らく自分が何を言っているのかーーそれが何を意味するのか、気付いてはいないだろう。

代用品、とあのひとは言った。
あのひとにとって、代用品ではない女などこの世でたったひとりしかいないだろう。

「……まさかこんな形に落ち着いちまう、なんてな」

ぽつりと呟きを洩らし、蟹座の男は深い深い溜息を吐く。思い出すのは己のこころを壊しながら、それでも聖域のため地上のため、そしていつか戻ってくるだろう女神のために生き続けてきた『神の化身』の成れの果ての姿。
あのひとが、ずっとアテナに焦がれ続けていたことは知っている。だが、それは己への断罪への渇望ーー自身のいのちで以てアテナを地盤を固めるという役割を全うすることと同義であったはずだ。

「本当に、眠らせてやってた方が幸せだったよなぁ……」

もうやめてくれと、サガを起こすなと女神に訴えていたのはサガの双子の弟だった。
その訴えは正しいと思いはした。だが、あの時俺は沈黙を保った。
俺もまた、サガに会いたかったからだ。

黒髪のあのひとがもうサガの中に存在していなくても、それでもーーサガと、同じ時を過ごしたいと思った。

「……結局俺もあの女と同じ穴の狢か」

やっちまったな、と徐に顔を顰めたデスマスクは取り出した煙草を咥え、ゆっくりとその先端に火を点けた。















デッサガアテナ。
デス様はサガのすべてを受け入れて決して否定しない断トツの包容力をみせる傍観者であろうと思ってます。



サガ沙ss 『piece of mind.3』 サガとアテナ沙織。


天界が恋しいのか。
天に、還りたいのか。

サガの問い掛けに、沙織は大きな瞳を言葉の主へと向けた。瞬きすら忘れ、彼の穏やかな、そして寂しげな光を宿した双眸を見詰め、それから小さくかぶりを振る。

「……どう、してーー」

違う、と言いたかった。だがそれを口にすることは彼女にはできなかった。

天界に還りたいとは思わない。地上世界で皆と過ごしていたいーーそれは、嘘ではない。
聖戦が終結し、役目を果たした生き残りの聖闘士たちに人としての幸福を得てほしいと思った。けれど、たったひとり女神として取り残されることが寂しかった。
失われた、黄金聖闘士をはじめとする皆との時間を取り戻したかった。
救うことのできなかった、差し伸べた手を取って貰えなかった貴方に、もう一度手を伸ばしたかった。

だから自分は、いのちの理を曲げてでも神の力で皆を復活させたのだ。

(これは愛ではない。ただの我侭だ。身勝手な執着だ)
(私の中に生まれた、人のこころが)

取り戻したところで、それは永遠ではない。
この箱庭の中でのままごとのような生活も、いつかは終焉を迎えるのだ。
皆いつかは天寿を全うし、星の宿命から解放されて新しいいのちに生まれ変わる。
けれど私は、いつまでも私のままなのだ。

思いや執着が強ければ強いほど、それを失ったときの穴は大きいだろう。ならば、そうなる前にすべてを手離せば傷は浅くて済むのではないかーーそう思ったのも事実だった。だから沙織はサガの問に否、と返答することができなかった。

途方に暮れたように己を見詰める沙織に、サガは淡々とした口調で問を重ねた。

「アテナ、貴女ご自身の幸福とは何でありましょうか。それは神々の地に存在するのですか?」
「ーー違います!」

今度こそ、沙織は明確に否定した。珍しく声を荒げた彼女の姿にサガは一瞬目を瞠る。だがそれに構うことなく彼女は言葉を続けた。

「私のしあわせは此処にあります!この場所で皆と何気ない日々を過ごすこと……それが私は、とても嬉しいのーーそれなのに還りたい、などと」

そんなことは思っていない。たとえそれがいつの日か終りを告げるしあわせなのだとしても。
そこまで告げて、沙織は目の前の青年から視線を逸らし唇を咬んだ。俯くことはしなかった。俯いたら涙が零れ落ちそうで、それはきっと彼の負担になる。そう思ったからだ。

「……矛盾しているでしょう?私は貴方たちのしあわせを願っている。この気持ちに偽りはありませんーーけれど同時に、私は貴方たちと共に過ごしていきたいと望んでいるのです」

矛盾しているという沙織の言葉はサガに幾つかの出来事を思い起こさせた。

目覚めた自分に、贖罪など望んではいないのだと言い募った彼女。共に朝食をと向けられた眩いばかりの少女の笑顔。
訪れた白亜の街で出会った優しい人々と、涙を浮かべた女神。細かく身を震わせた彼女の姿は、丁度今と同じようではなかったかーー

脳裏を過る消え入りそうな、だが悲鳴にも似た声音。寂しいのだと、彼女が私に訴えたのはいつの頃だったか。それは夢の中のことであったのだろうか。

「アテナ」

ああ、そういうことかと得心し彼は主の名を呼ぶ。
やわらかな声音が優しく耳に響き、沙織は顔を上げ再び眼前に佇む青年に視線を合わせた。何処か途方に暮れた幼子のようにも思える眼差しで己を見詰める主はやはり痛々しく映るーーそれが、サガには酷く哀しかった。

アテナは、私の主は、我々の幸福とご自身の幸福は相反するものと……そうお考えなのだ。

「アテナ、私はーー貴女の仰る『人としてのしあわせ』を手にしたいとは思いません」

沙織を正面に見据えながら穏やかな口調で告げるサガの言葉に、彼女の両の瞳が見開かれた。驚きというより衝撃で、沙織は呼吸を忘れ言葉の主をまじまじと見遣る。

「……皆がそうであるとは言いません。これはあくまでも私個人の言葉であります故、気に入らぬとお思いでしたらどうぞお捨て置きください」
「そんな、ことは……」

茫然として呟きを洩らす沙織に向かい微かな笑みを浮かべ、サガはやわらかな口調のまま続けた。

「私は幼い頃より聖闘士として聖域で過ごして参りましたーーですから私の価値観も思想も信念も総てこの地で培われてきたのです。地上の安寧のため、そして貴女のために生きて死ぬことが私の存在意義と思っておりますし、己の価値を全うすることが私にとって何よりの幸福なのです」
「サガ……!」

当たり前のことのように告げられたサガの言葉の内容は、沙織にとって酷く哀しく、そして胸を抉るものだった。それでは宿命に殉じているだけではないかーー星の宿命、双子座の宿命……二重の意味で迷い苦しんできたこのひとに、これ以上辛い思いをさせたくなどないのに。
主を宥めているようにも聞こえる、優しく穏やかな声音。けれどもそこに慰めの意図は感じられない。このひとは本気で、まるで呼吸するかのような自然さで己の内に自らの存在価値を見出しているーー彼の言葉は彼自身の本音であり女神に対する至誠なのだと、そう、思えてしまった。

「サガ!そんなこと私は望んでおりません……!」
「気に入らぬならお捨て置きくださいと、そう申し上げたはずです」
「ですが……」

堪りかねて声を荒げた沙織に対し、サガは表情を崩すことなくあくまでも穏やかな口調で、淡々と告げた。低く響き渡るやわらかな声音は、だが決して否やを言わせぬ明確な意志が宿っている。それを肌で感じた沙織は言葉を失い、それでもと精一杯の拒絶を込めて何度もかぶりを振ってみせた。

駄々をこねる幼い少女のような沙織の振る舞いに、やがてサガはほんの少しの苦笑を洩らしその双眸を細め彼女を見遣る。
主である以上に本来手の届かぬはずの、大いなる小宇宙をその身に宿す至上の存在。それなのに、そのはずなのに、寂しさに震えるこの方は何と小さく儚げなのであろうかーー

不思議な感覚だった。
高揚も焦燥もなく、渇望も躊躇いもない。ただ酷くこころが漣立つ。


愛おしさに震えるのだーー魂が。


「ーーアテナ……私の幸福を、貴女がお決めになるのですか?」

予想外の問い掛けに、沙織は再び首を横に振る。違う。そんな傲慢なことは思ってもいなかった。

(本当に、そうだろうか)
(彼にとってのしあわせを、私は決め付けていなかったか)

「そんな、ことは」
「貴女がお決めになられたことでしたら従いましょう。だが、そうでないのならーー私は、私の望みを曲げるつもりはありません」
「……貴方の、望みは」

何を望むの?と。
訊いてしまって、次の瞬間いけないと思った。
訊いてはいけなかった。きっともう、私は戻れなくなってしまうと。

答えなくてよいのです、と言おうとしたけれど。
目の前に佇むこのひとは、誰よりもきれいな微笑を浮かべて。

「私は聖域で、生涯貴女のお傍に仕えて参ります」

ーーああ、何てばかなひと。

(ばかなのは、私でしょう?)
(恐怖を抱え込んで、歓びに震えているのでしょう?)

「……サガ」
「はい」
「その言葉ーー今ならまだ、取り消してもいいわ」
「私には取り消す理由がございません」
「言霊に、縛られるのは貴方なのですよ」

震える声で沙織は告げる。怖い、と彼女は思った。怖いーー彼を縛るのは言霊などではない。私が彼を縛るのだ。怖い。女神の呪縛から逃れたいと、いつか彼が解放を願った時…… 私は慈愛を以てそれを受け入れることができるだろうか。

(きっと、私にはできない)

その時私は何を思うのだろう。そしてそんな私を、彼はどう思うのだろうか。

「……人の一生は、きっと長いわ」

そっと視線を逸らしぽつりと告げた沙織に向かい、サガはふわりと微笑んで。

「私は闘う身であります故、貴女が天に還られる日まで生きてお仕えするとお約束はできませぬがーーなるべくそれが叶うよう、長い人生であるよう願っております」

そんなに簡単に自分の人生を縛り付けてはいけないと、思いとどまるようにとーー違えるような約束はいらないと紡ぎ掛けた沙織の言葉をさらりと先回りして、双子座の青年はまるで他愛なく積み重なる日常の会話のように女神への誓いを口にする。
取りとめのない遣り取りのようで、これは宣誓なのだ。子供の口約束などではない……星の宿命とは全く性質の異なる、女神とその僕の契りに他ならないのだとサガは承知の上で言を紡いでいるのだと、絶望を思いながら沙織は胸に沁みるようにしっとりと響く彼の声を聴いた。

(……プロポーズみたいだわ)

ふとそんなことを思い、沙織は胸の奥で苦笑を洩らす。一瞬、ほんの少しだけ暖かくなったこころがちくちくと痛んだ。
プロポーズだなんて、これはそんな華やいだ申出ではない。

このひとは、私に人生をくれるという。手に入れた自由を、未来を棄て生涯を女神に、そして地上世界の安寧のために捧げるという。
それは私が望んでいなかったことで、けれども震えるほど欲しかったものだ。
何度もその手を取ろうとして取れなかったーー差し出した手を振り払われた。そしてそれはもう永遠に叶わない。けれど一方で私はこのひとに漸く触れることができる。

「ありがとう、サガ」

いつの日か訪れる絶望は目の前に横たわっている。それを痛いほど理解しつつ、それでも沙織は蕩けるような笑顔を浮かべる。

さらさらと、衣擦れの音がして。
沙織の足元に片膝をついた姿勢で臣下の礼をとる彼女の双子座に、釣られるようにして彼女もまた長いドレスの裾をふわりと捌きながらその場にしゃがみ込んだ。
流暢な彼の動作に合わせ軽やかに弾む、少し癖のある蒼銀の長い髪がとてもきれいで、その髪に触れてみたいと思ったーーけれど。

(それもいつか、絶望に変わる)

この誓い通りに彼が生涯を捧げてくれても、いつか終焉が訪れる。
このひとは生を終え、私は天界へと還るのだ。

このひとの記憶を、魂に刻んだまま。

「アテナ?」

絶望という名の恐怖が、ざらりと沙織のこころを撫でてゆく。その不快感にも似た戦慄に息を呑み、凍り付いたように動かない主を不審に思ったのか、僅かに眉を顰めたサガの呼び声にやがて彼女はぴくりと肩を震わせた。

「……いいえ、何でもないのです」
「ですが」

ごめんなさい、とサガを制し沙織はそろりと両手を彼へと伸ばす。
本当は、手の甲を彼に差し出すべきなのだろうと思ったけれどーー臣下の礼など、私は欲しくなんてない。だから。だからせめて。

せめて女神の祝福をと沙織は願った。救うことのできなかった己の双子座のしあわせを願う気持ちに偽りはなかった。
このひとに触れる度に自分の中の絶望は大きくなる。彼女にはそれも分かっていたけれど。

両手で触れて。そのきれいな蒼銀の前髪を掻き分けて。
額に、女神の祝福のキスを。

ーーそう、思ったのに。

「……あの、アテナ……?」

けれど、沙織の細い指先が蒼銀の髪に触れることはなくて。
その代わりに両の掌がサガの白い頬を包み込む。予想外の主の挙動に驚きを禁じ得ず、彼は咄嗟に顔を上げ沙織へと視線を合わせた。

此方を見詰める深いいろの瞳。蒼銀の長い睫毛。彫像のように滑らかな、きれいな、きれいなひと。



絶望が、冥界よりも深い闇の如く地上の戦女神へと鎌首を擡げる。



(女神の祝福など、このひとは望んでいない)
(それならば、呪詛を)


どこかで誰かの声がする。


(女神に呪いを掛けた、このひとに)


ああ……これは私の声だ。


(だって知っているでしょう?)


脳裏に響く己の声を聴きながら、沙織は己を見詰める男の頬に触れた指先を滑らせるようにして、両腕を彼の首元へと絡ませた。途端、彼の身体が強張るのを肌で感じたけれどもそれに構うことも、己の行為に躊躇いを感じることもなかった。



ーー目眩がする。



(私は知っている。絶望を捻じ曲げる方法を)


力強い戦女神の声音。迷いを断ち切らんと奏でられた旋律を聴きながら、沙織は身体ごと崩れ落ちるように目の前の男の腕の中にもたれ掛かる。

「……サガ」

囁くように、名を呼んで。

それから、戦女神はそっと唇を己の双子座に重ねた。















どこまでも噛み合わないあたりが非常に滾るのです……


テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

プロフィール

月桜キキ

Author:月桜キキ
月桜キキと申します。
数年振りに二次創作の世界に出戻って参りました。普段はしれっと会社員やってます。

暁のヨナ、聖闘士星矢(無印)を中心に、他ジャンルも時々。
NLBL混在しますのでご注意!

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